第3話 霊力修業 一

 修行がいよいよ始まった。修業などという言葉は、優一の中では『言葉』でしか存在しないものだった。『本当に、そんなことをする人が、この世の中に一体どれだけいるのだろうか?まあ……でも結構いるのかなあ?』いろいろなことを考えながら、優一は今その修業の場に向かっている。少なくとも優一のこれまでの人生には無縁のものだったし、何がきっかけで『こっちの世界』に足を踏み入れてしまったのだろう……と思う気持ちもあった。

 暗くて寒い二月の朝四時の山道。場所は京都だ。夏は暑く、冬は寒いと言われる京都。その寒い冬の二月の朝の四時。ただでさえ寒いと世間でも通っている場所で明け方は特に寒い。一日の気温の変化を考えても、お日様が出ている日中は暖かくなり夕方ごろまで暖かさは続く、日が沈んでから気温が下がり始めるとしたら、日が昇る直前まで気温は下がり続けるのだろう。そう考えると朝の四時は一日の中でも最も寒い時間帯ではないか……そんなことを考えながら一番後ろをついて行く優一。

 とりあえずスニーカーは履いているが修業の場所では裸足になるという。葉山も一応ここではスニーカーを履いている。草鞋わらじとかではなかっただけでも、まだ耐えられると言わなければいけないのか……

 山伏やまぶし大角だいかくさんと巫女みこ鈴鏡りんきょうさんは地下足袋じかたびのようなものを履いている。優一はスニーカーにソックスも履いているが寒さが足を刺すような痛さだ。葉山は素足にスニーカー『……有り得ない』そう思いながら歩く優一『心頭滅却しんとうめっきゃくすれば……というやつか?』優一は、もう、この時点で煩悩ぼんのうだらけだ。


「第一の修行場です」

大角だいかくが言う。

 大きな岩にしめ縄が巻かれている。ここが神聖な場所であることがわかる。その岩の前に十メートル四方の広場がある。

 葉山はその広場に入っていく前に履いていたスニーカーを脱いだ。

「ここは神聖な場所だから靴は脱ぐの」

という。優一も裸足はだしになる。

「ッッ……」

言葉にならない。氷の上を裸足はだしで歩くような感覚……凍傷だ……これはヤバいレベルだ。

葉山と優一は岩の前まで歩いてゆく。

「ここでは大角だいかくさんと鈴鏡りんきょうさんがはらえの言葉を奏上そうじょうしてくれるから……聞いていて」

葉山に聞くと神様に捧げる祝詞のりとは『唱える』ではなく『奏上そうじょうする』だそうだ。

 大角だいかく鈴鏡りんきょうは何か短い祝詞のりとのようなものを奏上そうじょうした。お経の様にも聞こえる。

何回か同じ言葉を繰り返した後、葉山と優一を挟むようにして立った。

大角が優一に言う、

「この岩は依代よりしろといって、この場所の神様です。このようにして手を合わせてください」

手の合わせ方は特に特徴的なものではなく、誰もが神社やお寺で手を合わせるような形だった。

「では、始めます」

大角だいかく鈴鏡りんきょうは声を合わせるように祓詞はらえことば奏上そうじょうし始めた。その言葉は合唱のようにも聞こえ荘厳で神聖なものだった。

 優一は体が切られるような寒さであることを少しの間忘れて聞き入っていた。

何分くらいだっただろう。結構長い時間だった。

 最後に神様に頭を下げる。二人の声に心が清められる感じがした。


 そして、次の場所に移動する。もう、すでに手足の感覚はほとんどなかった。自分の足で歩いている感覚がない。葉山は相変わらず素足にスニーカー。

 辺りはまだ暗く、周りの景色はほとんど何も見えない、外灯に照らされた道だけが暗闇の中に浮かび上がり、その浮かび上がった道を歩いて行く。


 周りの景色より少し明るく見える場所が見えてきた。今度は周りを高い木々で囲まれた場所だった。


「第二の修行場です」

大角だいかくが、葉山と優一の方に振り返って言う。

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