水龍の上陸、そして旅立ち

「出てきたぞ! あれが例の獲物だ!!」


 冒険者の一人が叫びます。彼らの大本命が、ようやくご登場らしいですね。声を聞いた冒険者たちは一斉に、私の開けた大穴に視線を送ります。


 ───水龍が現れました。


 そりゃ、愛の巣から無理矢理叩き出されては怒り狂ってしまうのも無理ありません。その巨体を荒ぶらせて、煉瓦造りの道路をえぐりながら地上へと這い上がってきます。凄まじい光景です。


「おいおい、あんなのがこの国の地下に住み着いていやがったのか」


「ウォードさんもドラゴンを見るのは初めてですか?」


「お、おう。……いや、俺だけじゃなくてこの場にいるほとんどが初見だろうよ。まさか生きてるうちに拝めるとはなァ」


 『拝める』だなんてめでたいものでもありませんがね、ドラゴンなんて。


 無駄に大きいし火の粉で服には穴開くし、獣臭いし、所詮爬虫類だし。


 それに、私に言わせれば弱すぎます。


「嬢ちゃん、どう思う?」


「? 何がですか」


「俺たちはあいつを、殺れると思うか」


「ガルーダは『冒険者の国』なんでしょ? なら、旅の魔女なんかよりも、この国に問うてみてはいかがでしょう。きっと、あなたの望む答えを持っています」


 私は思ったままを伝えました。


 数秒キョトンとした後、ウォードはガハハと笑い声をあげます。そして隣のスノウとレイン、武具を構える冒険者たちを一瞥したかと思うと、


「答えは得た。俺たちならやれる」


 そう言いました。


「おい、ウォード。そろそろ俺らも参戦するぞ。他の連中はもう攻撃を始めてる」


「は、早く行きましょう、ウォードさん!」


「おう、それじゃ俺らも始めるとするか! 先行くぜ、スノウ、レイン」


「あ、おい待てよウォード!」


「お、置いて行かないでくださいウォードさんんんー!」


 まったく、最後まで騒がしい人たちですね。国をあげての緊急クエスト。それも巨大な魔物の討伐依頼、冒険者の血が騒ぐというやつですか。かくいう私も少し、というかかなりワクワクしてしまっています。


 これで私も、すっかり冒険者気質ですね。嬉しいというより達成感です。「冒険をする」という目標を達成できた今、この国でやるべきことは終えてしまいました。


 満足している私と、名残惜しい私が二人、「ガルーダ VS 水龍」を静観しています。


 嗚呼、とても楽しい国でした、「冒険者の国ガルーダ」。


「さようなら、スノウ、レイン。そしてガルーダの皆さん」


 私は箒を呼び出し、それに跨り羽ばたく準備を始めます。


 箒に私の魔力が宿り、ふわりと浮遊します。


「ベルンさん」


 おや、立つ鳥跡を濁さず……といきたかったのですが、何処からか私を呼び止める声がしてしまいます。


 声の主は多分、


「最後に私の名を呼ぶのはあなたでしたか、レイン」


「も、もう……、何も言わずにいなくなるんですから」


「だって最後に言葉を交わしてしまえば、別れが辛くなるでしょう?」


「また会えます。辛いことなんて、何もありません」


「私は逃飛行する仮面の魔女です。この広大な世界を旅するのに、同じ地を二度も踏む暇なんてありません。だから、おそらく、これが最後の───」


「わ、私も、旅をすることに決めました」


 想定外のレインの言葉に、私は目を見開きました。仮面越しではありますが、私は今とても驚いた顔をしています。


「私、あなたとの冒険で思ったんです。もっと強くなりたい、魔法の使い手として、成長したいって」


「スノウにはちゃんと話したんですか?」


「いえ、まだ。でも、スノウならきっと応援してくれます。だから私は、旅に出ます。だから、またどこかで会えます」


 レインの意志は固いようです。まさかあの内気なレインが、こんなにも大胆な変化を遂げるとは。


 ───これだから冒険は面白い。これだから旅は、止められない。


 自由とは、本当に素晴らしい。


「そうですか。では、またどこかで」


「あ、ちょっと待ってください」


「まだ何か?」


「忘れ物、です」


 そう言うと、レインは私に膨らんだ巾着袋を一包手渡してきます。


 中を覗き込むと、そこにはそこそこの量の金貨と……


「ミャァァァァァオ」


「ミカ!」


 相棒が入っていました。そういえば、クエスト前にギルドに預けたまま忘れてしまっていたような。───あぁ、そんなに睨まないでくださいミカ。お土産話はちゃんとしますから。


「助かりました、レイン。危うくミカを捨て猫にしてしまうところでしたよ」


「ベルンさんってば相変わらず……」


 『相変わらず』、何でしょうか? まぁ、今回ばかりは言われてしまっても仕方がありませんか。最後は綺麗に〆るつもりが、うまくいきませんでしたね。唯一の無念です。


 とまぁ反省も程々に、私はミカを頭に乗せ、再び箒に跨ります。


「それでは、ギルドからの報酬、たしかに受け取りました。皆さんにもよろしくお伝え下さい」


「はい、ベルンさんも、どうかお元気で」


「次、どこかで会えたその時は、『ベルンさん』じゃなくて『ベルン』で結構ですよ」


「分かりました。また、貴方の名を呼べる日を楽しみに待っています!」


 レインに手を振り、私は視線を箒の先へ移します。宙に浮く箒と私の身体は、レインの視界からどんどんと遠ざかっていきます。



「おい、ベルン! お前俺にもなんか言わせろよ!!」



「達者でな、仮面の魔女ベルン!」



「また来てくれよ、嬢ちゃん〜!」



 後方からスノウやウォード、そしてギルドで顔を合わせた面々の声が聞こえてきます。なんだ、結局皆にもバレてしまったんですね。ひっそりと姿を消すつもりが、これじゃ大失敗じゃないですか。


「本当に、最後まで騒がしい人たちでしたね」


 私は振り返ることはしませんでした。何故なら私は旅の魔女。


「───さぁ、次はどの国を目指しましょうか!」


 仮面の魔女と一匹の黒猫は、地平線の向こうを目指します。


 また、新たな冒険を見つけるために。

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仮面の魔女と逃飛行 琥珀ひな @gpdamjwt

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