第41話 親子の会話

 壁に寄りかかりグラムは溜め息をつく。彼はいま父親のハロルド大隊長が戻ってくるの大隊長室の前で待っていた。


(ずっと親父、忙しそうで言えなかったけど、さすがにシャルとのこと言わなきゃ。ぶん殴られるかもしれないけど)


 もしかしたら、父親は大隊長職を辞任することになるかもしれない、そんな不安も頭をもたげる。


 ザッザッザと複数の軍靴の音が響き、中隊長たちと事務官を引き連れたハロルドが終始指示を飛ばしながら、廊下を歩いてきた。それから、自分の部屋の前にいた息子を見つけ、ハロルドは「あちゃー」といった顔をする。


「そっか。グラムと約束してたよな。すまん。ただ、ちょっとこの後も予定入っててさ。十分くらいしか時間ないんだけど、いいか?」


 グラムが頷くと、中隊長の一人が「あとで迎えにあがります」と言って、全員自分の執務室へ戻っていく。ハロルドはグラムを大隊長室へ招き入れた。あまりにただならぬ気配なので部屋の扉を閉め、グラムは思わずハロルドに質問する。


「何かあったの?」


 ハロルドはドカッと応接ソファーに座ると、行儀悪くローテーブルに足を乗せた。


「まだ確定情報じゃないが、ロマフランカで政変が起きそうだ」


 親指で目頭やこめかみを揉みながら、ハロルドは疲労で大きく息を吐く。


「ロマフランカにいるアン王女をどうするのかで今揉めててな。まぁ実際、国境超えて救出できるか微妙なところだ」


 第一王女のアンは、ロマフランカ王室の王太子に嫁いでいる。すでに世継ぎももうけており、救出するならば子供も一緒にということになるが、それをすると今度はシグルズ王国に火種を持ち込むことになるため、慎重にならざるを得ない。


「救出部隊編成するなら、親父、国軍に戻るの?」


 国軍の先祖返りアタヴィスモスのみで編成された精鋭部隊は、現在は平時ということもあり、解体され各隊員は様々な部隊に散っている。いま再編成するならば、隊長職の最適任者はハロルドだった。


「元々国軍からの出向扱いだしな。部隊長は俺になる可能性高いな」


 ハロルドにとって今一番の気がかりは、自分のことよりも近衛隊所属で入隊しているはずのグラムまで国軍に無理やり編成されそうなことだった。彼の心もとない政治力を駆使して回避に向けて動いてはいるが、戦況は厳しい。


 だが、幸いなことにフィリップ王子が帰城したため、これから宰相サイフリッド大公を含めて、彼らに嘆願にあがる予定だ。二人ともハロルドには大きな借りがある。最後の頼みの綱だった。


「ま、そんな話は置いといて、お前どうしたんだよ」


 凝った首を揉みながら、ハロルドは話を無理やり変える。


 グラムはハロルドの向かいのソファーに座り、少しモジモジとして極まりが悪い顔をした。しかし、父親と話せる時間は少ない。唾をゴクリと飲み、意を決して話始める。


「あのさ……怒るかもしれないんだけど……いや……怒る以上かもしんないんだけど……」


「ああん? ハッキリ言えよ。ホントお前って性格全然、俺に似てねぇよな」


 外見こそ瓜二つな二人だが、地方で蛮族相手に暴れ回っていた野生児のハロルドと違い、幼少期から王城で育ったグラムはなんやかんや言ってお育ちがとても良いのだ。


「うう……できたら怒んないでほしいんだけどさ……」


 むしろハロルドはこの期に及んでハッキリ言わないことにブチ切れそうになっている。父親のこめかみに青筋をが浮かぶのを見て、さすがのグラムも「ヒィッ」と恐れおののく。


「その……あの…………シャルと付き合うことになったッ!!」


 背筋を伸ばして目を瞑ると、思い切ってグラムは重大報告を父親に伝えた。


「……なんだよ。そのことか。シャーロット殿下から事前に聞いてたし、知ってるよ」


 グラムは「え?」と目を開ける。


「お前だけじゃなく、俺の進退にも関わるし確認されたよ。まぁ、まさか王女様から『許可をくれ』って言われるとは思わなかったけど」


 本来、王族が自国の国民、しかも平民に許可を得る必要などない。したいことをし、奪いたいものは奪える立場だ。


「ぶっちゃけ、俺あんま出世とか興味ないし、『やれ』って言われたから大隊長なんてのやってるけど。マネージャーよりもプレイヤーのが向いてるしな。それにお前がどんだけやらかしても、俺の能力と実績を考えりゃ辞めさせられるわけねぇし。あって降格。よって全く問題ない」


 先の戦争での大英雄であるハロルドを辞職に追い込んでも困るのは彼らの方だった。


「え……でも昔は、シャルのこと思ってるなら自重しろって怒ってたじゃん……」

「そりゃ、お前から行くのはダメに決まってんだろ」


 なにを当たり前のことを、とハロルドにバカにされ、気が抜けたのかグラムはソファーの背もたれからズルズルと頭を下に滑らせた。


「なんだよ……。めっちゃ悩んで損した」


 ボコボコに殴られて、半殺し及び勘当の上、近衛隊を辞めさせられると思っていたグラムは安堵の言葉を発する。ファーヴニルに変身すれば勝てるだろうが、人間の身体でハロルドにタイマンで勝てる者などこの世に存在しない。


「俺なんかよりお前のがわかってんだろうけど、シャーロット殿下は頭の良い御方だ。ダメなことはダメって言ってくださるだろうし、最悪の事態になってもお前の自由だけは保証してくださるって約束してくれたし、信じてついていけばいいんじゃね?」


 ハロルドが息子に父親らしいことを言うと、グラムも「うん」と素直に頷いた。


(ま、本当に最悪の事態になったら、ファーヴニルがこの国ごと焼け野原にするだろうがな)


 息子に言った言葉とは裏腹に物騒なことを考えつつ、ハロルドはそうなったら、そうなったで、自分はマリガンの所で残りの人生をゆっくりしようなどと考える。


 そして、中隊長のノックが鳴り、親子の短い会談は終了した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る