第7話 闇落ちする女

 ホワイトデーが終わったが、黒部美沙のツイートはなかった。

 土曜日だったので、カレシとお泊まりデートということもある。百合子は休みの間、Twitterでひっきりなしに彼女の動向をチェックした。沈黙は二日間続いた。


 月曜日、更衣室に黒部美沙が入って来た。ぼそぼそとあいさつをして、百合子の後ろを通る。

 三月だというのに、首の部分が伸びた黒いセーターを着ている。化粧っ気のない顔が、余計に暗く見えてしまう。

 もちろん、指輪はしていない。いいことがあった女性特有のにおいもしない。というより、前からそんなにおいはしなかった。


 昼休み、母親お手製の弁当を食べる仏頂面の黒部美沙を、百合子は黙って見守った。

「何も言わないということは振られたのね、と察し、そっとしておいてあげる」風を装う。

 食べ終わった彼女が、手持ち無沙汰そうに爪を弾きだす。百合子は憐れみを含んだ笑顔で、お菓子の箱を出した。


「おいしいものでも食べて、気分転換しようよ」

 いただきものなんだけどね、と言いながら、ホワイトデー用の包装紙を開ける。実際は、自分で買ってきた高級チョコレートなのだが。


「はい、どうぞ」

 ピンクのハート形のチョコレートを三つ、黒部美沙の前に置く。彼女は、気まずいのか悔しいのかわからない表情をして、チョコレートを口の中へ放り込んだ。


 勝った、と百合子は思った。



 しばらく沈黙を守っていた黒部美沙のTwitterは、また愚痴や悪態であふれ始めた。


《あたしを振った最低男が、「今日オレ誕生日!」とかツイートしてやがる。三十過ぎて自分の誕生日祝うなんて、気色悪いんだよ、バーカ!》

《あと二ヶ月で三十歳になってしまう。独身子なしの負け犬なんて、生きる価値ない。何でもいいから結婚したい》


 またこの子は、三十歳以上の独身を敵に回すようなことを言って。


 と思いつつも、百合子はさして腹を立てなかった。こんな風にどす黒い感情をまき散らす彼女自身も、とても脆いのだ。こちらのちょっとした一言に傷つき、勝手に悪い方へ解釈して自滅する。

「そんなことないよ」と言ってくれるフォロワー達だって、自分がやさしい人だと思われたいから口先だけのお世辞を言っているだけだ。誰も黒部美沙のことなど、本気で心配していない。

 裸の女王様なんて、怖くない。


《ちょっと年上だけど、素敵な男性発見! うちの部に届いた重たい荷物を、わざわざ運んでくれたの。メガネ男子って、いいよね》


 総務部の立花さんのことだ、と黒部美沙のツイートを見て百合子は思い当たる。


 荷物はすべて総務部が受け取るのだが、重いものは大抵立花さんが配ってくれる。自然に気遣いのできる、いい人なのだ。経理部と総務部は仲がいいから合同で旅行をしたことがあるが、宿の手配や買い出し、車の運転など、嫌な顔一つせず引き受けてくれたものだ。


 確か、立花さんと二人だけで写っている旅行写真があった。

 灯台のそばで偶然二人しかいないときに、誰かがカメラを向けたのだ。「フレームアウトするから、もっとくっついて」と言われ、かなり接近して撮ったはずだ。恋人同士みたいに。


(あの写真、スマホの待ち受け画面にして、昼休みにさりげなく机の上に置こうかな。あの子、どんな顔をするかしら)


 百合子はもらった写真のデータを探し出し、スマートフォンに転送した。人のよさそうな立花さんと自分が、二人だけの旅行先で撮ったかのように、寄り添って笑っている。


 暗くほくそえんで、百合子はその写真を待ち受け画面に設定した。



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かまってちゃん 芦原瑞祥 @zuishou

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