那智風太郎プレゼンツ『桜猫企画』優秀作品 Best 6
心を病んだ人々が集う場において、煩わしくガサツな行動ゆえにいつも煙たがられていた老女。
夏樹もまた彼女を忌み嫌う者のひとりであったが、季節がめぐり何度目かの春を迎えたその日、久しぶりに見かけた老女の姿に夏樹は愕然としてしまう。
そして思わず差し出してしまったそれは哀れみの産物だったのか、それとも夏樹自身の回復の兆しを示していたのだろうか。
作者の実体験をもとに書き綴ったこの作品はリアルな心療内科病棟の日常を見事に切り取っていることで、その中で起こるドラマもまた切実さを持って読み手の心に強く訴えかける力がある。
また病みと爛漫な桜が明暗のコントラストを作り出すことでいっそう登場人物たちの心の動きが明確に映し出されてもいる。
そして陽だまりで昼寝をする猫もまた主人公の心象風景を捉えたワンポイントとして巧みに活かされていると感じた。
この作品を読むことで同じ桜でも見る者の心のあり方によって様々な姿に見えているのだということに気付かされた。
日本人はそれぞれの悲喜交々を投影して桜を眺めるからこそ、その散り際に切なさや潔さを感じるのかもしれない。