墓守りの腕時計

汐海有真(白木犀)

墓守りの腕時計

 ……へえ、あなたは知らないんですね。「海鴉うみがらす墓地」にいる、幽霊の噂。実を言うと私、その幽霊に会ったことがあるんです。ふふ、驚きましたか? 折角ですし、お話しさせてください。


 ある日友人からね、聞いたんです。海鴉墓地には、墓守りの幽霊が出るんだって。とても真っ白な幽霊。髪も、肌も、衣服も、全てが真っ白の幽霊。でも、雪景色に墨汁を落としたかのように、一つだけ黒いところがあるらしいんです。


 それはね、手首に巻かれた腕時計。


 不思議ですよね、幽霊が腕時計を着けているなんて。時間なんてどうでもよさそうじゃないですか、幽霊って、ふふふ。だからね、私、すごく気になってしまって、ある日の夕方、海鴉墓地に行ってみたんです。肝試しみたいなことを、したくなってしまって。


 薄紫と橙が混ざり合う、どこか奇妙な空模様をした時間帯でした。墓地には私以外に誰もいなくて、夏のはずなのに身体に吹き付ける風が、何だか寒くって。寂しげな墓の集団に包まれながら、私はぼんやりと歩いていました。


 幽霊なんて見つからなくて、所詮はただの噂話かって溜め息をついて、知らない誰かの墓標を眺めていたとき。


 ふと、後ろに誰かが立っているような気がしたんです。


 背筋がぞくりとしました。私は浅い呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと、振り向きました。……いたんですよ。気味の悪いほどに真っ白な髪が、腰の辺りまで伸びていたのを覚えています。


 そのひとは動けないでいる私に、白い腕を伸ばしました。かみ、と聞こえました。かみが、ほしい、と聞こえました。私はそのひとの手首を見ました。真っ黒なそれは、細い何かが幾重にも絡まってできていて、……腕時計ではなく、人間の黒い髪でした。


 私は叫び声を上げて、一心不乱に逃げ出しました。墓地を抜けて道路を走って、どれくらい経ったでしょうか、振り返ると小さくなった海鴉墓地が、私のことを見つめているようでした。


 ……どうでしたか? ふふ、そんな顔をなさらないでください。この世界にこういう話なんて、溢れ返っているじゃないですか。


 ……ああ、このミサンガですか? 素敵な黒色でしょう? 頑張ってつくったんですよ。ところであなたの、その黒い髪。出会ったときからずっと思っていましたが、本当に綺麗ですよね。


 ねえ、嫌でなければ……私に分けてくれませんか、その黒い髪を。ねえ、お願いです。だって本当に素敵なんですよ、お願い、お願い、お願い、お願いお願いお願い……

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墓守りの腕時計 汐海有真(白木犀) @tea_olive

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