第2話 侯爵令嬢は「奥深い所」に思案する
「それで?今日は一体どんなことをされて逃げていたのです?
リリー、早くお話を聞かせてくれないかしら?楽しみすぎるわ。うふふ。」
大衆恋愛小説が大好きなマリアンヌは扇子で口元を隠しながら、王太子妃らしからぬ発言と、扇子の上から覗く瞳は噂好きな貴族夫人達のそれになっていた。
「き、今日はそのフランシス様のお膝の上に、座らされて、でも、頑張ってガマンをして、でも、その後、その、う、うな、うな・・・・あぁぁぁぁあ。」
リリアーナは赤く染まった顔を両手で覆いながら、思い出したのか最後は声にならないようなうめき声をあげて、頭をふるふると横にふりながら悶絶した。
「うな? うな、、、ぎ?」
マリアンヌが首をコテンと横に倒しながら聞き返す。
「マリアンヌ様。残念ながらうなぎではございません。
うなじでございましょう。はい。う・な・じ、でございますね。」
コホン!とソファーの脇から咳払いの後、リリアーナ付の高級侍女予定のエミリーが答える。
「エミリー、リリーは使い物にならないから、詳細をお願いできて?」
「はい、かしこまりました。僭越ながら、わたくしがご報告申し上げます。
本日フランシス様とリリアーナ様は妃教育の後、リリアーナ様の自室でひと時をお過ごしになられておりました。
相も変わらずフランシス様からのご寵愛を受け、リリアーナ様は殿下のお膝の上に座られるところまではステップアップいたしました。
その間、リリアーナ様の薄茶色の髪を指にクルクルと巻き付け唇を落とされたり、時には頭頂部に口づけをされるなどしておられました。
時折、聞いているこちらが耳をふさぎたくなるような甘い、甘い、そう、今、目の前にあるチョコレートよりも甘い、愛の言葉をささやいたりしておられました。
そんな中、リリアーナ様はなんとか耐えておられたのですが、ついにとどめのようにフランシス様がリリアーナ様のうなじにくちづけをされまして。
それもかなり長い間、「ちゅうぅ」と音を立てておられたので、たぶん跡がつかれておるのではないかと?まだ確認はできておりませんが。
リリアーナ様はしばらく呆然としておられたのですが、「ちゅうぅ」と言う音でハッと気づかれたのか、フランシス様の腕を渾身の力で跳ね除けると、脱兎のごとく逃げ出した。
と、いうのが本日の出来事でございます。」
エミリーは息も切らせず、一気にまくしたてた。
「うふふ。いつもながらエミリーの説明はわかりやすくてよ。
あなたの話を聞いていると、恋愛小説を読んでいるようでわくわくするの。
とても楽しかったわ。ありがとう。」
「いえ、お楽しみいただけたようで何よりでございます。」
エミリーは頭をさげて、マリアンヌに礼をする。
今の話を聞きながらリリアーナは先ほどフランシスに口づけをされた首筋を抑えて、側に立つエミリーに「どう?どうなの?」と言わんばかりにすがるような目で訴えていた。
「ええ?あれくらいじゃ、口づけの後なんかつかないよ。どれ?」
フランシスはそう言うと、リリアーナの肩を抱き寄せ首筋に顔を近づける。
「ん?あれ?・・・あれれ?そっか、うん。この赤いヤツはあれだ!虫刺されだよ。
リリアーナはいつも庭を転げまわるから、虫に刺されたんだよ。きっと、そうだ。」
さわやかな王子様スマイルでシラを切り倒す気満々。
「失礼してもよろしいですか?」
エミリーがリリアーナの肩を抱くフランシスの手をはじき飛ばすと、確認するようにうなじに手を伸ばす。
「フランシス様、これは正真正銘、まごうことなき口づけの後でございますね。」
真顔で冷静に、そして実に端的に返答するエミリーに対して「う・・うぅ」と口ごもる。
「フランシス殿下。いくら婚約者とは言え、まだ婚礼前のご令嬢なのですよ。
しかも、首筋なんて人目に着きやすい場所では、恥ずかしい思いをするのはリリーです。
それにうなじを隠すためにドレスも厳選しなくてはならなくなるのよ。
そういう事を殿方達はわかってくださらないのよね。
せめて人目につかないような、もっと奥深い所に印をつけるような配慮をお願いしたいものだわ。まったく。」
誰に向かっての「まったく」なのかわからないが、マリアンヌは一人ご立腹である。
「へえ、そうなんだ。奥深い所にねえ。リリー、ごめんね。僕の考えが足りなさ過ぎたよ。今度はもっと、もっと、奥深い所に僕の印をつけることにしよう。うん、それが良い。
義姉上も、兄上には僕からよく言っておくからさ、気を静めてくれる?
お腹の子にさわると悪いよ。」
王家伝承のさわやか王子スマイルでほほ笑めば「仕方のない人ね」と、ばかりにマリアンヌは苦笑する。
しかし、「仕方のない人」で済まされないのがリリアーナ。
(奥深いところってなに?どこ?どこらへん?一体どういうことなの?)
いらぬ妄想をしながらぐるぐると「奥深い所」が頭を駆け回る。
相変わらずの王子様スマイルで肩を抱き寄せられ、長い髪をクルクルと巻き付け遊びながら一人納得の表情で隣に座るフランシスに、諦めの境地でされるがままになっているリリアーナであった。
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