第5話
「手帳を出せ」
男たちの一人が言う。
私は、バッグの中から手帳を出した。
「シールもだ」
「全部使ったわ」
嘘をついた。まだ1枚だけ残っていた。
「お前は、人の生死を歪めた」
「生死を歪めた?」
「死ぬ運命にある者を生かした」
母の病気のことだとわかった。
「一つ地球上から無くなるはずの
「何言ってるの? 意味がわからない」
「だから、ここで、お前の分を減らす」
「て、手帳を返せばいいんでしょ?」
「手帳と、お前が隠し持っている、そのシールもだ!」
男は、私の足元に発砲してきた。
ダメだ。本当に殺される……。
私は、その男に手帳を差し出し……男が受け取る前に、準備していた残り1枚のシールを手帳に貼ろうとした。
「世界中の人の願いが叶いますように」
次の瞬間、ガンッというショックと共に、私は意識を失った。
男たちは、手帳を拾い上げると、シールを入れていた手帳のポケットの部分をナイフで切り裂く。そこから、小さな記憶媒体を取り出すと、端末に差し込み、操作をする。
「ふぅ」
「データ移行した。手帳の方も、リセット完了だ」
「とんでもない願いをする女だったな」
貼るのを阻止したシールを拾いながら言う。
「何でも願いが叶うって怖いことだと思わないのかね」
世界中に「みんなの願いが叶う」なんて大きなギフトを与えてしまったら……
世の中には小さな願いばかりではないし、善い願いばかりではない。中には悪意に満ちた願いもある。戦争などのように双方の願いが大きく敵対するものもある。激化は避けられない。
「ホントに、あのばあさんは人間の『欲』をよくわかってるな」
「実験台にされる奴らは、たまったもんじゃないけどな」
「追いかけないといけない俺等の身にもなれよとも思うしな」
「今回は、シールの枚数が半分になってたから、ちょっと気を抜いてたからなあ」
「それだけ人間は欲深いってことじゃないのか?」
「かもな」
男たちは、笑いながらそう言うと、手帳を持って去って行った。
気が付くと、私は病院にいた。医者によると、ストレスと貧血で倒れたようだと。倒れる時に、壁かどこかに頭をぶつけたらしく、包帯を巻かれていた。
男たちに撃たれたのではなく、殴られたか突き飛ばされたかして、気を失ったのかもしれない。そこは思い出せなかった。
「大丈夫か?!」
透さんが慌てて病室にかけこんできた。
「びっくりしたよ。倒れて怪我して病院に搬送されたっていうから」
「うん……なんか覚えてないんだけどね」
「……無理して思い出さなくてもいいよ。暫く休んだほうがいい。きっと、仕事で疲れやストレスがたまってるんだよ」
そう言って、透さんは、軽くハグしてくる。
「よかった……大したことなかったみたいで……」
この人に愛されているのは「嘘」じゃないんだなあ、と実感した。あの手帳とシールが作り出したものではなかったんだ……。
手帳とシールを失っても、仕事と恋愛はなくしていなかった。
サラも無事だった。腹を殴られ、気絶しただけだったと言った。あの手帳とセットでなければ「おまじない」の効果もなかったようで、シールは2枚しか使ってないし、2枚目は効かなかったと言っていた。
母親の死は避けられなかった。膵臓がんは誤診ではなく、こういうケースなら手術も可能だったんですが……と言った医師の話を妹が勝手に聞き間違えていたらしい。再度の宣告を受けた時、私たち姉妹は、また泣き崩れた。
母の病院にいるとき、通りかかった病室の中から悲鳴にも似た泣き声が聞こえてきた。きっと、その人も亡くなったのだろう。
自分の母の命だけ助かればいい、そんな自分勝手な願い事をしたことを、心の隅で恥じた。
なんでも願いが叶う手帳とシールなんて手に入れれば、叶わないことはないのかもしれない。けれど、そんなものなくても叶うことは叶う。
そして、叶えようとしてはいけない願いが世の中にはあるのだ。
私はそんな当たり前のことを、身を持って悟った。
そして、人間の「欲」というものの怖さを思い知ったのだった。
願いを叶えるシール 緋雪 @hiyuki0714
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