第44話 政略のキューピット②
オズワルドは、メグに淹れてもらった紅茶を飲みながら、舞踏会で飲んだシャンパンの酔いを醒ます。先ほど、彼はギスラ事務官が持ってきた『キュスナハト公爵邸宅跡地の再利用計画』と書かれたファイルに目を通していた。
最初の方の計画概要を読み終えたオズワルドは顔をあげ、また眉を八の字にして困った顔をする。
「……申し訳ないのですが、この計画実行の見返りにテレーゼ嬢をご紹介していただけるということでしたら、ボクには無理です」
跡取りである長男の兄ならいざ知らず、次男のオズワルドはキュスナハト公爵家の中での影響力はゼロに近かった。本当に兄に何かあった時の予備にすぎない存在だ。塩漬けになっているとはいえ、公爵家の私有地について何ら権限は持っていない。
萎縮しているオズワルドに、シャーロットは微笑みで返した。
「そうですねぇ。それは少しだけ違います」
シャーロットはティーカップに口をつけ、紅茶を一口飲んだ。そして、優雅にソーサーの上にカップを戻す。それから、彼女はオズワルドにニッコリと笑って宣言した。
「この計画を実行するのは、テレーゼお姉さまです」
いまだシャーロットの言わんとすることを飲み込めないのか、オズワルドが困惑した顔を続けているので、彼女は詳細を説明し始める。
「これはまだ内示の段階ですので、他言無用でお願いしたいのですけれど。近日中にテレーゼお姉さまは『ルクス地区・特別教育改革担当行政官』に任命されます」
これを聞いて、オズワルドの顔面は困惑顔から口をポカンと開けた間抜け顔に変化した。
「ふふ。サイフリッドの大叔父様も、今のオズワルドさんみたいな顔でビックリされていらっしゃいましたけど、ヘンリー兄様が本気だとわかるとご快諾くださいましたし、本当ですよ」
現在、テレーゼ嬢への求婚が殺到しているのは、シグルズ王国随一の名家であるサイフリッド大公家を「大公爵代行」として乗っ取れる大チャンスだからであるが、次期国王であるヘンリー王太子が「テレーゼ自身を官職につける」とならば話が大幅に変わってくる。
元々、サイフリッド大公家の一人娘であるテレーゼ嬢は、現在二十四歳であるが、その高貴な生まれに反して、様々な理由で今に至るまで婚約者も決まっていなかった。
理由その一、彼女は頭の回転が速く、弁が立った。サイフリッド大公が何人か婿候補を見繕ってきても、みな言い負かしてしまう。貴族の子息たちが泣きながら帰っていったことも一度や二度ではない。
理由その二、彼女は運動神経がとても良い。馬術も剣術も騎士たちと遜色ないほど、上手かった。非公式のフェンシング大会で、参加した貴族の子息たちを全員負かしたことがある。ついでに、狩猟会では、馬が暴れて落馬しそうな貴族を颯爽と助けたこともある。
理由その三、彼女は身長が高く、顔も整ってはいるが美女というよりは、どちらかというと男前だった。仮装舞踏会で男装した際は、令嬢たちの人気を一身に集め、その辺の貴族の子息たちを全員公開処刑した。
つまり、彼女の夫となる者は、自分よりも格が高い『大公爵』という最高位の爵位を持ち、その力を自ら行使する優秀で男前な妻を陰ながら支える立場になるということだ。
さて、そのような屈辱に、何人の貴族が耐えられるのか。
シャーロットの見立てでは、このオズワルドは「意外と」耐えられる、だった。実家での待遇も良くないのであろう。常にオドオドとして、そもそもプライドもあまりないようだ。それに先ほどの舞踏会会場での様子から、誰と並ばなくともデフォルトで影が薄い。
一応、事前にシャーロットがテレーゼ嬢に「結婚相手として絶対に外せない要素はあるか」と確認したところ、「自分より背が高いこと」だった。オズワルドは、ヒョロヒョロしているが、身長はかなり高い。
最後に、テレーゼ嬢はとても面倒見がいい女性である。この頼りないにかけては、貴族内で一位、二位を争えそうなオズワルドが、彼女の庇護欲をかき立てる可能性は十分にあった。
「テレーゼお姉さまには、オズワルドさんを『土地無償提供のための橋渡し役』として、ご紹介したいんです」
サイフリッド大公は、跡取り息子が死んだ原因にもなった男の息子を婿にとは考えていなかったであろうから、これまで見合い等もしなかったはずである。だから、キュスナハト公爵はテレーゼ嬢の気性を知らない可能性が高い。
キュスナハト公爵は、もしテレーゼ嬢とオズワルドが結婚すれば、オズワルドが大公爵を代行するものと考え、千載一遇のチャンスだと素直に受け取るだろう。
この『キュスナハト公爵邸宅跡地の再利用計画』は、誰が
「一緒にお仕事されていくうちに、きっとテレーゼお姉さまにも芽生えるお気持ちがあると思いますわ」
政略結婚のキューピットは、文字通り天使のような笑顔で、また一口ティーカップから紅茶を飲んだ。
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※次回の更新予定は、明後日(2023/8/9)の朝となります。
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