第9話  伝説のデビュタントプロポーズ Ⅱ

フランシスは気持ちの高ぶりを抑えきれないまま王族が座る壇上へと戻ると


「フランシス、あの令嬢は今年デビュタントと聞いているジョルジュの妹か?」


王太子である兄ロベールが前を見据えたままに聞く


「はい、兄上。学園にいた頃、ラルニア邸へ遊びに行っていた時に会ったことがあります。

久方ぶりに会い、私は・・・」


「よい。何も言わなくていい。お前ももう立派に職務をこなす王族だ。

俺は何も聞くことはしない。

 ただし、父上への報告だけは違えるな。俺がお前にかける言葉はそれだけだ。」


「兄上・・・感謝いたします。」


兄ロベールは弟フランシスがこんなに一人の女性に執着するのを始めて見た。

第二王子という地位にありながら、女性に関して浮いた噂ひとつ流れてくることのない弟。

たとえそれが少女の面影を残すような者であったとしても、たぶん初めての恋であろう弟を応援したいと思っていた。



しばらくして国王への接見が公爵家から順番に始まり、終えたリリアーナ達はホールでダンスを踊る準備を始める。

今宵デビュタントを迎える令嬢達が一斉にホールの中央に出て踊りだすのだ。

ジョルジュはリリアーナの手を誰かさんに取られないようにしっかりと握り、二人顔を見合わせながらダンスの打ち合わせをしているようだ。


さあ、行こう!とジョルジュが一歩前に足を踏み出した時、リリアーナの斜め前に人影が揺れ、その手をあっという間に取られてしまった。

咄嗟のことでジョルジュは考える間もなくリリアーナの手を手放してしまう。


すでにフランシスとリリアーナはホールの中央へと進み出ていた。


「リリアーナ嬢、お待たせした。今宵、私とともに夜が明けるまで踊りあかそう。」


「殿下、ファーストダンスは1曲だけと聞きましたが。」


「今日は無礼講だ。王家の私が言うのだから問題はない。この手を離したくない。踊り続けることを許してほしい。」


「殿下がよろしければ、私はかまいませんが。」


夜会では、同じ人と踊り続けることはマナー違反とされる。

それはリリアーナも知っていた。しかし、第二王子がそれを許すというのだから、そんなものなのか?と深く考えてもみなかった。


「昔のようにリリーと呼んでも?」


「はい。殿下のお好きなようにお呼びください。私もうれしく思います。」


「ありがとう。では、リリー。今もお姫様になる夢を?」


昔の戯言である。それでも少女の夢は永遠であるし、まだ憧れを捨てきれない幼さも抱えている


「本当のお姫様はムリでも、いつか私を待つ王子様が現れることを夢見ております。

夢を見ることは心の支えになりますから。」


「おや?王子さまは私ではなかったのか?いつの間にそんな気の多い娘に?」


そう言って悪戯っ子のような笑顔でリリアーナを見下ろす。


「え?そんな、殿下ったら意地悪ですわ。」

ぷくぅと頬を膨らませてすねてみせる。


「あはは。王子である私の姫はリリーだけだ。

 今ここで跪き結婚の許しを請いたいところだが、まだ早すぎることは重々承知している。

どうか、この思いを受け取って欲しい。私が求めているのはリリーだけなのだから。」


そうして二人は3曲連続で踊り続けることになる。

その間、兄のジョルジュは何度もフランシスからリリアーナを奪還しようと近づこうとするが、うまくかわされ、周りに邪魔され、その手を奪いとることができなかった。


そんな様子を周りの者たちが見過ごすわけもなく、瞬く間に二人の仲は醜聞として広まることになる。

デビュタントであり、学園に入学前の令嬢に第二王子を懐柔するだけの術を持ち合わせていないことなど十分分かり切っていること。

しかし、第二王子妃の立場を虎視眈々と狙っていた貴族令嬢達からしたら、突如降ってわいたような小娘の存在が面白いわけもなく、尾ひれも前ひれもつけ、ありとあらゆる手段で陥れようと画策されていた。



間もなく隣国からラルミナ侯爵が帰国したとの知らせに、フランシスはすぐにラルミナ邸へと駆けつける。

事の顛末を説明し、婚約の許しを請うために誠心誠意、懇願する。


「フランシス殿下。あなたがまだ学生の頃、わが家へ足を運んで下さり幼いリリアーナの遊び相手をして下さっていたことは存じ上げております。

あなたの人となりも承知しておるつもりです。

しかしながら、娘はまだ幼い。今年学園への入学をするほどに。

何もリリアーナでなくとも、あなた様ほどの方ならばいくらでも他に素晴らしいご令嬢との婚約をはたせますでしょうに?」


父親であるラルミナ侯爵は、たとえ一国の王子であろうと面と向かい、しっかりとした口調で目をそらすことなく問いかける。


「侯爵、私は皆が承知の通り今まで浮いた噂ひとつなく、女性に関しても興味がなかった。

しかし、夜会でリリアーナ嬢を久方ぶりに目にした時、心の臓を鷲掴みにされるような感覚を覚えた。

恥ずかしながら、私もどうしてなのかわからないのですよ。

なぜこれほどまでに彼女に執着するのか。

でも、リリアーナ嬢を愛しいと思う気持ちに嘘偽りはない。

浮かれた気持ちでの気の迷いでないことだけは、理解してもらいたい。」


「ええ、ええ、あなたのお顔を見ればわかります。そこに嘘はないのでしょう。

しかし、たとえ第二とは言え一国の王子に嫁ぐことが、どれほど大変なことか。

私は一国の家臣である前に、一人の娘の父親です。

娘が大変な思いをするであろう所に、みすみす差し出すことは出来かねるのです。

殿下は娘を、リリアーナを幸せにできるとここに誓えますか?」


他人が聞けば不敬罪で訴えられかねない発言。

それでも娘を思う気持ちはフランシスにも十分すぎるほどに届いた。


「侯爵、私はまだまだ若輩者だ。

侯爵からしたら、ただの甘えたことしか言えない馬鹿な王子に見えることだろう。

私は第二王子であり、兄に比べ自由にできるとは言え、それでも私の元に嫁げば大変な思いもするであろうことは義姉上を見ていてもわかるつもりだ。

それでも、私の隣にリリアーナ嬢が立ち、これからこの国ために二人で力を合わせて行きたいと思っている。

どんな困難がおこるかなんて、正直私にもわからない。

でも、だからこそ。何があろうと私は彼女を、リリアーナ嬢を愛し、守り抜くと約束する。

フランシス・ゼノンとして 生涯リリアーナ嬢を幸せにすると、この私の命に代えて誓う。」


静寂の室内に沈黙が広がる。


「わかりました。殿下、あなたの誓いを信じます。

陛下には、私からもお許しをもらえるように進言いたしましょう。」


「本当か、侯爵?ありがとう。本当にありがとう。」

フランシスは安堵したように膝の上で両の手を強く握りしめた。


「しかしならが、もし万が一にも娘を泣かすようなことがあれば、娘を思う父親としてあなた様と刺し違える覚悟でいることを、努々お忘れなきよう。」


「しかと肝に銘じる。」


フランシスは、リリアーナの父であるラルミナ侯爵と、兄であるジョルジュの前で誓いを立てた。



国王陛下への接見時、ラルミナ侯爵はこの婚約を結ぶ意思を示してくれた。

しかし、フランシスに今まで婚約者が宛がわれなかったのは、国と国との結びつきによる婿入りや、国内での抗争を収めるために有力貴族から令嬢を迎えいれる為に保留されていたものだった。

張本人であるフランシスは、この縁談がまとまらないのであれば、誰とも婚姻は結ばないと宣言し、むりやり婚姻を結ばされても一切手は出さない白い結婚をすることを誓う始末。

それでも無理なら王位継承権を捨て、リリアーナを攫い国を出るとまで公言してしまう。


これには国王も王妃も困り果てたところで、王太子である兄のロベールが助け船を出してくれた。


ここまで醜聞が広まってしまった以上、リリアーナのことを思えば婚約は避けて通れないだろう。

弟の仕出かした過ちのために、令嬢一人の人生を台無しにして良いはずはないと王を説得してくれた。

ただし、あくまでリリアーナ本人の意思が一番大事であること。

そして、フランシスは王子として今後益々職務に励み、国内のみならず外交分野も広く扱えるようになることが条件と付け加えられる。

その思惑には、もし醜聞が無くならない、もしくはリリアーナに対して被害が向けられるようなことになった場合のため、国外に出ることで非難させることができるようになるからとの思いからであった。



すぐにリリアーナの意思を確認するが、今までの経緯を全く知らない。

加えて、まだまだ結婚に対して憧れしか持ち合わせていない少女である。

自分の意思などあろうはずもなく、「お父様が決めたことでしたら従います。」とする。

しかし、心の中では昔からフランシスに憧れを抱いていたことは家族みんなが知ることで、王太子妃教育などが勤まるのなら、フランシス個人との婚姻は認めてやりたいと思っていた。


そんなことから新年祝賀会の夜会の後、間を置かずにフランシスとリリアーナの婚約は成立するのであった。




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