第43話 政略のキューピット①

 王位継承順位第二位のフィリップ王子は、超お祭り男である。


 彼は王都と領地であるスッドルノガを行ったり来たりしているが、王都に来た時は必ず舞踏会を開き、別日には侍従や侍女、衛兵たちまで引き連れてルクス地区の高級店を借り切って遊び尽くす。


 そんな彼の性分もあり、フィリップは年上の貴族たちからの評判はすこぶる悪いが、王城内の人気はとても高い。今回の舞踏会についても予定外の帰城であったにもかかわらず、侍従も侍女も皆やる気満々で迅速に準備を終わらせてしまった。


 次々と招待状を持った参加者達が会場入りする。


 口うるさく頭の固い老人たちがフィリップを忌避して来ないので、若い貴族たちにも彼の舞踏会は大人気だ。ある者は仲間と熱い政治討論をし、またある者は目当ての令嬢を口説いている。急遽の開催だったが、会場内は若者たちでごった返していた。


 シャーロットは、ひとしきりダンスの相手をし終わったところで、キュスナハト公爵の次男坊を探し始めた。


(確か、名前はオズワルドだったわよね)


 以前、紹介されたことはあるはずだが、父親の印象が強すぎて長男も次男もぼんやりとしか記憶にない。この舞踏会の前に、シャーロットは先だってテレーゼ嬢に「キュスナハト公爵の次男」について質問してみたが、彼女もあまり印象に残っていないようだった。


(テレーゼお姉さまに求婚どころか、アプローチさえまだしていないのかしら。オズワルドさん)


 何日も前からルクス地区に滞在しているのに、テレーゼ嬢に接触を試みていないか、試みても失敗しているのか。いずれにせよ、随分と奥手で大人しい男のように思う。シャーロットは飲み物のグラスを取り、すれ違う貴族たちと笑顔で挨拶を交わしながら、さりげなく壁際に目を走らせた。


 壁に寄りかかり、所在なさげにテレーゼ嬢を遠くから見ている男を発見する。おそらく彼がオズワルドだろう。外見はあまり父親に似ておらず、背は高いがヒョロヒョロとして、なんだか頼りがない。

 

 さて、彼と折り入って話がしたいシャーロットだったが、テレーゼ嬢の方を見ているオズワルドは王女の視線に気がついていなかった。仕方なく、メグに彼を呼びに行かせる。それから、シャーロットはグラムに視線を送り、「会場を出る」と合図をした。



◇◇◇



 密談のために呼びつけたオズワルドは、部屋に入るなり王女の姿を見て困惑していた。どうやらメグはシャーロットの名前を伏せていたらしい。


「オズワルドさん、来てくださって、ありがとう」


 彼の困惑をよそに、ニコニコとしながらシャーロットは彼に席を勧める。なんとか彼女の前に座ったオズワルドだったが、恐縮しきっていた。


「驚かせてしまいましたよね」

「い……いえ、そんなことは」


 モジモジと両手の指を合わせて、オズワルドは少しドモリつつ口を開く。傲慢の権化のようなキュスナハト公爵から、どうしたらこのような息子が育つのか。


「あ……あのシャーロット殿下、ボク何かしてしまったのでしょうか……」


 どうやら怒られると思っているようで、オズワルドは眉を八の字にして情けない顔でシャーロットとその背後に立っているグラムを交互に見ている。シャーロットは慌てて、謝罪の言葉を口にした。


「違うんですよ! 変な呼び出し方してしまって、ごめんなさいね」


 そこで、一旦言葉を切り、彼女はコホンと一つ咳ばらいをしてから続きを話し始めた。


「オズワルドさんが、テレーゼお姉さまと仲良くされたいってお話を耳にして、私お節介しようかな~と思いまして」


 天使のような微笑みを浮かべ、そう提案するシャーロットを、オズワルドは「はぁ」と言いながらまだ事態を飲み込めていないのか首を傾げた。


「もしかして、私の早とちりでしたか?」


 あまりにオズワルドの反応が微妙で、さすがのシャーロットも少しだけ不安になってくる。


「いッ……いえ! それは……その……そうなんですけど……。ボク……キュスナハト公爵家の人間ですよ……?」


 現国王のエドワードとキュスナハト公爵は対立しており、彼の言い分ももっともだった。邪魔をし排除されることはあれ、なぜ王女が逆に応援してくれるのか、本当にわけがわからないということだろう。


「そうですね……オズワルドさんには不思議に映るかもしれませんが。でも、私はこう考えています。親の代の関係性を子の代まで引っ張るだなんて、と」


 フワフワと綿菓子のような可愛らしい少女の口から、まるで老獪な貴族のような言葉が飛び出して、さすがのオズワルドも違和感を覚えた。


「……それは、殿のご希望ということでしょうか」


 王太子からの指示でメッセンジャーをさせられていると思ったらしい。シャーロットとしては、このように侮ってもらっていても、カウンターパンチが効果的になるだけなので構わなかったが、さすがにそれではこれから手を組む相手として礼儀を欠く。


「フフッ。少しはご興味もってくださいましたか? 正確にはヘンリー兄様のご意向ではありません。しかし、最終的にはご意向に沿うことになりますよ」


 あくまで自分の考えで動いていることを伝えると、オズワルドは信じられないと言った顔でシャーロットを見つめたのだった。

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