第9話 自己紹介
五人は吉祥寺へと足を運んでいた。
先行する陽歌はまるで初めて自分の家に友達を招いたような気でいるためテンションが上がり切っている。
「あれが食堂で、あれが講堂!いつも私達が授業受けてた場所でね!先生が怖いの何のってー!」
「落ち着けヨウ」
「…っ!」
それとは対照的に固まり、目を見開くばかりの三人。
春が恐る恐る手を挙げ尋ねる。
「え、えっと…雨井さんってお坊さん?だったの?」
「女の僧侶は尼って言うのよ。そしてそう!何を隠そうこの雨井陽歌は寺生まれ寺育ちの生粋の尼よ!」
「幸樹もそうなのかい?」
「ああ。まあ俺は寺で生まれたわけじゃねーけど赤ん坊の頃から寺で育ったから同じようなもんだ」
「本当に吉祥会の人だったのね…それも、そこで生まれ育ったって」
「じゃあ君達は将来僧侶になるのかい?」
「まあこのまま行けばそうなるかしら」
「す、すごいね…もう将来の事が決まってるなんて」
春は目を丸くし感心している。
「家業みたいなもんだよ。俺らからしたら寺の外での生活の方が想像できない」
「はぇ〜…」
幸樹の一言に春はまたもや目を丸くする。
否、目を丸くしているのは春だけでなく凛、星矢の二人も同様だった。
およそ十七年という期間を吉祥寺のみで過ごしてきた二人と外の世界で過ごした三人。
学力に大きな差はなくとも、その背景には想像だにしない程の大きな差が存在した。
三人がその事を悟り、呆けている間に本堂へと辿り着いていた。
本堂では門前が座して幸樹達が来るのを静かに待っていた。
幸樹と陽歌の二人は前に進み、門前に声をかける。
「門前様、見習いの三人をお連れしました」
(見習い?)
三人は陽歌から出た聞き慣れない単語に首を傾げるも、口に出すことは無い。
陽歌の呼びかけに門前はゆっくりと振り返る。
「ご苦労様です。陽歌さん、幸樹さん」
門前は陽歌と幸樹の顔を見た後、後ろにいた三人をじっと見つめた。
三人は少々居心地悪そうにしつつも、門前の前に並び立つ。
「ふむ……一人は既に御使いとしての力を持っているようですね」
「わかるのですか?」
門前の言葉に幸樹が驚いた様子を見せる。
「御使いになった時点で神との交信を終えた特別な存在ですからね。神気が混じるんですよ」
「なるほど」
「あ、あの~」
春が恐る恐る手を上げる。
「えっと、御使いとか見習いとか……神気?って一体何でしょうか?」
「これは、大変失礼しました。三人にはわからないことも多い中で足を運んでいただいたのに説明もしないままでは、あまりに無礼。少々お待ちください、座布団をお持ちいたしますね」
「あ、そんな、お構いなく!」
春が手を伸ばして制止するも門前はそのまま奥の方へ行ってしまった。
「わ、悪いなぁ」
春が申し訳なさそうに呟く。
「ねぇ。今の人が住職なの?」
凛は陽歌と幸樹の二人に尋ねた。三人にはまだ門前の事についてほとんど説明をしていなかったことを今更ながらに二人は思い出す。
「あ、紹介しそびれちゃったわね。あの方が大江野門前様で、かげりんが言った通り吉祥寺の住職を務めておられるわ。」
「かげりん?」
幸樹が首を傾げる。
「あ、そうか。こうちゃんにはまだ……あぁ!そうだ!」
「うわ、びっくりした。いきなりなんだよ」
「ねぇねぇ!せっかくだしここで自己紹介しない?ほら、皆今日が初めましてでしょ?さっきまで忙しくてそれどころじゃなかったし!」
陽歌は鼻息を荒くさせ目を輝かせている。四人はそれに気圧されつつも陽歌の言葉には概ね同意した。
「まぁ、確かにな。同じクラスじゃない人もいるっぽいし」
「そういうことなら!まずは僕から行かせてもらおう。僕は──」
「2年3組の甘口星矢君でしょ。この場にいる誰もが知ってる有名人だからそんなに張り切らなくて大丈夫よ」
「美影さん!僕の自己紹介タイムを邪魔しないでくれないかな!?」
星矢の悲鳴にも凛は聞こえないと言わんばかりに華麗に聞き流す。
「はいはーい!じゃあ次は私ね。私は2年4組の高遠春、高くて遠い春って覚えてね!」
「はい、高遠さんに質問!」
「はい、雨井さん!」
「高遠さんのことはるるんって呼んでいいかしら?」
「何聞いてんのお前…」
「オッケー!じゃあ私も雨井さんのこと、ようちゃんって呼ぶね!」
「ノリが良すぎる」
完全に打ち解けあったように春と陽歌の二人は互いの手を取り合ってはしゃいでいる。
その様子を引き気味で幸樹が見ていると、春がじぃっと幸樹を見つめた。
「そう言えば、あなたもようちゃんと一緒に転入してきたんだよね?」
「まぁ、そうだが」
「名前は確かみし──」
「彼の名前は三嶋幸樹!僕の友人にして良きライバルだ、覚えてあげたまえ!」
「何故あなたが誇らしげなの…?」
春の言葉を遮って勢いよく幸樹を紹介する星矢に、凛は呆れ果てる。
幸樹も同様に苦笑いしていたが、自己紹介する手間が省けたと思いそれに乗っかった。
「ま、そんな感じだ。よろしくな高遠」
「うん!よろしく~!」
春は笑顔で手を振り上げる。そして振り上げられた手はそのまま凛へと伸ばされた。
否が応にも存在感が強調される格好となる。
「では、お次はかげちゃんの番でーす!」
「いよっ!待ってました!」
「え」
陽歌も一緒になって手を凛へと伸ばし、囃し立てる。対して凛は戸惑い固まっている。
「さぁかげちゃん選手!どうぞ!」
「えっと、その……」
「ふっ、これは驚きだね。僕を罵ったときとはえらい態度の違いじゃないか、美影さん」
「な、何?」
「あれ、忘れてしまったのかな?ほら、半年くらい前に君は花に勝るとも劣らない美しさだと口説いたら烈火の如く罵倒の嵐が──」
「あれはあなたが許可もなく花を触ろうとしたからじゃない」
「星矢…お前半年前から変わってないのか」
「星矢君は有名人だよね~沢山の女の子に声掛けてるって」
春の一言に星矢が目を逸らす。思い当たる節でもあるのか、凛はじとっとした目つきで星矢を見ていた。
「それで?そんな星矢のナンパ被害者の一人であるアンタの名前は?」
「ん……2年4組、美影凛」
「美影か。よろしくな」
「えぇ。よろしく」
そっけない態度ではあるが自己紹介を終えた凛を見て満足気な春と星矢。それを見て居心地悪そうに凛は視線を逸らすも、その視線の先にはニヤニヤした陽歌がいた。
「な、何よ」
「いや~?かげりんは可愛いなって」
「バカにしてる?」
「まっさか~」
「ほら、私達は全員終わったわよ。次はそっちの番でしょ」
ぶっきらぼうな言い方で陽歌、幸樹の二人に順番が回される。陽歌は待ってましたと言わんばかりに右手を高く上げる。
「はい!私は雨井陽歌。あ、2年3組よ。寺生まれ寺育ちの生粋の尼ですよろしく!」
ぱちぱちぱち…
幸樹以外の三人から控えめな拍手が送られ、陽歌は少々照れくさそうにしながらも満更でもなさそうだった。しかし、星矢には気になることがあるようで首を傾げていた。
「…?雨井さん、今は普通だね」
「え、というと?」
「いや、教室で自己紹介してたときはあんなに緊張──」
「じゃあお次はこうちゃんの番ねさぁ皆傾聴!!」
「早口だ…」
陽歌は額に汗を滲ませながら両手を幸樹の方に伸ばし、いかにも自分のターンは終わったとでも言うように幸樹の方へ注目を集めさせる。
教室での醜態など知らない春と凛は目を丸くするばかりだが、話の腰を折ってしまいかねないと自重し幸樹の言葉を待つ。
「あー…まぁ、ヨウと同じ今日転校してきた2年3組の三嶋幸樹だ。寺生まれ寺育ちなのもヨウと同じ。皆にとっては常識でも俺らにはわからないことも多いと思うんで、その…その時は多目に見てくれると助かる。よろしく」
「よっ!我がライバル!声が小さいぞ!!」
「うるせぇ」
「それにしても、本当に二人共お寺で生まれ育ったの?そういうのってよくわからないけど、他のお寺とかじゃ聞かないような…」
凛の疑問は最もだった。実際寺で子供が生まれ育てられるなど吉祥寺以外では存在しない事例であり、そのことは二人も理解していた。
「実際吉祥会だけよね、こういうのって」
「ああ。女の人も普通にいるし」
「な、なんというか…自由なんだね。吉祥会って」
「そうよ。だから三人も全然馴染んでいけると思うわ」
「え?」
「え?」
陽歌の言葉に春が不思議そうな顔をし、次いで凛と星矢が同じように疑問符を浮かべる。
「馴染む?」
「どういうことだい?」
「あれ」
何かが噛み合っていない。そんな違和感が場を支配していた。
幸樹は思考を巡らせ、そして原因を突き止めると頭を抱えた。
「なぁ、ヨウ」
「何かしら」
「……俺ら、まだこの三人に吉祥会に入ってもらう事……言ってなくね?」
「……アハッ☆」
その場の空気が凍った。
勇者ヒーロー物語 〜三嶋幸樹の章〜 IZA @IZA15
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