第2話 六年目、雪道の椿事

「は……!?」

 

 SNSで知ったその時は、言葉らしい言葉も出てこなかった――バスが突っ込んだ受験生の列は、林堂美咲が受けに行った試験の会場へ向かうものだったのだ。どうやら、彼女もそこにいたらしい。

 

(何でだ……)


 何でそんなことが、いとも簡単に起こってしまうのか。僕は呆然としながらTVをつけてニュースの映像を見た。

 現場の惨状は放送コードのためにごく一部しか見えなかったが、とんでもない状況であることは分かった。身元の確認さえままならない受験生が何名かあったようで――最悪なことに――林堂美咲に関しては、現場周辺で彼女の受験票とバッグ、それに靴の片方が発見されただけだった。

 

 残りの部分がどうなったかは、考えるのも恐ろしかった。騒然とした日々が続いたが、僕は何とか歯を食いしばって卒業式までを勤め上げ、地元の大学に進んで――喪に服したような四年間を過ごした。

 勉強とバイト以外にすることもなく、おかげでというか無事に四年で大学を出た。そして首都圏の中堅企業に就職を決め、社会人になって二年目の、冬―― 

 

        * * *

 

 

 勤務先のビルをでて路上に踏み出すと、歩道の半分ほどが一見柔らかそうな白いもので埋まっていた。足元からしみこむような寒さと、暗い空から不意に光の当たるところへ姿を現す羽毛のような輝きに、僕は目をみはった。

 

「雪かぁ……」


 予報はされていたが、いざ目の当たりにすると自分の認識の甘さを思い知らされる。温暖な地元では雪自体珍しいし、降ったとしてもこんな風に積もることなどめったになかった。

 

「コート、分厚い方着てくりゃよかったな」


 震えながら駅へ向かう。途中の商店街入り口では、恐ろしいことに寒冷地用メイド服とでも名付けられそうなコスチュームに身を包んだ、この辺の大学生らしい女の子たちが、菓子店の客引きプラカードを持って立っていた。

 

 ――HAPPY ☆ SAINT VALENTINE 今なら間に合う! 彼へのチョコレートKISS――


 などと。

 

「ああ。今日はもうそんな日か」


 六年前のバレンタインを思い出す。思いがけず差出された好意のしるしと、そこから繋げたかった愛の日々。永久に失われた青春――

 

「くっそ、何て寒い夜だ」


 今ここに、美咲がいたら。いてくれたら――あんな事さえなかったら。僕たちは多分大学卒業後に再会して、こんな雪空の下を暖かく歩けたはずだったのだ。

 

(どっかこの辺に酒屋あったかなあ……コンビニはちょっと高いし、な……)


 このまま家に帰って素面で過ごすのは、寒すぎる。そんなうらぶれた気持ちで商店街の電飾されたゲートの向こうに目を凝らしたその時だった――


 空気をつんざく音が頭上遥か彼方から響いた。


「え?」 

 

 次第に高くなる笛めいた響きはドップラー効果によるものか。次の瞬間、雪をかぶった歩道の敷石を半径五十メートルほどに渡って粉砕する衝撃と共に、何かがそこに落着していた。

 

 ――きゃあ!!

 

 ――何だ! 爆撃か!?

 

 ――ミサイルよ、ミサイル!

 

 騒然となる大通り。そして、その雪煙の中に僕はおかしなものを見たのだ。

 

 漆黒のハーフコートとフレアスカートの上に、白銀に輝く西洋甲冑を身に着け、白い毛皮を襟もとにあしらった赤いマントを羽織った人影が、そこに片膝を立て膝まづくような格好でうずくまっていた。

 

 右手にはどう見ても本物としか思えない幅広の長剣を抜き身で杖に突き――切っ先が傷むのは気にしていなそうな風情。ゆらりと立ち上がったその姿は、つややかな黒髪に透き通るような白い肌の、美貌の――

 

 これを何と呼べばよいか、僕は他に形容すべき言葉を知らない。率直に言えば、

 

 そして、その美しくも勇まし気な騎士は、僕のよく知っている、忘れることのできないその声でこういったのだ――

 

 

 ――やっと見つけたわ……待たせてごめんなさい、北島君!



 そして、彼女の後ろにはその身長より少し大きなサイズの、銀紙を剥いた板チョコのように見える物体が、歩道に突き刺さるようにして屹立していた。

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異界の女騎士、チョコレート様の物体と共に降り来る 冴吹稔 @seabuki

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