第37話 もうしらないからね
世界史上最も低い行為を敢行した、ド底辺吸血鬼のヴェリスは不敵に笑ってる。
なにわろてんねん。お前以外全員ゲロ吐きたいんやぞ。なんならダンピールちゃんはもう三回くらい吐いてるぞ。
「さあ、闘争を始めようかフロイライン・ダンピール、ヘル・クルースニク」
ヘルってのは確かドイツ語での男性敬称だったような。こんな時にかっこつけてる場合じゃないと思うんですが、どうでしょうかね。
俺は杏とアマリエを、火事場の馬鹿力で抱え上げ、一時教室外のベランダへと寝かせた。きちんと日陰を選んだのは我ながら冷静だったと思う。
そしてそっと俺は自分のポケットをまさぐった。よし、致し方がない。やるか。
「く、クルースニク! そいつ殺して! ヴァンパイアとかもうそういうのどうでもいいから、生かしておいちゃダメ!」
「我、困惑中なり。しかし吸血鬼討伐の意思は揺るがず。—―いざ参るぞ、世界の悪性腫瘍よ」
日頃穏やかな教室は、一転してバトルフィールドになる。
大男が先に動く。武器は先ほどの戦闘で消失していたが、その闘志は燃え盛る炎のようだ。
コンパクトに体をまとめ、ボクシングのようにスピーディーにジャブを繰り出す。
「ふ、効かないねぇ」
なんと無傷。否、ヴェリスは微動だにしていない。
「君の聖別済みの大剣ならまだしも、素手の打撃ではね……。吸血鬼狩りの者たちは、武器を失うとこんな児戯しかできないのかい?」
「笑止」
大振りのジャブ。当然ヴェリスはよけるまでもなく、平然とその一撃を顔面で受けるのだが……。
「なんの真似だい? 髪型が乱れるじゃないか」
クルースニクの手はそのまま殴ることなく、ヴェリスの髪を掴んでガッシリと固定する。勢い任せに振りほどけば、左半分がハゲ散らかすことになるだろう。
「僕に許可なく触れるな、クルースニク」
ドズン、という鈍い音と共に、見るだけでも痛そうなボディーブローが刺さる。しかしハンターはひるむことなくもう片方の手で同じくヴェリスの髪を掴んだ。
「出番だぞ、ダンピール」
弾けるように一つの影がヴェリスの背後に迫り、刺す。
先ほどまで吐いていたゴミ箱を吹き飛ばし、ゲロの飛沫の中手にした短剣を深々とヴェリスに突き刺したのだ。
ヴェリスは驚愕の表情を浮かべ、そして力なく崩れ落ちる。膝をがくりと折り、口の端からはつつ、と一筋の血を垂らしながら。
「あははは、殺ったっ! サンピエトロ大聖堂で祈りを受けた銀の細剣だ、流石のお前も立ち上がってこれないでしょ。死ね、そのまま倒れて滅びろ!」
胸に血が滲むほどの大出血。辺りにヴェリスの流した赤いものが広がり、鶏頭の花のように木目の床に染みをつくる。
「ヴェリス、おいしっかりしろ! お前ら、なんてことしやがる。こいつは人を襲わない主義なんだぞ。一流の狩人気取るなら、下調べくらいはしとけよ!」
何故こうもヴェリスをかばうのか、俺自身もわからない。だが、目の前で理不尽に命が奪われるのを看過するほど、俺の心は曇ってはいない。
「可哀そうな人間君。いいかい、アンタはこの吸血鬼の催眠にかかってるんだよ。こいつが灰になればそのうち洗脳は解けるさ。今は黙ってなさい」
「我らは自らが必要悪だと知っている。少年よ、いずれその身にも理解できることだろう」
勝手なことを言いやがる。
何か一矢報いてやれないかと辺りを探すが、破損した椅子の足くらいしか目ぼしいものがない。
ふと気がつけば、公舎が揺れているように感じた。
それは最初は微弱に、そして徐々に激しく。
「ハハハハハ、嬉しいよ天敵諸君。僕に一撃を加えることができて、本当に嬉しい。ああ、これほどの痛みはいつ振りのことだろうか。全身を駆け巡る神経が、歓喜の念に打ち震えているよ」
ヴェリスの体が宙に浮く。そして爪を一瞬で伸ばし、ダンピールを黒板側に、クルースニクを反対側へと縫い留めた。
「がっ! お、おのれっ」
「ちくしょう、アタイに触れるな変態野郎っ!」
「ミオ君、今だよ。彼らにとどめを」
「とりあえず武装解除はするけどさ、流石に殺しはできねえよ。はいはい、ちょっと触りますよっと」
ポイポイと装備を引っぺがし、やりたくはなかったがボディーチェックらしきものをした。何も無いことを確認し、俺はヴェリスに合図を送る。
「大丈夫そうだ。んでこいつらどうすんだよ。正直なトコ、学校で戦争されるとマジで困るから、勘弁願いたいんだが」
「ここで殺さなければいつまででも狙われる。敵対関係っていうのは、そういう習わしなんだよ、ミオ君」
「やめーや。人間界にいる以上はルールに従ってくれ。どうしてもやるって言うなら、俺も考えがあるぞ」
ヴェリスとダンピールとクルースニク。三者から射抜かれるような目を向けられるが、怯んではいられない。
既に俺は最強の手札を手にしているからだ。
「お前らの確執はよそでやれ。どうしても競いたいなら、学校生活の中で妖怪とばれないようにやるんだ。できるか? できないのか?」
「強気だね、ミオ君。確かにアマリエは君に懐いているようだが、私は眼前に敵がいる状態で放置しておくほどの平和主義者じゃないよ」
「じゃあ平和主義者になれ。出来ないなら里へ帰れ」
突き放すような言い方だが、俺だって焦ってる。悟らせないようにしているが、動揺しているのは丸わかりだろう。
「人間! お前の目の前にいるのは血を啜る人類の敵だぞ! 騙されるな、今ここで禍根を断て! そこに白木の杭がある。奴の両手はふさがってるから今のうちに打ちこむんだ!」
「人間よ、我らは貴殿を守るために来た。どうか力を合わせてほしい」
ダンピールもクルースニクは必死に俺を説得してくる。
「いやだね。俺は人間と妖怪の間を取り持つ仕事をしている。そして俺は妖怪と一緒に生きることを望んでいる。だからそんな物騒な願いは却下だ、却下」
「ではミオ君。僕がこのまま彼らを切断しようとしていたらどうするかな。君に――人間の力で僕を本気で止められるかな」
流石に俺の能力じゃあ限界があるだろう。
杏やアマリエが目覚めて、俺の思いに賛同してくれたとしても、ナプキンちゅーちゅーしたド変態野郎を妨げることはできない。
デデンデンデデン! デデンデンデデン!
某未来から来た殺人サイボーグのテーマソングが鳴り響く。
無論俺のスマホの着信音だ。時は満ちた。あとは専門家に場所を譲るのみ。
「もしもし。はい、2年E組です。はい。え、もうですか? じゃあ申し訳ないですがよろしくお願いします」
通話をタップして切る。
「誰からだね、ミオ君」
「警察だよ。この世界の秩序ってのは、警察機構で守られてるんだ。活用して何が悪い」
「ニポーン人の警官が何人来ても、僕の行動を止められるとは思わないけどねえ」
悪いなヴェリス。もう勝負ついてるから。
「ミー------------------------------------------------------------------------------おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、ちゅわああああああああああああんん!!」
悪鬼羅刹の声が接近してくる。上から落下してきてるドップラー効果なのか、妙に気合の入った雄叫びとなって辺りに木霊した。
天井を突き破り、一人の男が現れる。
「むふ、いきなり激しいわね、ミオちゅわん💛」
「ほんと、待ってましたよ――磯貝さん!」
前に言われていた。どうしようもなくなった場合は遠慮なく頼れと。
だから俺はホウレンソウを欠かさず、今回のことをベランダで連絡しておいたのだ。
「おイタしてると、泥団子みたいに丸めちゃうわよ、ぼくちゃんたち💛」
ひえっ。
サングラスを外した磯貝さんは、キモ優しくほほ笑んで戦闘態勢に入った。
俺だけにせまってくる妖怪娘の倒しかた。絶対零度の姫様が最初から液体レベルで甘く溶けているんだが、どうすればいい? おいげん @ewgen
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