第4話 侯爵令嬢は逃げられない
今日は学園での授業を午前中で切り上げ、午後から妃教育の後フランシスとお茶を共にすることになっていた。
良い天気でもあり、庭園の花々を愛でながらガゼボで優雅にお茶をたしなむ。
はずだった。そのはずだったのに。
丸いガゼボの壁に沿って一周ぐるりとベンチが据え付けられている。
その真ん中にテーブル。
テーブルの上には紅茶とともに様々な焼き菓子、サンドイッチなどの軽食。
そしてチョコレートも並ぶ。
それらを前にリリアーナとフランシスはベンチの中央奥にピタリと並んで座っている。
「ほら。リリー、大好きなチョコレートだよ。はい、あーんして。」
そう言ってリリアーナの口元にチョコレートを持っていく。
リリアーナは少し躊躇しながらも、チョコレートの誘惑に負けて口を開け、それを受け入れる。
もぐもぐと食べる横顔を見ながら「美味しい?」とあふれんばかりの笑顔で顔を覗き込むフランシス。
リリアーナはこくこくと頷きながら、(なんでこんなことしてるのかしら私。恥ずかしすぎるんだけど。)と、もはや諦めの境地に入っていた。
「リリー、僕もチョコレート食べたいんだけど。あーーん。」
フランシスは口を開けてリリアーナに催促する。
「え?それは、むり・・・です。恥ずかしすぎます。」
羞恥で涙目になりながら訴えかけるが
「ええ?婚約者どうしなんだから恥ずかしがることないじゃない。
もっと恥ずかしいこといっぱいしてきてるんだし。いまさらだよー。」
と、テーブルに膝をつきながらリリアーナの方に顔を向ける。さわやかな笑顔のおまけつきで。
「ひ、人聞きの悪いこと言わないでください。恥ずかしいことなんかしていません。
婚約者ですが、そんなこと。全然、ぜんぜん、、、なんてこと言うんですかーーーーー!」
言うが早いかリリアーナは耐え切れずいつもの通り逃げ出そうと体を一瞬浮かせようとするが、フランシスの方が一歩早くリリアーナを抱きとめる。
「今日は逃がさないよ。このガゼボは丸いからね。ここを出るには回り込めないと無理なんだ。だから今日はあきらめて。僕のいう事聞いて側にいて。
そうしたら、悪いようにはしないから。ね?かわいい婚約者殿。」
マリアンヌの言う悪い顔でニヤリと口角を上げ、自分の右わき腹にリリアーナを抱えるように座り、チョコレートをリリアーナの口に放り込む。
「リリー、美味しい?」
右の腰にがっちりと手が回り、逃げようにも体を自由にできない。
こくこくと頷くしかなかった。
「リリーが逃げられないのは嬉しいけど、ここじゃあ狭すぎて膝の上に乗せられないんだよね。ちょっと残念。」
「いえ、このままで十分だと思います。できればもう少し距離を取っていただけるとありがたいのですが。」
「ダメだね。今日はムリ。ここ最近忙しくて時間が取れなかったからリリーが絶対的に足りないんだよ。リリー切れをおこして執務にも影響が出始めたから、今日は存分に堪能するつもり。お願いあきらめて。ね?」
またしても王家伝承王子スマイルの炸裂である。
(リリー切れって一体なに?私が切れる?フランシス様は私で充電して動いてるとでもおっしゃりたいの?なぜ?)と、突っ込みたいことは山ほどあれど、後が面倒くさいことになるのが目に見えているので、黙ってやり過ごすことにした。
「いちゃいちゃ好きは僕だけじゃないんだよ。王家の男たちは愛情が深いから、一度手にしたものは絶対に離さないんだ。たとえ何があっても、絶対にね。
飽きることを知らないから。それこそ生きている間中ずっと。だから、リリーもいい加減諦めた方が良いよ。僕の海より深い愛を受け入れた方がラクになるから。ね?」
それは愛情が深いのではなく、執着が激しすぎると言うことなのでは?と、かんがえつつ乾いた笑顔のまま、そっと目を閉じた。
そんな無意味とも思える時間、いやフランシスにとったら充実した時間を過ごしていると
「リリー、もうすぐ18歳の誕生日でしょ?何か欲しい物はある?なんでもわがままを言っていいからね。何ならこの僕でも良いよ?」
この日2回目の王家伝承王子スマイルがお見舞いされた。
そんな王子スマイルを見なかったことにして
「フランシス様にはいつもよくしていただいておりますし、特に希望はありません。
もちろん、フランシス様も間に合っておりますので。」
「ほんとリリーは僕に厳しいと言うか、つれないよねえ。
婚約者なんだし、もっとさあ、こう甘々な感じになったりできない?
遠慮しなくてもいいよ。誰も見てないし。」
(いや、見てるし!護衛もいるし、なんならエミリーもいるこの状況でいちゃつけるわけないじゃないですかぁ)
心の声が漏れないように上手に蓋をして、
「いくら婚約者とは言え、節度をもったお付き合いをするように言われております。
それに、私はまだ学生でもありますし、そういった事は卒業してからでも十分かな?と・・・思うのですが。」
「ふ~ん。卒業したら良いんだ?リリーは卒業して学生でなくなれば婚約者としての自覚が芽生えるってことね?」
フランシスは左手をあげてチョイチョイと動かし、少し離れていた護衛とエミリーを呼びつける
「ねえ、二人とも今の聞こえた?
リリーは卒業したら婚約者としての自覚が芽生えて、僕といちゃいちゃしてくれるって話。聞こえていたよね?」
自国の、たとえ二番目とは言え王子にこんなことを聞かれて「聞こえません」などと言えるはずもなく
「「聞こえました。」」と声を合わせて二人は答えるしかなかった。
「うらぎりものーーー!!」と叫ぶリリアーナの声を右から左に流しながら、華麗なターンで持ち場に戻るのであった。
「今、最終学年だから、卒業までもう1年もないんだよね。
うわー、楽しみすぎてワクワクが止まらないんだけど。どうしよう。ね?リリー。」
何の意味での「どうしよう」なのかわからないが、涙目で遠いところを見つめることしかできなかった。
この日は陽が傾きかけ、肌寒さを感じる頃までフランシスの腕から解放されることはなく、ぐったりとした体に鞭打って家路につくリリアーナであった。
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