第8話 対峙 京都駅

 修業が終わり屋敷に帰る。二人は、すぐにお風呂に入らせてもらう・・・体が溶けるほど温まる。滝行のあとだ……体が……溶ける……湯船の中で眠りそうになった。


 その後、葉山と一緒に朝食を食べる。焼き魚に味噌汁、玉子焼き、なかなかおいしい。

「今日は午前中、霊寿れいじゅさんに挨拶して、お昼の新幹線で帰りましょう」

葉山が言う。

「終わってみると、あっという間だった気がするけど、何かこんなに充実した一週間は初めてだったよ」

「そう、それはよかったね」

「ねえ、僕はこれから何か変わるの?」

「ん? 変わらないよ。変わらず私の恋人よ」

「ありがとう……いや、それじゃなくて、その僕の住む世界というか……」

葉山は少し考えるような顔をして、

「ああ……ごめんね。何かいきなり、こっちの世界に引っ張り込んじゃったみたいで……」

「……」

「変わると思うよ」

「……」

「普通に大学に通ってる学生とは少し変わると思う」

「その剣は優一君のものよ。あなた以外に使える人はいないから」

「え、葉山ちゃんは使えるでしょう。さすがに……」

葉山は微笑む。

「そんな風に私を見てくれてありがとう……でも、たぶん、その剣……私のことは聞いてくれないかもね。わからないけど……」

「そんなことはないでしょう」

二人で微笑む。

 食事をすませて、部屋に帰り、荷物をまとめる。そして、葉山と二人で霊寿れいじゅのところに行く。霊寿れいじゅは部屋で何か本を読んでいた。

「あら、もう帰るの?」

葉山が深々とお辞儀をする。優一も頭を下げる。

「ありがとうございました」

「いえいえ、また、いつでも来てね。修業じゃなくても、ただ泊りに来てくれるだけだも嬉しいのよ」

霊寿れいじゅは優しく言う。

「優一さんも一緒にね」

二人はうなずく。

「ごめんなさいね。私は見送りに行けないから、ここで失礼するけど」

「いえ、見送りなんて……」

葉山が言う。

「新幹線で帰るの?」

「はい」

「屋敷の者に見送らせるから」

「ありがとうございました」

二人はもう一度、深々と頭を下げた。


 部屋を出ると、ずっと二人の世話をしてくれていた深雪みゆきさんという女性が待ってくれていた。

「いよいよ、お帰りですか。寂しいです」

「ありがとう。深雪さん」

玄関まで行くと、大勢の屋敷の人たちが見送りに来てくれていた。

「お嬢様、また来てくださいね」

「優一様も、また、是非いらしてください」

全員が深々とお辞儀をしてくれた。

葉山と優一もお礼を言って頭を下げた。

玄関に車が準備してあった。

運転手の人も葉山をよく知っている人だった。

車のドアを開けてくれた。

緒方おがたさん、ありがとう」

「いえいえ、京都駅までですね」

駅までそれほど遠くなかったが車で送ってもらえた。車には深雪も乗った。運転手の緒方という人と、深雪が京都駅まで見送ってくれた。


京都駅に着いた。


「ありがとう。深雪さん、緒方さん」

「また来てくださいね」

深雪は少し涙を浮かべていた。

「泣かないでください。私まで涙が出てくるじゃないですか」

葉山も涙を浮かべていた。少し別れを惜しんだ後、駅の構内に入っていく。


 そして、新幹線乗り場に向かう。駅に着いたときには昼前だった。新幹線の中でお弁当を食べようということになり、葉山はお弁当と紙パックのコーヒー牛乳を買う。優一も同じものを買った。

 『十一番のりば』と『十二番のりば』が名古屋、東京方面のホーム、『十三番のりば』と『十四番のりば』が新大阪、広島、博多方面のホームになっている。

 『十二番ホーム』で新幹線を待っていると、葉山と優一の隣で、これから旅行に行くのだろうか、大きなバッグを持った若い女性の三人組が楽しそうに話をしていた。


 葉山と優一は見るともなしに三人の女性を見ていると、そのうちの一人と目が合い会釈する。


 葉山は何気なく線路をはさんだ向かいのホーム『十三番のりば』の方に目を向けた『何なんだろう』と優一も目を奪われた。黒いスーツにコートの男性、グレーのコートを着た者、ダウンのコートを着きた女性、服装は様々だが、明らかに一つの団体とわかる三十人ぐらいの集団がホームにいる。


 その中にネイビーのダッフルコートを着た高校生ぐらいの男の子がいる。そして、その隣に、六十歳ぐらいだろうか高貴な女性がいる。薄い青ともグレーとも見える着物に、濃いグレーの長羽織……顔が見えた……

優一は驚いた。

「あれ? 水鏡妃すいきょうひさん?」

葉山はその女性から目を離さず見据えている。

楊鏡妃ようきょうひさんよ……」


 隣にいたダッフルコートの高校生がこちらに視線を向けたかと思うと、キッと強い視線をこちらに向けた。

瞬間、葉山は優一を守るように優一の前に出た。が、次の瞬間、

「キャーーーー!」

と、先程の三人の女性の一人から悲鳴が上がった。

 女性の一人が痙攣けいれんを起こし、上半身を硬直させ、両膝りょうひざをホームの床につくように崩れた。上半身は硬直したまま震え、目線はどこを見ているかわからない。完全に金縛り状態だ。

「玲子どうしたの?」

「しまった!」

葉山がすかさず、呪文のような言葉を口にし、人差し指と中指の二本の指を手刀のようにして、向かいホームのダッフルコートの高校生を指差した。


 高校生は先程のこちらの女性と同じように両膝りょうひざを崩し、上半身を硬直させ、両手は下にまっすぐ伸ばした状態で、顔は斜め上に向けられて息ができずあえいでいる。

 高校生が上半身を硬直させ、目線が玲子という女性から外れた。その瞬間、玲子の呪縛が解かれ呼吸ができるようになった。


 楊鏡妃ようきょうひは隣で苦しんでいる高校生を見向きもせず。一度、上に目線を向け、溜息をついて、もう一度、葉山の方に目を向ける。


 葉山は苦しんでいた玲子という女性のところに行き、

「大丈夫ですか?」

と声をかける。女性は苦しそうにうなずきながら、

「大丈夫です……」

という、葉山は左手でやさしく彼女を抱きしめた。まだ少し震えている。


葉山はその会話の間も、右手の手刀を高校生から外さない。

高校生は、まだ体を硬直させ苦しんでいる。


玲子という女性は、しだいに呼吸が整ってきた。

「もう大丈夫です」

という。

葉山は女性に、

「無理せず……落ち着くまでゆっくりしてくださいね」

と優しく言う。

友達の二人の女性が、玲子という女性を抱きしめた。


 葉山は右手の手刀を、まだ、高校生に向けたままだ。高校生はずっと苦しんでいる。周りにいる男性や女性は何もすることができずうろたえている。


 葉山は一度、楊鏡妃ようきょうひの方をにらむように見た後、手刀を切り捨てるように高校生から外した。

 高校生は呪縛から解き放たれたかのように大きく息を吸い込み、両手をホームの床についた。


 そこへ楊鏡妃たちと葉山たちの間に割って入る様に、『十三番のりば』に博多方面行の新幹線が入ってきた。ほどなくして『十二番のりば』に東京方面行の新幹線も入ってきた。


 葉山はすぐに新幹線に乗ろうとしない。

「優一君、先に乗ってて」

「……」

「私は向こうのホームから、さっきの集団の誰かがこっちに来て、この新幹線に乗らないか……ぎりぎりまで見てるから……」

「僕も見るよ。どうせ席は指定席なんだから……」

「ありがとう」


 新幹線の発車のメロディが流れる。誰も来なかったようだ。

葉山と優一は新幹線に乗った。席に着くと既に隣の博多行きの新幹線は発車していた。


黒田郡探偵事務所 第五章 裕美との出会い東京

https://kakuyomu.jp/works/16817330653363613165


*これまでのすべての章*

黒田郡探偵事務所 第一章

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黒田郡探偵事務所 第二章

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黒田郡探偵事務所 第三章

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黒田郡探偵事務所 第四章

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黒田郡探偵事務所 第五章

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黒田郡探偵事務所 第四章 霊力修業 KKモントレイユ @kkworld1983

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