第42話 空き地の有効活用

 この日、シャーロットは、地区税の滞納騒動で火を放たれ焼け落ちたルクス地区にある反国王派のキュスナハト公爵邸跡地の視察に来ていた。


 キュスナハト公爵はその後も頑なに税金を納めずにいたため、ルクス地区長でもあるヘンリー王太子の命令により建物等の再建設は不許可とされ、現在空き地となっている。雑草がぼうぼうと茂り、焼け残った建物部分には蔦が絡みついていて、幽霊屋敷のようだった。


「本当にもったいないですよねぇ。この一等地が荒れ放題なのは」


 敷地図面を見ながらギスラ事務官は、ハンカチで顔の汗をぬぐう。今日は晴天で日差しが暑い。そんな中で、皆で敷地を見て回る。キュスナハト公爵家は元々は軍務大臣を歴任してきた家系のため、ルクス地区の私有地はかなり広かった。


「キュスナハト公爵と直接お話できると良いけれど、領地に引きこもってしまわれてるのよね」


 実際のところ、建物等を再建設しようにもキュスナハト公爵は、地区の市民たちから完全にそっぽを向かれてしまっており、そもそも職人が集まらないのだ。そして、仮に戻ってきたところで、現在は王城内での役職もないので彼は領地に戻ってしまっている。


「税金の滞納を理由に、土地の差押えをしてしまわないのですか?」


 ギスラ事務官の発言は、もっともな意見だった。地区長のヘンリーも最初はそのつもりだったのだが、これにはエドワード国王自らストップをかけてきた。


「……あまり苛烈な処分はできないのよ。刺激しすぎて、爆発されても困るから」


 長年にわたりシグルズ王国を軍務大臣として支えてきたキュスナハト公爵家は、資金力も軍事力も小国並みに保持している。前国王の弟である宰相サイフリッド大公や王位継承権順位第二位であるスッドルノガ公爵フィリップ王子ほどではないものの、十分に大諸侯といえる家柄だ。


 しかも、キュスナハト公爵領は国の東側でありラコースコ公国との国境にある。西側のロマフランカ王国とはこの十年でようやく国交が正常化してきものの、未だに軍事面での警戒態勢は続いており、ここで東西に軍備を分散させるわけにはいかなかった。


 日傘をくるくると回しながら、シャーロットはどうにかキュスナハト公爵とコンタクトが取れないか、ここのところ考えあぐねていた。ただ、コンタクトが取れたとしても、ヘンリーの妹であるシャーロットの話は受け入れてもらえない可能性が高いため、より一層難しい。


「シャーロット殿下が考案された素晴らしい『邸宅跡地の再利用計画』どうにかお伝えしたいところですよねぇ。キュスナハト公爵の利にもなりますし」


 滝のような汗がギスラ事務官の薄くなった髪をさらにオデコに貼りつかせる。シャーロットも「そうなのよねぇ」と応じたが、彼女は汗一つかいていない。二人の会話を後ろで聞いていたメグは、ふと思い出したことを口にした。


「そういえば、ご子息なら今ルクス地区にご滞在中ですよ」


 その発言に、シャーロットは「え?」と振り返った。メグはシャーロットにビックリした顔で見つめられて、慌てて補足する。


「ご長男じゃなく次男の方ですけど……」


 侍女の一人がキュスナハト公爵の次男坊の姿を街で見かけたらしい。シャーロットは彼がこちらに来ている理由について心当たりがあった。


「ああ。きっとテレーゼお姉さまの件ね」


 キュスナハト公爵自身の意向ではないのかもしれないが、どうやら次男はサイフリッド大公の一人娘のテレーゼ嬢に求婚しに来ているようだ。


(テレーゼお姉さま、病院事業の時はご参加いただけなかったけど、ようやく正式にお誘いできる時がきたようね)


 自分たちのボスが「良いこと思いついちゃった」という顔で上機嫌で日傘をクルクル回している様子に、ギスラは「さすが!」と感激し、メグは「マジか」という反応を返したのだった。



◇◇◇



――ロマフランカ王国。首都パリス。


 飲めや騒げのどんちゃん騒ぎ。

 売春宿の一階はレストランになっており、金欠のロベールは馴染みの娼婦に何かおごってもらおうと、別の下心で来店していたが、完全に騒ぎに揉みくちゃされていた。


「ねぇ、JJったら。話聞いてくれてるぅ?」


 袖をひっぱられ、酔っ払いの娼婦に絡まれる。


「はいはい。聞いてますよ~」


 ニコニコしながらもロベールは彼女の手をウザそうに服から引きはがした。


 ここのところ、仲間であるマックスとそりが合わず、レジスタンス組織である『マリアンヌ』と彼は距離をおいていたが、この騒ぎの様子だと、またマックスたちは商人の食糧庫を襲撃して中身をかっぱらってきたようだった。


 一階に彼らがいないのは、すでに上の階で娼婦たちとヨロシクやっているのだろう。馴染みの娼婦も仕事中なようで完全にアテが外れ、ロベールは仲間と鉢合わせる前に早く帰りたかった。


「JJならタダでもいいのにぃ」


 なおも先ほどの娼婦に抱きつかれ脱出を阻止される。


「ごめんねぇ。これでも一途なのよ」


 ロベールはヘラヘラしつつも、なんとか女を引きはがし店の外に出た。街路の遠くに憲兵隊の姿を確認し、帽子を目深に被り眼鏡を押し上げる。


 もしかしたら、この店にガサ入れがあるのかもしれないが、マックスたちに知らせる義理もとうに尽きた。馴染みの娼婦だけは巻き添えにならないといいな、とひとりごちる。


 少しだけシグルズ王国でのことが恋しくなった。ロベールは自分が思っていた以上に、あの王女たちとの建設的で明るい日々を楽しんでいたのだ。


(第五王女が死んだという噂は聞かない。もしかしたら、生きてるのかもな)


 自分で殺す命令を出したくせに、ロベールは彼女が生きていたら嬉しいなと、ついつい口元をほころばせた。

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