第6話 心地よく過ぎる時間

 屋敷に帰って来たのは昼過ぎだった。なんだか朝も早かったし、すごく疲れた。優一は畳の上に寝転がった。部屋は暖房で暖かかった。


「疲れたね」

葉山が言う。

「葉山ちゃんはすごいね。今日、一日の中で、もう一人、人助けをしたんだね」

優一は葉山の行動力に、自分はとてもかなわないと思った。

「人助けだったか、どうか、わかんないけどね」

葉山が言う。


「ねえ、変なこと聞くかもしれないけど……こういう仕事をするきっかけになったことは何なの?」

「え、きっかけ?」

「うん、なんていうか……その、まあ、小さい頃から霊とか、そういうのが見えるとしてだよ。更に自分には、それをはらえる力があるとわかって……それを仕事にしようと思ったのは、何かきっかけがあったの?」

葉山は少し過去のことを思い出すような感じで言った。

「そうね……何だったんだろう?大学では民俗学とかそういうのを学んでたの。文学部国文学科……興味があってね。でも卒業後は普通に民間企業に就職したけど……なんか合わなくて、すぐ辞めたの……ダメだよね。そのあと、小さい頃からお世話になっていた霊寿さんのところに来て最初は何かお手伝いできればと思って来たんだけど、霊寿さんから修業して、もっと強い霊力を手に入れたらいいと言われたの。そして、その後、霊寿れいじゅさん、水鏡妃すいきょうひさんの弟子として霊力修業を本格的に重ねたの」

「へえ……」

「そして、その時、霊寿れいじゅさんと水鏡妃すいきょうひさんにはらう作法を教えて頂いたの」


ここで最強の霊力者『葉山』が誕生したのか……優一はそう思った。


水鏡妃すいきょうひさんに連れられて、いろいろな方の相談とか除霊とかに接することがあって、こういうことを仕事としてやっている人がいるんだな……ってわかって、それで私も最初は水鏡妃すいきょうひさんにと一緒に除霊をしたりしていたの……そのうち一人でもできるようになって、それで、始めたって感じ」


 葉山の話を聞くと、こういうことも仕事としてやるようになると収入も伴わないとボランティアでは自分の生活が成り立たない『お祓い』の金額や、どこまで料金として依頼人からもらうか……そういうビジネス的なこともきちんと成立させていくことが、仕事として続けていく秘訣となるという。


 確かにそうだろうと思った。サラリーマンやOLではない。一か月働いたら会社から決まった日に給料が出るものではない。

 町で商店や飲食店をやっている人も医者でもそうだろう。それぞれに『その仕事』がすべてではなく経営者として客からお金をもらうというビジネス的なことをきちんとしないと経営が成り立たなくなる。

 一般の人から見ると、飲食店の店主は料理を作っているところしか見えない。個人の建築屋さんは家を建てているところしか見えない。医者は患者を診ているところしか見えない。しかし、それぞれに、経営者としての一面も持ち合わせてないとやっていけない。クリエイティブな仕事と言われる職業もそうだろう。収入が伴わなければ、それだけでは生活が成り立たなくなる。


 『除霊』がクリエイティブかどうかはわからない……『創造』よりも、むしろ『消し去る方』なのだろうが、除霊師も収入がなければ、それだけではやっていけない。

 だから料金体系はきちんと取り決めて、ビジネスとして成り立たせていくという。こんなことを大学を卒業して数年で個人でやっている葉山は経営者としての才覚も結構すごいのでは……と今更ながらに感心させられる。確定申告もしているらしい。彼女は『おふだ』や『お守り』は売ってないらしい……まだ、本も出してないという。


「そのうち、かわいい『占い』の本でも書こうかな」

「え、『占い』なの?」

と優一が聞くと、

「だって、『悪霊祓あくりょうはらいます!』みたいなタイトルで私の写真が出るのいやだもん『恋の占星術』みたいなのがかわいいじゃない」

「ええ?そんなことしてないじゃない……今だって山の中で修業してる……」

葉山は笑いながら、

「うそ、うそ……そんなのできないよ……それに霊寿れいじゅさんと水鏡妃すいきょうひさんにしかられるよ。あの人たちに言わせれば、『私たちはの存在です。表に出てはいけません。人知れずの世界で生きていくのです。それがの宿命です……』みたいな感じだから」

と言って笑う。

「忍者みたいだね」

「そうそう、歴史の中に確かに存在したけれど、みずからの存在を文献に残してなくて、人の噂にしか存在しない。実在した人なのか、架空の人なのかわからない……みたいな」

「……」

「……そんな『里』があったのよね……」

「え?」

「ん?」

葉山がくっついてきて優一キスした。

優一も葉山を抱きしめて、二人はもう一度、唇を合わせた。


その日の夜は早めに寝ることにした。


 それから一週間、一日目と同じ内容の修業が朝の四時から行われた。一週間も続けると『朝起きること』には慣れた。

 しかし、『寒さ』については、二日目、三日目・・・と段々慣れてくるというものでもなかった。結局、『寒さ』には慣れなかった。


そして、いよいよ明日は修業の最終日となった。

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