第5話 探偵の依頼

 一日目の修業が終わり屋敷に帰ってくると朝の六時前だった。部屋に暖房を入れる。暖房が入ってなくても部屋に入っただけでかなり暖かく感じた。

 服を着替える。お風呂は朝も入れるというのですぐにお風呂に向かった。お湯に入ると、まだ十分に感覚のなかった手足に一気に感覚が戻ってきた感じだった。お湯の中に溶けてしまいそうな感じだった。体が温まるのをこれほど感じたことはなかった。いつもにはないほど長い時間お湯につかっていた気がする。


 部屋に帰るとまだ葉山は帰ってきてなかった。葉山が大事そうに持っていた皮の袋が置いてある。長さが三十センチ、幅は十センチくらいの細長い袋だ。『何が入っているのだろう?』袋の中身が気になった。

そこへ葉山が帰ってきた。

「温まった?」

「うん」

「私も……」

「ねえ、葉山ちゃん。この袋には何が入っているの?」

「お守り」

「え、あ、そうなんだ。確か、お正月に家に帰ったとき、持って来たんだよね」

「ああ、よく覚えてるね……修業するときは持ち歩いているの」

「そうなんだ」

『お守りは修業の時だけじゃなくて、だいたい普段から持っているものではないか……』とも思ったが、葉山が言うのだから、そういう『お守り』なのだろうと納得した。


 葉山がスマホを確認している。

「?」

優一は、普段、葉山が使っているものじゃないスマホを見ているのに気が付いた。

「あれ?」

「ん?」

「そのスマホ初めて見た」

優一がそう言うと、

「あ、これ。業務用」

「あそうなんだ」

微笑みながら、

「こっちがプライベート用。優一君からの連絡が入ってくる方」

と言う。


「業務用って……」

「仕事の連絡が入ってくるスマホ」

「おはらいとか?」

「いや、それはほとんどないよ。名前が『探偵事務所』だから……」

「どんな依頼が入ってくるの?殺人事件とか?」

「いやいや……ドラマじゃないんだから……それは警察に言ってよ、って感じでしょ。多いのは浮気調査」

「そういうこともするの」

と聞くと、微笑みながら、

「できないよ。私には……それは……そういうのは、大手のきちんとした調査会社の知り合いがいるから、そこへ繋いであげるの。そういうところは、弁護士事務所とかとも繋がっているしね」

「へえ……」

 『黒田郡探偵事務所』のホームページに電話番号とメールアドレスを載せてあり、そこに来たメールから本当にらしいものだけに返信して、本当の依頼だったら電話で連絡を取るという。

 電話番号は固定電話の番号を載せてある。掛かってきた電話は業務用スマホに転送されるらしいが、葉山はほとんど取らないらしい。

 着信がたくさん入っているが、知り合い以外は取らない……『そんな業務用携帯があるか!』と思うが『葉山だからいいか……』と思う優一だった。


 朝ごはんは食堂で食べることにした。お手伝いの深雪みゆきさんという女性が「お部屋にお持ちしましょうか?」と言ったが、朝は食堂で食べると伝えた。

 食堂は普通の食堂のように広かった。ただ本当のホテルではないのでバイキング形式とか、メニューで好きなものを選ぶということはできず。その日の決まった献立こんだてになる。和食のメニューだった。

 こうして朝食を食べていると、今朝の修業のことを忘れる。『今日のことだったんだよな……』と思う。葉山はそのお守りと言った袋を大事そうに持っている。


食事を食べながら葉山が言う、

「おいしいね。さっき、ちょっとスマホ見てたら、依頼が入っていたの。付き合ってくれる?」

「いいけど、依頼って全国から来るの?」

「そうだよ」

「今は修業中なのに、どこまで行くの?」

「ああ、京都なのよ。その依頼」

食事を済ませた後、部屋を出て依頼主のところに出向くことにした。


 こういう場合、最初は状況を聞き内容を理解する。何か調べることが必要だったら、それを調査して、後日、改めて依頼人に会い。解決していくらしい。

 とりあえず調査に係る費用は依頼人に持ってもらう。交通費も請求する。葉山にしても、どこから依頼が来るかわからないのだ。依頼先に出向く交通費を一々自腹で払っていては採算が合わない。お祓い代と往復の交通費は最初連絡するとき伝え、出向いたとき、その日にもらう。後の費用は発生すれば後日請求するらしい。葉山の場合は、そんな感じの料金システムだそうだ。

 そんなことを了承してもらえれば出向くらしい。


 優一にはよくわからない世界だった。正直、『除霊する人』といっても、どこのだれかわからない。口コミや人伝ひとづてに葉山のことを聞いて連絡してくるのだろう。葉山は、よほどこの業界で名前が通っているのだろうか?

 そうでなければ、依頼人にとっては、葉山が、そこへ向かう交通費も請求されることになる。

 こうして葉山と行動しているうちに、段々わかってきたことは、そういう霊障れいしょうのことで悩んでいる人が誰かに相談した時、いろいろな人を紹介されるようだが、どこかで彼女の名前に辿り着く……そんな人が結構いるそうだ。


 タクシーに乗って住所のところまで行く。修業をしている屋敷から、それほど遠くはなかった。閑静な住宅街の一角にある住宅だった。

 依頼人の女性が出迎えてくれた。居間で女性とその両親が話を聞かせてくれた。毎晩、その女性がうなされているのだという。女性自身も、毎晩、夢の中で何か気味の悪いものに追いかけられるのだという。家の中で誰かが歩いている足音がしたり、人の声が聞こえたり、いわゆる心霊現象的なことが頻繁に起こるという。その原因を突き止めておはらいをしてほしいという依頼だった。


 葉山は、依頼人に、こういう場合、おはらいをしたら、おはらい代が発生するということ、調査が必要な場合その費用が発生すること、ここへ来る費用も含め調査中に発生する交通費を請求させてもらうことを説明していた。

 おはらい代に関しては、その後の結果に関わらず、おはらいをする時点で料金が発生することを説明する。その料金は三万円。相場としてどうなのかわからないが結構な額だ。そう思ったが、よく聞くと、もっと高額な金額を取ったり、お守りやおふだなどを買わされるところもあるという。


 葉山の場合は完全に除霊するので、そのあと、お守りやおふだはいらないという。

 特定の霊がつくのではなく、『場所』が悪いということもあるようだが、そういう場合は、そこも浄化するという。彼女にいわせれば、パワースポットの逆で、よほど強力な『悪いものが集まる場所』でない限り、彼女が浄化すれば大丈夫だという。『まあ場所が悪い場合のおはらいは地鎮祭みたいな感じだね』と言う。


「少し家の中を見させて頂いてもいいですか?」

葉山が女性に聞く。

「どうぞ」

女性の家族に承諾を得て、葉山が周りを見回しながら、家の中を歩いて行く。部屋の前で立ち止まる。

「この部屋は?」

「私の部屋です」

「入ってもいいですか?」

「どうぞ」

女性が部屋のドアを開けた。この部屋はきれいに片付いた部屋だった。葉山は部屋の中を見回した。女性が使っているデスクの上に箱に入った不思議な人形があった。中米かポリネシア辺りの民族的な雰囲気のある、かわいらしい女の子の人形だった。

「これは?」

「海外旅行に行った友達からもらったんです」


葉山の表情が変わった。

「その人は友達……なんですか?」

「そうです。いつも一緒にいる友人の一人です」


よく聞くと、依頼された女性は近々結婚するらしい。いつも一緒にいる男女数人のなかの一人の男性と結婚するという。


「この人形……何か強い『感情』のようなものを感じる……」

「え?」

葉山は少し悲しそうな表情を浮かべた。


「これが原因ですね。間違いなく……はらいますか?」

「お願いします。そのために、あなたに来てもらったのですから」


葉山は人形を前に置き、手を組み合わせていくつかの形を作る。九字切くじぎり……


人形からあぶり出されるように女性の姿が現れた。

「キャーーーー」

依頼人の女性が叫んだ。


 葉山はその女性の霊に深々と頭を下げた。

「『気持ち』をおさめて、あなたの世界にお帰り下さい」


指の手刀でくうを切る。数回、くうを切った後、何かの言葉をつぶやいていたが、よく聞き取れなかった。

 女性の霊は悲しそうな表情を浮かべてくうに消えるかのようにいなくなった。葉山も少し悲しそうな表情でくうを見つめていた。


 依頼された女性は震えていた。

葉山はゆっくり振り返り、女性に言う。

「終わりました……知っている方なんでしょう……」

「……」

「でも、もう出てきません。安心してください。さっきの方が行くべきところに案内しましたから……」

葉山は振り返り、

「あ、それと……その人形は、もう、ただの人形ですから、捨てたりしなくていいですよ……いろいろ思いもあると思うので、ご自由に……」


 葉山はもう一度、居間に行きお祓いがきちんと終わったことを両親にも伝えた。両親も葉山がおはらいをしているとき部屋の前で見ていた。

はらい料金は葉山に支払われた。

 葉山は依頼人とその両親にお辞儀をして家を出た。優一は葉山の悲しそうな表情の意味がわかった……わかった気がした。

 優一が今回の一件のことを帰りのタクシーの中で葉山に聞いてみると、こんな話だった。


 あのおはらいのとき出てきた女性の幽霊は依頼人の女性の友人だったそうだ……つまり彼女が『友達』と言った、その女性はもうこの世にはいなかった。だから、葉山はおはらいの前に依頼人が『人形を友達からもらった』と言ったとき、『その人は友達なんですか?」聞き返した。

 どうやらその女性は、依頼人の女性が結婚するという男性と以前付き合っていたらしいという。何があったか知らないが、依頼人の女性が、その男性と結婚することになり、彼女は命を絶ったようだという……依頼人の女性は『彼女を友達と言った』嘘をついていたのではなく、本当にそう思っていたのかもしれない。その女性はあの人形を依頼人の女性に贈り、依頼人の女性はそれを大切にしていた。


「なんか……寂しいね」

葉山が外の景色を見ながら言う。

「彼女、依頼人の女性は、別に私たちに嘘をついたり、隠したりしてなかった気がする……」

「え……」

「本当にずっと仲のいい友達だと思ってたような気がする……だからなんか、悲しい気持ちになったの……」


「恨まれていたのを知らなかったってこと……」

優一の言葉に

「恨まれてたのかな……」

「え」

「依頼人の彼女のことを、すごくうらやましかったのかもね……」

「嫉妬……」


「……」


葉山は何も言わなかった。

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