第8話 友情物語④
巨大なカラスが砂地の校庭に突撃したことで激しく砂煙があがる。
凛と春の二人を抱えていた陽歌は身動きが取れずただ見守っていることしか出来ない。
「甘口君!?大丈夫?」
叫ぶように呼び掛けるも応答が無い。
陽歌の頭に最悪な想像がよぎり、抱えていた二人を下ろそうとしたその時、舞っていた砂が風で煽られ視界が明瞭になる。
「う……?」
真っ先に現れたのは、地面に座り込み右腕で自分の頭を守るように覆う甘口の姿だった。
体全身を震わせているが、流血したようには見えない。
甘口本人も自身が怪我をしていない事を不思議に思ったのか腕を下ろし、自分の体全体を眺める。
「あ、あれ…?生きてる?」
「よぉ、無事か?」
頭上から、幸樹の声が降り注ぐ。
甘口は瞬時に幸樹に助けられたのだと理解し、お礼を言おうと顔を上げる。
目の前にはカラスの嘴が寸前で止まっており、それを手を血塗れにして止める幸樹の姿があった。
「くっ…」
「幸樹!!血、血が!」
「わ、わかっただろ?アブねーから逃げろ」
幸樹は笑う。
嘴によって両手の掌が切れ、巨体を止めるため踏ん張った脚には過剰な力が込められ筋肉が傷んでいた。
切れた掌から血が滴り地面を汚しても、友を安心させるために笑った。
「お前らを守りながらじゃ、戦いづれーんだよ。早く──」
「バカにするな!!」
星矢は足を震わせながらも立ち上がる。
顔は青ざめ、呼吸は乱れているが瞳は真っすぐ幸樹を見つめていた。
「目の前で友が傷つき、意中の女性には注目されている。こんな絶好の状況で恰好付けない訳にはいかないだろう?」
「せい、や…?」
「何よりここで逃げだしたら、僕は君と対等じゃなくなる!!」
星矢は吠えた。
地面を震わせる…とまではいかずとも、その咆哮は幸樹の鼓膜を震わせた。
「…っは!こうちゃん、甘口君!霊滓が!」
陽歌の声に幸樹は顔を周囲へ向けると、霊滓が次々と出現し幸樹と星矢目がけて近づいてきていた。
幸樹は目を瞑り、また開く。
ある確信を持って、星矢に告げる。
「じゃあ、神に祈れ。大切な物を捧げるから、力を寄越せって」
「大切な、物…?」
「お前の大切な物は、何だ?」
星矢はゆっくりとズボンのポケットに手を入れる。
「…幸樹、君は特撮系が好きって言ってたね」
「あぁ」
「僕もね、ヒーローが好きなんだ。ただ──」
そしてポケットからフィギュアを取り出した。赤と銀を基調としたカラーリングで、両目は光り微笑んでいるようにも見えるテレビの中のヒーロー。
「ウルトラの戦士の方だけどね」
そのヒーローのように不敵に微笑みながら天高くフィギュアを掲げる。
その瞬間、直視できないほどの眩い光がフィギュアから放たれ、光は徐々に星矢の体を包み込んでいく。
「う、何!?」
「光ってる!?」
「…甘口君、やっぱり貴方は!」
遠くでその様子の見ていた春、凛、陽歌も思わず視線を外す。特に春と凛の二人は展開に全く付いていけず困惑するばかりであった。
ガアアアアァァァッッ
幸樹が抑えていたカラスが激しく暴れ始め、幸樹の手を力ずくで振りほどく。
「な、うわっ!」
カラスは飛翔し、嘴を再び星矢に向ける。
「まさか、アイツまた──」
幸樹はカラスの狙いに気付くも手、脚の両方が痛み思わず膝をつく。
カラスは好機とばかりに大きく羽を動かすと星矢目がけ突撃する。
「避けろ!星矢!!」
「……避けろ?」
幸樹の絶叫に、星矢は淡々と応える。
カラスの嘴がいよいよ星矢の目の前まで迫りそして──
星矢は片手で止めていた。
「な……」
「この僕に言っているのかな?この──」
光が消えていき、舞っていた砂が晴れていく。
そこにはウルトラマンを金色に染め上げマントを羽織り、顔のみを露出させたような格好の星矢が立っていた。
「スーパーウルトラ戦士である僕に!!」
「ダッセぇ……」
歯をきらりと輝かせ、カラスの嘴を尚も片手で止め続ける。
星矢はそのまま少しずつカラスへと一歩、また一歩と近づいていく。
「しかし何だろうね、この溢れるパワーは。本当、後で説明してくれよ幸樹」
星矢はカラスの顔面の真正面に立つ。
カラスは眼前の星矢を睨み付け、手を振り解こうとその巨体を暴れさせる。
「おっと」
だが星矢は両手で嘴を掴み直し、カラスを押さえつける。
「はっ」
星矢はカラスの巨体を持ち上げたかと思うと地面に強く叩きつけ、再び持ち上げ空高く放った。
「ウ〜ル〜ト〜ラ〜…」
星矢は深く深く屈み、脚を、体全体を強張らせた。
「パアァァァンチ!!」
地面がひび割れるほど強く蹴り、カラスへ一直線に飛ぶ。
突き出された右拳がカラスの上腹に直撃し、その体に大きな穴を開けた。
ガアアァァァァッッ……
カラスは断末魔の叫びを最後に空中で霧散し、光に包まれ消えていった。
「倒せた…?」
星矢は自身の拳を見つめながら呟いた。
地上にいる幸樹は霊滓を斬り付けながら一連の出来事について思案していた。
「とりあえず、御使い一人確定か…」
ひび割れた地面、空中の星矢を見て重々しく呟く。
そこに春、凛を引き連れて陽歌が歩いて来た。
「おっつ〜」
「よ。今回お前の出番無かったな」
「それ言う?何も出来なかったの一応気にしてるんだけど」
「まあ三人共ご無事な様でなにより」
幸樹は陽歌の後ろにいた春と凛を見て一息つく。
陽歌は一歩幸樹に近付き手を握る。
「そう言うこうちゃんは怪我してるじゃない。痛い?」
「多少はな。まあすぐ治るだろ」
「あの」
突然声をかけられ、幸樹は声の聞こえた方に目を向けると春がポケットから絆創膏と消毒液を取り出していた。
「その、よかったら…」
「あ、どーも」
ぎこちない手つきで春は幸樹の手を取り、消毒液を吹きかけていく。
「うっ、てぇ〜…」
「あぁ!ご、ごめんね。痛いよねやっぱり。ちょっとだけ我慢してね?」
「あーいや、別にそこまで気遣って貰うほどじゃ」
申し訳なさそうに幸樹の手を消毒し、絆創膏をペタペタと貼っていく春。
それをやや離れた位置から見守る陽歌に凛が近付いた。
「雨井さん」
「かげりん。怖かったでしょ?大丈夫?」
「平気よ。貴方たちが守ってくれていたから」
「ならよかったわ」
陽歌がそう答えるも、凛は浮かない顔をしていた。
先程までの光景はやはり一般人には衝撃的すぎたかと陽歌は思い至ったが、凛は全く別の言葉を口にした。
「その、ごめんなさい。二人の足を引っ張ってしまって」
「え?どういう…」
「彼に怪我させてしまったの、私達がいつまでも避難しなかったせいよね。その所為で雨井さんが戦えなかったから」
「あぁ、そういうこと?気にしないでよ。私が何も出来なかったのは私自身の問題よ」
「でも…」
「悪いと思ってるなら、ちょっと私達と一緒に来て欲しい場所があるの。高遠さんも、甘口君も!」
陽歌は凛、春、星矢と順に視線を配り、やや興奮気味に言った。
三人は首を傾げる。
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