第45話 ペンは剣よりも稼ぐ

 王城内、ルクス特別行政地区執務庁舎・小会議室。


 現在、ラフレトは状況がよくわからずに、なるべく目立たない席を選んで縮こまって座っていた。なぜなら、同じ部屋に集められた人物たちは、みなルクス地区商業組合の大物だったからだ。ラフレト以外は、隣同士「やれ景気はどうだ」「魔鉱石の価格があがりそうだ」といった談笑をしている。


 しばらくすると、会議室に眼鏡をかけた小柄な男性が、資料の束を持った部下を引き連れて入ってきた。


「お暑い中、本日はお集りいただき、ありがとうございます。私は、ルクス地区・統括改革担当行政官であられますシャーロット殿下の筆頭事務官ギスラと申します。殿下は、少し前の会議が押しておりますので、申し訳ございませんが、今からお配りします計画概要をご覧いただきつつ、もうしばらくお待ちください」


 配られた資料の表紙を見て、ラフレトは目を点にする。


『インク持続型・携帯用筆記具の商品化について』


 インク持続型・携帯用筆記具……これはもしや自分の発明品のことだろうか。びっくりしながら、資料をめくると『考案者・ラフレト』と自分の名前を見つけ、心臓の鼓動が早くなった。


って、まさか……)


 ノック音が響き、扉から別の事務官が顔を出して、ギスラ事務官にメッセージを届けに来る。メッセージを読み終わると、彼は咳ばらいをして、また壇上にあがった。


「あー。えー。すいません。シャーロット殿下のスケジュールがかなり詰まっておりますので、先にご説明を開始させていただきます」


 ハンカチで汗を拭いながら、ギスラ事務官は話を続けた。


「あー。えー。えーっと、その前にですね……シャーロット殿下につきましては、かなりカジュアル……と申しますか……大変気取らない方です。我々、下々の者にも非常にフラットに接してくださいます。ビックリされる方も多いかと思いますが、殿下が何かお尋ねになられた際は、直接殿下にお応えしていただいて構いませんので」


 ギスラ事務官の言葉に、ざわざわと室内が驚きに包まれる。


 そもそも平民にとって王族とは、かなり遠くから眺めるだけの存在である。まれに城下に視察に訪れる場合はあるが、それでも離れて眺めるだけの存在で直接会話をするなど、ほとんどありえないことだった。


 ラフレトは前回、父を訪ねてきた際に会話をしたシャーロットを思い出して、やはりあれは異例なことだったのだと再確認した。


「では、説明開始させていただきますので、資料の1ページ目をご覧ください」



 のちに、この商品は『万年筆』と名付けられ、ルクス地区にとどまらずシグルズ王国の銘品として、世界中から人気を博すことになる。



◇◇◇



 リンタール侯爵は、シャーロットの横にかなり緊張した面持ちで座っているテレーゼ嬢を見て溜め息をついた。


「……まぁ、ヘンリー殿下のなさる少々突飛なことにも、だんだん驚かなくなってはきましたが……」


 そう言いつつも裏ですべてを操っているのが、目の前にいる可憐な少女のことを彼は知っている。


(ファーヴニルの魔女め……)


 大公爵位を継承予定のテレーゼ嬢が特別教育改革担当行政官を拝命したというので、改めて紹介されていたわけだが、リンタール侯爵は心の中で悪態をつく。


(真剣に先を読んで対応していかないと、いつ足元をすくわれるか、わかったものじゃない)


 なるべく平静を装ってはいるが、彼はまだ齢十六のシャーロットをすでに『脅威』として認識していた。自分の利と彼女の利が重なっているうちは良いが、彼女の計画に反する状況になったら、前回のように知らず知らずのうちに負け戦に追い込まれかねない。


「では、ルクス大学の件も今後は、テレーゼ嬢と進めていくということでしょうか」


 正直、シャーロットよりもテレーゼ嬢の方が扱いやすいので、リンタール侯爵としてはありがたかった。しかし、シャーロットはなぜか首を横に振る。


「ああ、大学の件は、引き続き私が担当します」


 彼女はティーカップに口をつけ、紅茶を一口飲んでから話を続けた。


「テレーゼお姉さまには、手習い塾よりもより上位の教育機関として、中等・高等教育機関の設置計画を担当していただきます。今のまま、ただ大学だけ設置しても、家庭教師を雇える貴族の方はさておき、民は手習い塾から大学の間の学ぶ場がありませんので」


 計画概要に目を通しながら、リンタール侯爵はシャーロットのいうことはもっともだったが、それならば別の疑問が浮かぶ。


「ならば、なぜ私にわざわざ紹介を?」


 シャーロットは「うふふ」とテレーゼ嬢と顔を合わせて、微笑みを浮かべた。テレーゼ嬢の方は、慣れない場にいまだ緊張しているようで、真剣な顔で頷きを返す。


 その頷きを受けて、シャーロットは紹介した理由を話し始める。


「それはですね。テレーゼお姉さまには、ルクス大学政治学部の第一期生として、ご入学してもらおうと思っておりまして。もちろん、試験はちゃんと他の貴族のご子息たちと平等に受けていただきますけれど」


 思わずリンタール侯爵は「女を?」と言おうとして、その言葉を寸での所で飲み込む。性別など関係なく、恐ろしいほど優秀な女が目の前にいるのだ。前回も似たような失言をして酷い目に遭った。また、どんな形で仕返しされるか、わかったものではない。


 だが、言葉にせずとも、シャーロットに心の声は伝わってしまったようで、彼女はニッコリ笑いながら、彼の口に出さなかった疑問に答える。


「ふふふ。リンタール侯爵、シグルズ王国の人口は、ロマフランカやゼロイセンに比べて、圧倒的に少ないんです。男だ女だなんて言ってたら、負けてしまいますよ」


 小娘に理路整然と諭されて、リンタール侯爵は「ぐぬぬ」と押し黙った。



 さて、シャーロット女王は、紆余曲折の末、戴冠したのちもその生涯にわたり「国にとって最高の財産は、国民」という矜持を貫き通した。この言葉は、現代においてもシグルズ王国の国会議事堂のアーチに刻まれている。


 ちなみに、シャーロット女王本人も大学で勉強してみたかったようで、王太子時代にルクス大学を極秘に受験し、二回ほど落ちて、三回目の受験でようやく合格したらしいが、公式の記録では一発合格なようだ。まぁ、その話はまた別の機会に……。



(工学技術者編・終)

******

 最新話までの読了、誠にありがとうございました。

 大変申し訳ございませんが、別コンテスト及び公募作品執筆のため、しばし休載させていただきます。

 再開時期につきましては、随時、近況ノート等をご確認いただけますと幸いです。


 また、連載再開の糧になりますので、「面白いな。続き気になるな~」と少しでも感じていただけましたら、ぜひ星評価で応援していただけると嬉しいです。


 最後に、応援コメントでの感想等お待ちしておりますので、どうぞお気軽に♪

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第五王女シャーロットの貴族没落大作戦 笹 慎 @sasa_makoto_2022

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