第4話 芋けんぴドラマ

幸樹と陽歌は高校に転入する直前、門前にある使命を言い渡されていた。

それは、外の世界にいる御使いの素養を持った人間を見つけてくること。門前曰く、御使いは吉祥会に所属する人間の専売特許ではないという。

御使いになるための最低限の条件として、献上式──神々への信仰心を持ちながら献上品を捧げる──ともう一つ。

神々に見初められるような人間であること。

「しかし、門前様。神に見初められるかどうかなど私達に判断できるでしょうか?」

「では逆に問いましょうか。お二人はどのような人間が神に見初められると思いますか?」

門前の問いに幸樹と陽歌は腕を組み唸る。

「誠実な人でしょうか?」

「ふむ、大切なことですね」

暗に違うということらしい。門前は穏やかな笑みを携えたまま是とはしない。

幸樹に続き陽歌も発言する。

「御使いは吉祥会の人間しか知りませんが……血脈も関係しますか?」

「否定はしませんが、血筋が全てではありません。それに御使いは必ず吉祥会に所属していただくことになっているので吉祥会の所属であるかは判断材料にはなりえませんよ」

「え、えーっと…」

門前の一言に再び二人は唸り始める。行き詰ってしまった二人の様子を見かね、門前は咳払いを一つした。

「お二人も御使いになられましたよね?どういう状況で御使いになりましたか?」

「状況?えっと、霊滓に襲われていて…」

「……誰かを、守りたい?」

幸樹の呟きに門前は満面の笑みでもって応えた。

「献上式の本質とは物を捧げることに非ず。利他行を至上とし、誰かの為に自己を捧げる。その行き着く先が、御使いなのです。つまり誰かのために頑張れる人は、それだけで御使いの素養があるんですよ」

「では私達の行く高校にも──」

「ええ。善人が全て御使いに選ばれるというわけではありませんが…きっといるでしょう。御使いの素養を持った子供達が。お二人には、その方達を吉祥会へ招き入れて欲しいのです」

門前の言葉に二人はしばし固まる。外の世界は二人にとって全くの未知なる世界。霊滓を鎮めるのとは別のお役目が、自分達に務まるのだろうか、と。

「お二人は外の世界で過ごすのは初めての事ですから、慣れない事やわからない事だらけでしょう。ですが案外直ぐに慣れるものです。それに、外の世界は必ずやお二人の味方をしてくれます。お二人の学校生活に、幸多からんことを」


「幸ってなんですか……門前様…」

「おお ヨウよ!死んでしまうとは情けない…」

涙で地面を濡らす陽歌に幸樹はあくまで茶々を入れるだけ。どこか他人事感のある幸樹の態度に陽歌は不満気な態度を露わにする。

「ちょっと!大切な幼馴染がこんなにも困ってるんだから少しはフォローしてよ!」

「自分から大切だとか宣う奴のフォローはちょっと……」

「そうですかそうですか。もーいいわよ。今の私はいわば無敵の人!ここまで来たら恥の上塗りも無いでしょう」

陽歌は勢いよく立ち上がると再び教室に向かい走り出す。幸樹もその背を追いかける。

「どうすんだよ」

「どうもこうも、小細工は嫌いだからね。出たとこ勝負!」

「チャレンジャー……」

陽歌はその勢いのまま扉を勢いよく開け放つ。再度注目を集めるが、最早陽歌はその程度の事は気にも留めなかった。

陽歌は教室中を見渡すと、女生徒の集団に目を止め近づく。

「ねぇねぇ貴方達!困ってることは無い?」

突然の問いかけに、女生徒たちは困惑しつつも応える。

「え、えぇと…雨井さんだよね?こ、困ってることって言われても、その…」

「何でもいいの、何でも!あ、そこの男子達!君たちはどう?転校生にしか出来ない悩み相談とか無い?」

「えぇ?な、悩み相談?いや、俺たちは別に…」

「ほら、私は今この教室で最もクリーンな人間関係を築いているから相談し放題よ!」

陽歌はそう言い胸を張る。傍でその様子を見ていた幸樹が思わず呟いた。

「そりゃまだ友達一人もいないからな。汚れる余地が無い」

「何か言った?」

「いえ何も」

陽歌は完全になりふり構わなくなったのか、片っ端から声をかけては役に立てることが無いか聞いて回っていた。

適切なコミュニケーションの方法を知らないゆえの強硬策なのだろうが、話しかけられたクラスメイト達が軒並み困惑していた。幸樹は静かに自分の席に着きその様子を眺めることにした。

「ッフ、おもしれー女」

「え?」

隣の席から聞こえてきた呟きに、幸樹は思わず顔を向ける。そこには茶髪の容姿が整った男子生徒が座っており、陽歌の様子を眺めているようだった。

「君、彼女と一緒に転校してきたよね?どういう関係?」

「え……ただの幼馴染だけど」

「付き合ってる?」

「は!?」

男子生徒の問いに幸樹は大きな衝撃を受ける。

今まで曲がりなりにも寺生まれ寺育ちの彼にとって、異性交遊に興味を抱けるような環境に身を置いていたわけではない。ましてや相手の陽歌とは赤ん坊の頃から家族同然に接し続けてきた。

今更男女の仲と誤解されるなど発想すら無かった幸樹にとって、先ほどの質問は正に青天の霹靂だった。

「いや、俺は……家族?幼馴染だから、その…」

「じゃあナンパしても問題ないね」

「はい!!?」

二度目の衝撃を受ける幸樹を余所にその男子生徒は陽歌へと近づいていく。

その男はポケットから小袋を取り出し、そこから………芋けんぴを取り出した。

(は??何故芋けんび?)

妙な光景に固まる幸樹を置いて男子生徒は手に持った芋けんぴを陽歌の頭に近づける。

その時、陽歌が背後から近づく気配を感じ取ったのか振り返り、男子生徒と目が合った。

「おっと」

「え」

陽歌が振り返るのは想定外だったのか男子生徒は芋けんぴを落としそうになるも、すぐにキメ顔で言い放った。

「君、髪に芋けんぴついてたぜ?ほら」

瞬間、教室中がざわめいた。

「ま、マジか甘口の奴!転校初日から」

「流石見境の無い……」

「痺れも憧れもしねーけど尊敬だけは出来るわ…」

他の生徒達(主に男子生徒)の動揺と称賛の声が教室を包み込み、幸樹は完全に置いてかれていた。

(え、え?どういうこと??髪に芋けんぴ?ナンパって……え??)

だが、尚も甘口と呼ばれたその男は止まらない。

「どこの変態野郎に付けられたかわからないけど安心してくれ。これからは俺が君を守っていくから」

(芋けんぴから??)

甘口の一言に他の生徒たちは色めき、幸樹は更に混乱の一途を辿っていた。そして尚も、陽歌は混乱しているのかこれといった反応を見せない。

それを周囲の生徒たちは恥ずかしがっていると受け取ったのか、今度は陽歌に注目が集まった。

「い、未だにビンタや悲鳴が無い!これはまさか、遂に甘口のナンパが成功しちまうのか!?」

「あの打率-二割と言われた男が遂に!」

「はっはっは君達よしたまえ。あと打率に-って何?」

最早勝利を確信したかのようにキメ顔でクラスの声援に応えている甘口。だが幸樹はそれどころではなかった。

(な、なんかよくわかんねーけどあれか?これがテレビで言ってたチャラ男ってやつなのか??本当にこんな奴が……!)

幸樹はテレビで得た知識でしか吉祥会以外の事を知らない。付き合いも吉祥会に限定されていた幸樹にとっては初めての事態に、ただ眺めることしかできずにいた。

(よ、陽歌は!?アイツはどう答える?)

幸樹も含めクラス中の視線が陽歌に集まる。

ここまで沈黙を守ってきた彼女が、次にどんな乙女な反応を示すのか。クラスメイト達には最高のドラマだった。

そして遂に、陽歌が動く。

「貴方、だったのね……」

「え?」

小さな声ではあったが、確かに「貴方だったのね」と、そう言った。

明らかに不快感や嫌悪感など感じ取れないこの呟きに、更にクラス中のテンションは最高潮に──

「貴方すっごくいい人ね!!ねぇねぇ吉祥会って知ってる?実は今未来ある若者を求めてるんだけどね!」

「は?」

陽歌は両目を輝かせながら甘口の手を握り興奮気味に捲し立てた。だが当の甘口は完全に呆気に取られていた。

それもそのはずで、吉祥会は世間一般ではただの一宗教としか認識されていない。

この状況で、しかも見目麗しい女子高生から宗教の名前が挙がるなど不自然の極みだった。教室にいる誰もが思った。

(((((やべー宗教の勧誘!??)))))

今度は、止まらなかったのは陽歌の方だった。

「大丈夫!ちょっと私達とお友達になってくれれば良いから!最初はわからないことだらけでしょうけど優しい人ばかりだからきっと楽しく──」

「止まれアホ」

幸樹の手刀が陽歌の後頭部に直撃し、陽歌は悶絶する。

「な、なにするのぉ~…」

「こっちの台詞だ。マジで恥の上塗りしかしてねーじゃねぇか。こっち来い」

「あ、ちょっと!今いいところで──」

幸樹は抵抗する陽歌を力づくで引っ張り教室を出た。その様子を甘口含めたクラスメイト全員が呆然と見つめていた。

「な、なんだったんだ一体……」

「雨井さんてマジで変だな」

「ていうかあの二人付き合ってるの?すごい仲良さげ~」

教室は早速陽歌と幸樹に関する噂話で持ち切り状態。青春真っただ中の彼らにとって恋愛関係の話題はいつだって立派な娯楽の一つだ。

だが、その話し合いに混ざらない男が一人いた。

「初めて、断られなかった……」

甘口は自分の手を眺めた。陽歌に握られた自分の手を。

「初めて、手を握られた…!」

幸樹曰くチャラ男の甘口星矢。

齢十七歳にして交際経験なし。ナンパした数=フラれた数の男に火が点いた。

「本当に面白い子だ」

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