第8話  伝説のデビュタントプロポーズ

王宮主催新年祝賀会。


王宮にある大、中、小の会場を使っての1年で一番大きな夜会。

この日は王族のそばまで赴き挨拶ができるとあって、王国の貴族のほとんどが参列する。

15歳で社交界への参加が認められることから、この祝賀会で社交界デビューする令嬢も多かった。

リリアーナもその中の一人である。


デビュタントの令嬢は、唯一白いドレスを身にまとうことが許される。

一生に一度きり、二度と袖を通すことのない真っ白な純白のドレス。

リリアーナも可憐で美しい光沢のシルク地にレースをふんだんに使ったドレスで、兄ジョルジュに手を取られ参加した。

リリアーナはフランシスから送られた首飾りとイヤリングを付けての登場だった。

それを壇上から見下ろしていたフランシスは一瞬で目を奪われた。

あの、お転婆で木登りをしていた少女が、今まさに目の前で羽化した蝶のように自らの瞳に映っているのだから。


どんな令嬢の姿や誘いにも心動かされることはなかったのに。

リリアーナから目がそらせない。彼女を誰にも渡したくない。

あの薄茶の髪も、緑の瞳も、その手を取り唇を落とすことも、細い腰に手を回しダンスを踊ることも、たとえ誰であろうと許せない。

遠めに見た一瞬で射貫かれたような衝撃を受け、今まで感じたことのない枯渇間を覚える。


あとで、これが遅すぎた初恋なのだと自覚をするのだった。




国王の挨拶のあと、ファンファーレとともにダンスが始まる。

まずは国王と王妃が踊り、それをかわきりに一斉に他の者達も踊り始める。

国王と王妃のダンスの間、他の貴族たちはそれぞれ動き出し交流を始める。

そんな様子を壇上から見ていると、さっそくジョルジュとリリアーナの元にも何人かの貴族たちが声をかけ始めていた。

白いドレスのデビュタント達は目立つので、年頃の令息、令嬢を持つ親たちは良い縁談を求め、品定めをしながら我さきにと声をかける。


焦る気持ちを隠し切れずに、壇上から飛び降りるようにリリアーナの元へ急ぐ。


「ジョルジュ、よく来てくれたな。」


そういえば釘を刺されたんだったな。と思い出し、リリアーナの側で付き添うジョルジュに声をかけ、様子をうかがう。


「これは、フランシス殿下、ご機嫌うるわしく存じます。」


わざとらしく貴族の礼をしながら、首元に一瞬手を当て、リリアーナのネックレスのお礼のつもりで目配せをする。

ニヤリと口角を上げ、わかったと合図を送り、


「リリアーナ嬢。久しぶりだね。変わらず元気そうで何よりだ。」


「フランシス殿下、ご機嫌うるわしく存じます。

 リリアーナ・ラルミナ、殿下の記憶に残していただき光栄でございます。」

練習を積んでうまくできるようになったカーテシーをしてみせた。


「リリアーナ嬢は今宵がデビュタントか、おめでとう。純白のドレスが良く似合っている。

 一生に一度の夜だ、どうか存分に楽しんで行ってくれ。」


そう言いながらリリアーナの手を取り、その甲に唇を落とす。


(え?そんな?)と、リリアーナはあわてて手を引きぬこうとするが、フランシスが強く手を握って離さない。


ジョルジュもあわてて「殿下、妹が驚いております。どうか手を・・・」と、握り合う二人の手に自分の手を乗せ、覆い隠すようにする。


夜会開始そうそう、第二王子が一体なにごとか?と、周りの参加者たちもチラリと見ながら、興味津々で聞き耳を立てる。


「リリアーナ嬢、いや、私のただ一人のお姫様。

昔のように王子様と呼んではくれないの?」甘えた声で問いかければ


「で、殿下、あれは何もわかっていない、幼き頃の戯言でございます。

お恥ずかしい限りです。申し訳ありませんでした。」と、頭を下げ許しを請う。


「そう、二人とも幼い頃のことだ。だがあの時、私が人生で初めて求婚をしたのもあなただ。それすらも戯れだと?」


「そ、それは・・・」


「殿下。妹は今夜が初めての夜会でございます。緊張も解けぬゆえ失礼がありましたならば、この兄である私のせきに・・・」


「ジョルジュ!」


ジョルジュの言葉を遮るようにフランシスが声を上げる


「ジョルジュ・・・今宵、リリアーナ嬢のファーストダンスを踊る許可を、私にくれないか?」


周りで耳をそばだてていた者たちが途端に息を飲み、わざと視線を逸らす。

婚約者も結婚の話もない孤高の王子のそれは、戯れというにはあまりにも大胆過ぎる。


「・・・デビュタントは通常エスコート役とファーストダンスを踊ることが常かと?

しかもまだ、国王への接見も済ませてはおりません。お戯れが過ぎるのでは?

 それとも、、、第二王子フランシス殿下からの下命ということでしょうか?」


軽く頭を下げながら目線だけを上にあげ、フランシスを睨みつける。


「どのように受け取るかはお前に任せる。

リリアーナ嬢、王族への接見の後必ず迎えに参る。必ずだ。待っていてくれ。」


もう一度リリアーナの手を取り、手のひらに口づけ、そのまま壇上へと歩を進める。

手のひらへの口づけは懇願を意味する。男性から女性への懇願が意味するところとは・・・


フランシスが側を離れると、ジョルジュが悔しがり、

「くそっ!」

「お兄様、わたし・・・」

「リリー、お前は悪くない。全部あいつが悪い。くそったれが。」


顔をゆがめながら、周りの者達の視線から守るようにリリアーナを連れ出した。



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