松の木

西しまこ

第1話

 松の木がもっさりしてきている。そろそろ、庭師さんに電話しなくては。

 松の手入れは庭師さんでないと出来ない。

 わたしは去年の手帳に挟んであった庭師さんの名刺を取り出した。

 家の電話から電話をする。

「もしもし。あの、松の手入れをお願いしたいのですが」

 日時を決めて、電話を切る。カレンダーに書き込む。

 わたしはさっぱりした松をイメージし、少し浮き立つような気持ちになっていた。


 台所に行き、片付けをしながら夕飯の準備をする。掃除をして洗濯物を片付けて。庭師さんが来る前に、おうちの中も外もきれいにしておこう。別にうちの中に入るわけではないけれど。午後三時くらいまでが自由な時間。手際よく片付けて掃除していく。徹底的にきれいにしよう。

 窓の桟を掃除しながら、庭を眺めた。

 冬だからまだいいが、夏になると大変だ。それに、庭も少し変えたい。実のなる木を植えたい。みかんとかレモンとか。どんな感じになるかな。庭師さんに相談したい。


 玄関のチャイムが鳴って、誰だろうと思ったら、夫が帰って来た。

「どうしたの?」

「出張。その後、在宅にした」

 それだけ言うと、夫は無言で自分の部屋に行った。わたしは庭のことを考えて、浮き立つような気持ちになっていたのが、しゅんと萎んでしまった。いつも、こうだ。息が苦しい。

「コップ、出しっぱなしなんだけど」夫は部屋から空のマグカップを持って来た。

「ああ、ごめんなさい。……帰るの、まだだと思ったから」

「コーヒー」

「はい、すぐに淹れます」

 わたしは掃除をやめ、コーヒーをセットした。マグカップを洗う。

 夫の部屋にコーヒーを持っていくと、「一日、何してたの?」と言われた。「掃除とか」と答えたが、それに対する返事はなかった。息が苦しい。

 わたしは出来るだけ音を立てないように、食事の支度を始めた。テレビも見ない。

 娘が早く帰って来ますようにと祈る。時計の進みがとても遅く感じられる。息が苦しい。

 

 庭にみかんやレモンの実がなったら、楽しいだろうな。

 花が咲いて、実がなる。その変化も楽しめる。

 みかんは娘と食べよう。レモンはお料理に使おう。


 松の落ち葉が庭一面にあった。茶色い、とげとげの葉。落葉樹みたいに土に返ったりしない茶色い針の葉。

 針が、いくつもいくつも突き刺さって、抜けない。痛いという感情もなくなった。ただ、苦しい。



                   了



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