第12話  悩む二人


次の日、学園の授業終了後、リリアーナは妃教育のためエミリーを伴って王宮の一室にいた。

そろそろ授業も終わりかける頃。いつもなら、廊下の辺りをウロウロしたり、なんなら部屋に入り込み、授業が終わるのを側で待っているはずの人が見当たらない。


(今日は執務で王宮内にいると聞いていたけど。忙しいのかしら?)と、特別心配もしていないリリアーナをよそに、自分の執務室で悶々としているフランシスがいた。


「すぐそばに来ているのに、顔も見れない。声も聞けない。触れてもいけないなんて、何のバツゲームなんだ?」

と、フランシスが深いため息をつく。


「お前が自分でやるって言ったんでしょ?最後まで自分の言葉には責任をとりなよ。」

そう言って薄ら笑いを浮かべるアンジール。


「お前、絶対に面白がってるよな?後で覚えてろよ。」

「ふん。何のことですかねぇ?」

ケラケラと笑い出すアンジールだった。



何日かしていつものように妃教育に向かうリリアーナの前を、フランシスとアンジールの影が横切った。

思わず「あ!」と声を上げるとアンジールはリリアーナに気が付いたようだった。

それなのに、なぜか無視をされたように視線をそらされてしまう。

走って追いつこうかと思った体は、たちまち固まってしまった。

拒絶をされたと思い込み、身体が硬直したように動かない。

初めてのことにショックを受けてしまったのだ。



そんなことから何日か経ったある日、いつものように王宮に向かう馬車の中で


「ねえ、エミリー。最近フランシス様のお姿を見かけないのだけれど、どこか具合でもお悪いのかしら?」

「う~ん。そんな話は聞かないけど。ちゃんと公務はこなされているみたいだし。

ただ、単純に忙しいんじゃない?」

「そうなのかしら?あのね、実はこの前……ううん。

あの、なんだか最近フランシス様に避けられてるんじゃないかと思ってしまって。

私のこと呆れられたんじゃないかと思って。」

と、視線を足元に落とす。


「え?そんなことないわよ。大丈夫。お忙しいだけよ。きっと。

だったらリリーからお手紙を出してみたら?きっとすぐにお返事をよこしてくださるわよ。」

「手紙?そんな、同じ王宮内にいるのに手紙なんてだしても……おかしくない?」

「おかしくなんかないわよ。大丈夫きっと喜んでくださるわよ。」

「そうかしら?なら、手紙をお出ししてみようかしら。」


少し元気を取り戻したリリアーナに、これは上々の効き目だと内心ほくほくのエミリーだった。



エミリーから報告を受けたフランシスは、

「え?リリアーナの元気がない?それはそれで心配だ。もう、やめた方がいいかな?」

と、途端に弱腰になるが、


「何言ってんの?願ってもないチャンスじゃない。リリアーナ様に心配してもらえるチャンスだよ。これを逃す手はないでしょ。もうちょっと、がんばりなよ。」


アンジールにそう言われ、すっかりその気になったフランシスはもう少しリリアーナを我慢することにする。

それが、まさかあんなことになろうとは・・・




それからもしばらくは、リリアーナも大人しく我慢を続けていたのだが。


フランシスからの手紙の返事はいたってシンプルなものだった。


「今は少し忙しいからしばらく会えないかもしれない。

心配をかけて申し訳ない。様子を見て改めて連絡をする。」


いつものような情熱的な文言はひとつもない。

手紙と一緒に花束が届けられたが、それも今は儀礼的にすら見えてしまう。


「自分が何かしたのだろうか?」「自分に嫌気がさしたのだろうか?」と思い悩む日々。


我慢の限界を超えたリリアーナは、いつもの笑顔はすっかり鳴りを潜め、食事の量も減り、気力の無さがはたから見てもわかるようになる。


兄のジョルジュも心配して

「殿下と何かあったのか?俺からひとこと言ってやろうか?」と声をかけるが

「ううん。大丈夫よ。大したことないの。お兄様、心配してくれてありがとう。」

そう言って俯くリリアーナに

「何かあったらすぐに言うんだぞ。俺がなんとかするから。」

やさしい兄の言葉に涙を堪えるしかなかった。



同じ王宮内にいるのにこんなに顔を合わさないものだろうか?

仮にも婚約者がいるのだから、少しくらい顔を覗かせるものではないのか?と疑問に思い始めてはいたが、婚約者としての「普通」がよくわかっていないリリアーナは、どうすることもできなかった。


追いかけまわされることがあんなに恥ずかしく嫌だったのに、今は寂しさすら覚える。


いつも「リリー」と呼んでくれるはずの声が聞こえない。

いつも自分の手をとり、握ってくれる大きな手のぬくもりを感じることができない。

いつも笑顔で嬉しそうに自分を見つめてくれる、あの瞳が見えない。


リリーにとって、初めての寂しさはとうに限界を超えていた。




その日、妃教育が終了しいつものように馬車まで向かう廊下で偶然にフランシスに遭遇したのである。

それを見て一瞬硬直する二人。周囲の空気が凍ったように固まり、目が合ったまま微動だにしない。

これはマズイと、最初に動いたのはエミリーだった。


「フランシス様、ご機嫌麗しく存じます。リリアーナ様は今し方妃教育を終えられ、これより帰路につかれるところでございます。」

そう言って頭を下げると、「はっ!」と二人が意識を取り戻したかのように時が進み始める


「あ!ああ、そうか。リリー、ご苦労だったね。あ、あの、元気だった?」


しどろもどろで声をかけると、リリアーナはびくりと肩を震わせ


「はい、殿下。私はおかげさまで元気に過ごさせていただいております。」


「そうか、それは良かった。あ、手紙ありがとう。忙しくてあんな内容になってしまってごめんね。

あ、その……」


「あの…殿下、最近はお忙しいようですが……いえ、どうかご無理をなさらないでくださいませ。それでは、ここで失礼させていただきます。」

目を合わせないように俯くリリアーナに


「え?リリー?なんか他人行儀なんだけど。どうしたの?」


そう言って走り寄り、リリアーナの腕に手を伸ばした瞬間・・・


リリアーナが走り出した!


そう、逃げたのである。

スカートの端を持ち上げ、全力で走る姿は以前のリリアーナを彷彿とさせるものだった。

淑女らしくないと言われようと、第二王子の婚約者失格と言われようとそんなことはどうでもいい。

もう無理!絶対に無理!ここにいられない!いたくない!

フランシスの顔なんか見られない。見たくない!そう思い、ひたすらに走る。


「リリー!!待って!!!!」


フランシスは、相も変わらず叫び続けながらリリアーナを追いかけるのだった。



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