第40話 手玉に取る

 リストにチェックを入れながら、メグはシャーロットから頼まれていた物品の検収を行う。納品に来た商人は見知った人物で、すべての物品のチェックが終わると最後に布にくるんだ物を彼女に渡した。中身を確認し、メグは丁寧にお礼を伝える。


 布の中身は、シャーロットが愛読している恋愛小説である『プリンセス・パープル』の今月号だった。シャーロットがルクス地区の特別行政官という官職につき、執務室を得たことでメグの自室に隠していた『プリンセス・パープル』全巻はいま執務室の棚にひっそりと収まっている。


 過労気味のシャーロットの大切な息抜きである。親友が少しでもリフレッシュできますように、そんな願いを込めてメグは本の表紙を撫でる。それから執務室に戻ると、慣れた手つきで表紙が見えぬようにブックカバーをかけてから、ギスラ事務官が持ってきたらしき資料ファイルや決裁書類の山の横に、そっと小説を置いた。


 部屋の主であるシャーロットは今、マイヤー先生との礼儀作法の授業の時間だが、礼儀作法そっちのけで最近はもっぱら資料室で二人で、昔の統計資料や議事録などを漁っては、様々な談義に花をさかせているらしい。


 メグはそんな授業が終わる前に、雑事を済ませてしまおうと、テキパキと行動する。物品の納品が終わったので、今度は郵便の仕分け室に出向きシャーロット宛の書簡を受け取った。歩きながら手紙の差出人を確認していく。


 一通、差出人の名前が書かれていない手紙があった。すみれ色の封筒で、封蝋には素敵な葉っぱをくわえた鳥が描かれている。ひっくり返してみると、宛名も「C」とのみ書かれていた。


(なにこれ。間違いかしら。それにしても、よくこれで届いたわね)


 その時、廊下で侍女の一人とすれ違う。メグは軽く会釈をする。すれ違い間際、相手はメグの手の中の手紙を見て急に血相をかいて、メグを引き留めた。


「ごめんなさい。その手紙、ヴァイオレット様のなの!」


 ヴァイオレットは、引きこもりの第三王女のことである。社交界にも頑なに顔を出さない。しかも、それについて誰も苦言を呈したりせずに放任されているという、メグにとっては謎の王女様だった。


 ビックリしてメグが固まっていると、侍女は小声で耳打ちする。


「封蝋に、トネリコの葉をくわえたキツツキのスタンプ押してあったでしょ? その……ヴァイオレット様の秘密の文通相手みたいで……いつもはもっと早く手紙取りに行くんだけど、今日ちょっと遅くなっちゃって……」


 自分自身は恋愛の「れ」の字もないが、他人の恋愛事には興味津々のメグはその話しにかなりテンションが上がった。手紙を侍女に渡しながら、メグは耳打ちし返す。


「あとで詳しく教えてよね」


 ムフフと野次馬な顔をしたメグに、侍女は手紙を挟んで両手を合わせると「ありがとう」と言ってから急いで廊下を戻っていった。


(ん? でもヴァイオレット様なら「C」じゃなくて「V」よね? まぁ恋人同士の秘密の暗号なのかも? なんかいいわね。シャルとグラムにも、そういうの考えてあげようかしら)


 親友たちの恋愛に、なぜか本人たち以上にウキウキしてしまうメグなのであった。



◇◇◇



 リンタール侯爵は、シャーロットに書簡をいくつか見せる。


「ゼロイセンへの医学留学生派遣の際に、懇意になったザッハルベルグ医科大の教授に教員の推薦をお願いした」


 彼に総合大学の話を持ちかけて、ひと月が経とうとしていた。リンタール侯爵は思った以上にこの件にやる気を見せており、シャーロットにとっては嬉しい誤算だった。


「ゼロイセンの国内では教授どまりでも、我が国では『教授』かつ『学部長』とならば、招聘に応じてくれる者も多そうだ」


 一口、ティーカップから紅茶を飲むと、シャーロットはソーサーの上に音を立てることなく優雅にカップを置いた。それから、伏せていた目をあげて、リンタール侯爵をニコニコしながら見る。


「大叔父様がよく『リンタール侯爵に任せておけば、すべてつつがなく迅速に完了する』とおっしゃってますけれど、本当に素晴らしい手腕ですのね」


 大叔父様とは、宰相サイフリッド大公のことである。これは過大評価でなく、リンタール侯爵の立案は、どれも一切の無駄がなく最短距離での計画実現に至るので、サイフリッド大公は、性格に難があるものの彼を宰相補に取り立てたのだ。


「医学、理学、工学は、大学の看板教授として、ゼロイセンから呼んでくるのが一番だと思うが、政治学はどうするのだ。ロマフランカからの招聘は国家間の関係を考えると難しい」


「あら。てっきり貴方が自ら教鞭を振るわれるのかとばっかり」


 シャーロットのそのすっとぼけた言葉に、リンタール侯爵は片眉をあげた。


「さすがに宰相補の仕事が疎かになっては、本末転倒だ。そこまでの時間は割けんわ」


「困りましたねぇ。でしたら、例えば普段は優秀な部下の方にお願いして、ポイント、ポイントでリンタール侯爵が講義をするというのはどうでしょう。やはり現職の『宰相補』の授業、受けてみたい貴族の子息多いんじゃないかしら」


 にっこりと微笑むシャーロットを見ながら、おだてられ手玉に取られている自覚はあるものの悪い気はしないリンタール侯爵は、腕を組んで「むぅ」と鼻から息をだす。そして、まんざらでもない顔をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る