第13話 兄の憂い
突然走り出したリリアーナに
「リリー!待って!話を聞いて!」
そう叫びながら追いかけるフランシス。
廊下を走り右の角を曲がった瞬間、リリアーナの視界に入った人物。
兄のジョルジュだった。
ジョルジュもリリアーナに気づくと、「リリー?」と口にし両手を広げる。
「お兄様!」
リリアーナはその両手の中めがけて走り出し、ジョルジュの胸に飛び込んだ。
リリアーナが両手の中に入り込むと、ジョルジュはその腕をリリアーナの背中に回し、包み込むように抱きしめる。
少し遅れてフランシスが二人の側まで来る
「リリー、待って。お願いだから話を聞いて。」
息を切らせながらフランシスがリリアーナに告げる。
「リリー、何があった?殿下がなにか?」
ジョルジュが自分の腕の中にいるリリアーナを覗き込むと、リリアーナはふるふると頭をふる。
しかし、リリアーナの肩がわずかに震えている。
「リリー?」
ジョルジュが心配そうに問えば
「お兄様。私……」
そう言って顔を上げたリリアーナの頬を涙が一筋つたう。
それをみたジョルジュは
「おい!フランシス!リリアーナに何をした?ことと次第によっては、俺はお前を許さない!」
リリアーナに手を伸ばそうとするフランシスから守るように、リリアーナを抱きしめたまま角度を変え、自分の背に隠そうとする。
「まて、ジョルジュ。勘違いするな。何もない。何もしていない。
僕がリリーに何かするはずがないだろう?」
「じゃあ、なぜリリアーナが泣いている?
お前たちの事は耳にしている。それでも、じゃれ合いなのだろうと思っていたから放っておいたが、妹の涙を見てはさすがにこのままで済ますわけにはいかない。
フランシス、今日はリリアーナを連れ帰る。何か申し開きがあるなら後で俺が聞く。
今はリリアーナに近づくな。」
そう言ってリリアーナの肩を抱き、守るように足早にその場を後にするのだった。
「リリアーナ……違うんだ。リリー……」
フランシスは力なく肩を落とし、うなだれたまましばらく動けないでいた。
後を追いかけ一部始終を見ていたエミリーが近づき、「部屋へ戻りましょう。」と、フランシスを執務室まで導くのだった。
執務室に戻ったフランシスはソファーに座ったまま腑抜けたように、うなだれたまま声を発することすらできなかった。
それを見ていたアンジールが
「フランシス。すまない。僕らが余計な入れ知恵をしたばかりにこんなことに。」
ゆっくりと顔を上げたフランシスが
「いや、誰のせいでもない。僕が決めて行動に起こしたんだ。全て僕の責任だ。
みんなにも余計な心配をかけて申し訳ない。すまなかったね。」
なんとか笑顔を作り出すも、引きつったその笑みは痛々しすぎた。
「明日、謝りに行こうと思う。アンジール、明日の予定はなんだっけ?」
「明日は午後から陳情での接見があるだけで、午前中はずっと書類関係だから昼前なら大丈夫だよ。」
「わかった。じゃあ、朝イチに出向くよ。面倒をかけるな。すまない。」
「ううん。殿下のフォローをするのが俺の仕事だから、気にしないで。
それより、うまくいくことを祈ってるよ。」
「うん、そうなるといいな。ありがとう。」
フランシスはソファーに寄りかかると、天を仰ぎ目をつむる。
側近と護衛騎士は主のことを心配しつつ、その想いが届くことを祈った。
リリアーナとジョルジュはそのままラルミナ邸へと帰り、二人でお茶を飲みながら落ち着きを取り戻そうとしていた。
帰りの馬車の中でジョルジュは敢えてリリアーナに何も聞かなかった。
涙を堪えようとしている妹に、今声をかけても話し合いにはならないだろうと思ったからだ。
落ち込む妹の肩を抱き、なだめるようにゆっくりと手でさする。
「お兄様、ありがとうございます。もう、大丈夫です。」
リリアーナが落ち着きを取り戻し、気丈に声をかける。
ジョルジュはそんな妹が心配でならなかった。
最近のリリアーナはいつものような快活な様子が無くなり、いつも落ちこんだ顔をしていた。
食事の量も減り、夜も眠れないのだろう。目の下にはうっすらとくまも見える。
リリアーナ専属のメイドも最近の主の様子に心を痛めており、化粧でなんとか誤魔化してはいたがそれでも肌や髪の艶は悪くなる一方で、母親の侯爵夫人やジョルジュには報告と相談をしていた。
原因はわかっている。婚約者であるフランシス。
王太子の側近であるジョルジュには、王宮内での噂は良い物も悪い物も全て耳に入る。
それを精査し、必要な物だけを吟味し有益に使わせてもらう。
リリアーナとフランシスの追いかけっこも当然耳には入るが、仲の良い証拠であると内心喜んでいたのである。
なんだかんだと妹を想い大事にしてくれるフランシスに、親友として、兄として感謝をしていたのだ。
今回の妹の変わりように何とかしなければと考えていた矢先の、リリアーナの涙である。
「リリー、少しは落ち着いた?」
「はい、もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました。ごめんなさい。」
「そう、つらいだろうけど、何があったか聞いても良いかな?」
リリアーナの肩をさすりながら、優しく問いかける。
「大したことではないんです。ただ、私がフランシス様に呆れられただけの話です。
きっともう、私のことなんて嫌になってしまわれたんだわ。」
膝の上にあった手がしわになることも気にせず、ドレスを握る。
「リリー、何がどうしてそんな風に思うの?突然過ぎてにわかには信じられないんだけど。」
兄の言葉にリリアーナは今までの事を話し始める。
最初は忙しいだけだろうと思っていた。でも、フランシスの側近のアンジールに無視をされたような気がして手紙を出すも、返事はそっけないものだった。
今まで、あまりにも自分は婚約者らしくなかったし、大人なフランシスには自分のような子供では釣り合わないのだと、改めて思い知ったことを訥々と話した。
「リリー、あいつを庇うつもりはないけど、まだ信じられないんだ。
フランシスが君をないがしろにするはずがないって、未だに思っているくらいだから。
でも、リリーがそう感じたならそれが真実なんだろう。
で?リリーはどうしたい?フランシスのこと嫌いになった?この婚約を解消したい?
リリアーナは「は!」として顔を上げ、ジョルジュを見上げる。
「いいえ、いいえ、お兄様。私、フランシス様をお慕いしています。
大好きなんです。だからお別れしたくはないんです。
でも、でも、フランシス様が私のことを、もう顔も見たくないほど嫌っておられるなら、それを受け入れなければならないと思っています。」
そう言って、リリアーナははらはらと涙をこぼす。
初めて知った恋の苦しみ。あんなにも熱烈に愛情を表現され、求められ結んだ婚約。
父や自分の前で必ず幸せにすると誓った親友である。
何かがこじれ、絡み合い、ほどけなくなっただけなのだろうと信じたかった。
「リリアーナ、わかったよ。この件は僕に任せてくれるかい?
リリーにとって悪いようにはしないと約束する。」
「はい、お兄様。私も信じて待つことにします。」
「リリーは良い子だ。安心すると良い。明日はきっと良いことが待っているよ。」
ジョルジュはリリアーナの額に唇を落とす。
リリアーナが思う事はフランシスのこと。いつのまにこんなに彼の事を愛していたのか。
自分で自分の気持ちがわからないことや、こんなに苦しい思いが芽吹くことにも驚きを隠せなかった。
眠れず窓辺で月を眺め、フランシスの面影を探しながら夜が明けるのを待つのだった。
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