第36話 同じ部屋で息しないで(真顔
学校の廊下で、身の丈に二メートルはあるほどの大男、クルースニクが大剣を抜き放った。およそ日常では見ないものばかりで、俺は状況についていけてない。
「そんな雑な剣で、僕と戦うつもりかね? 木偶の棒君」
「吸血鬼死すべし、慈悲はない」
クルースニクは目の前で十字を切ると、竜巻のように身を回転させながら、ヴェリスに向かって突進していった。
「危ない! 逃げろヴェリス、血が足りていないんだろう? 二手に分かれて攪乱しよう」
「それは……できないねっ!」
ガキンと硬質なもの同士がぶつかる音がした。見ればヴェリスの爪が大きく、長く伸びており、クルースニクのバスタードソードを絡み取っていた。
「ソードブレイカーって知ってるかね、脳筋君。君のような真っすぐな剣士は過去にいくらでもいたんだよ。なのに我らは亡びていない。戦闘技術を練り上げてきたのは、僕たちだって同じなんだよ」
「むっ!?」
ヴェリスは右手をねじり、爪の間にはさんだ大剣をてこの原理で叩き折る。
折れた切っ先は天井に突き刺さり、近くにあった蛍光灯を落下させた。
「力押しで倒せない相手はどうするんだね、クルースニク君。このヴェリス、今は絶好調の極みだよ」
「…………フ、面白い、その顔覚えておこう」
巨体が一瞬揺れたかと思ったら、クルースニクは廊下の窓を突き破り、外へと離脱していった。後にはライオンでも暴れたかのように、傷だらけの校内が残る。
「気を見るに敏、か。敵ながらやるじゃないか」
「勝ったのか……ヴェリス。お前すごいじゃないか。なんだよ、吸血しなくても十分強いじゃないか」
「ふむ、何か誤解があったようだね。まあいい、僕たちには先に進むと言う義務がある」
深くうなずいて、俺はモップ片手に階段をのぼる。一歩ごとに強い頭痛が襲ってくるが、これは恐らくダンピールの妖力なんだろう。
臓腑に刻まれる嗚咽感をかみ殺し、杏とアマリエの顔を思い浮かべては、先に進んでいくことにした。
――
眩暈がするほどの瘴気、とでも形容すればいいんだろうか。
これまでとは比にならない悪寒が、俺の背筋をランニング。
「人影……ないな。くそ、一番奥の教室がやべえ気がする。まるで心霊スポットにでも来たような感じだ」
「そうだね、規格外の妖力だ。ダンピールちゃんはよほどの天稟に恵まれたのだろうねえ」
「余裕こいてる場合じゃねえぞ。うお、人が出てきた」
先頭に立ってるのは表情が削げ落ちたノリちゃんだ。
そのあとにはヨースケや軍師君が続いている。ゾンビのように手を伸ばし、左右にフラフラと体をゆすりながら、俺たちに向かって歩を進めてくる。
「ヴェリス、さっきも言ったけど……」
「分かっているよ。怪我はさせない」
俺は心の中でスマンと謝りながら、一人ずつ隊列から引きずり出して、気絶させていった。生憎俺は人を倒すような技術は持っていないので、もっぱら囮役だったが。
「これで、ラストか。悪いなギャル子、今度クレープ奢ってやるから」
「それよりもクラス内でのミオ君の立場を上げた方がいいかもねえ」
「うるせ、誰のせいだと思ってんだよ」
全員を廊下にそっと寝かせ、俺たちは異彩な空気を放つ教室の前に立つ。
事ここに至り、もはや躊躇はしていられない。教室内にいる敵を排除するしかない。腹くくるしかねえな。
「行くぞ!」
「ああ、入ろう」
教室の扉を大きく開け放ち、俺たちは中に踏み入る。
そこには天井からロープで吊るされた杏とアマリエがいた。二人とも眠っているらしい。
そして中央で、生徒用の椅子に座って拍手をしている少女が一人。
「やあやあ、よくここまで来れたね。褒めてあげるよ。といっても、ヴァンパイアにとっては人間っていうお荷物がいてもハンデにならなかったかな」
「御託はいい、早く杏たちを解放しろ」
指をチッチッチと振り、ダンピールの少女はけらけら笑う。
「馬鹿じゃないの? たかだか近寄られたぐらいで、私たちが劣勢になったとでも思っているのかい? こんなにもつまらない撒き餌狩りになって、私はとても不満だよ」
「ではこのまま首をへし折られても、問題ないということだね、ダンピールの少女よ」
「できるもんならねー。君が飛び込んでくるのと、私が雪女ちゃんを刺し殺すのと、どっちが早いかな」
なんだ……と。
「おい、なんで杏を殺そうとするんだ。お前たちは吸血鬼狩りの専門じゃないのか」
「だってその方が抑止力になるでしょ。ええと純血の人間君、君は雪女ちゃんの恋人だよね。だったら彼女の安全のためにも、そこの吸血鬼を捕まえてくれないかな」
ここに来て裏切れだと。ああ、俺が甘かった。吸血鬼ハンターっていう語感から、きっと正義の味方的なポジションだとどこかで考えていた。
こいつらはやる。勝つためなら、それ以外の全てを犠牲にしてでもやるやつらだ。
「ヴェリス、俺は裏切らないぞ。でも理性が吹き飛びそうだ。奇策とやらがあるなら、今使ってくれ」
「そうだね。頃合いだ。必ず後悔させてやると誓うよ」
「なーにごちゃごちゃやってんだかね。アンタの妹が持っていた血液パック、全部私らが没収させてもらったよ。つまりアンタは最大の力で戦うことが出来ない。そして――」
パチンと指を鳴らす。
教室の後ろの扉から、先ほど逃げたクルースニクが入ってくる。
「彼には人間君、氷室君だっけ? そっちを捕まえてもらう。私の人質への攻撃と、氷室君の捕獲、どっちが早いかな」
上手く弱みを突いてきてやがる。だがな、そんなんで怯むかよ。
「ヴェリス、俺に構うな。杏たちを任せるぞ。俺があのデカブツから逃げ回って見せる」
「ミオ君の覚悟、受け取ったよ。では、僕もマンハンティングに移るとしようか」
ヴェリスの両腕が再び盛り上がり、某ゾンビゲーのタイラントみたいに肥大化した。鋭い爪も伸び、早くエネルギーを放てと催促しているかのように怒りに満ちている。
「ふぅん、つまんな。ただの巨大化じゃない。アンタ才能ないね」
「これを見ても、そういえるかな、フロイライン」
ヴェリスは何かをポケットからつまみ出した。
白い……紙製品だろうか。真ん中に赤い染みがついている。
「な、ちょ、アンタ、なんでそんなもの持ってるの!?」
なんだ、ダンピールが明らかに動揺している。いや、動揺ってか、恥じらいというか……なんかゴミを見るような目をしてるような。
「血が足りなければ現地調達。僕たちの生存戦略だよ」
「だからって、生き物としてやっていいこと悪いことあるでしょ!」
俺とクルースニクは取り残されていた。事の重大さがいまいちわかっていないのだが、どうもヴェリスは品性に欠ける行いをしているらしいが……。
「なんで、ナプキンをそんなに持ってきてるのよ!!」
「おいいいいいいいっ!!」
「…………すごい、漢だ」
さっき女子トイレ入っていったのはこれか、このためなのか!
おま、いくら血が欲しいからって……え、それどうすんの。おいまさか、嘘だよな。いくらなんでもそれだけはやらないよな。
ちゅうううううううううううううううううううううううう。
「うわああああっ、こ、この変態っ! 何吸ってんよ!」
「…………ひどい、漢だ」
おま、ヴェリス……勝つためにはそこまでやらないといけないのか。
人間を傷つけないって約束を守ってくれたからなのか、それとも生粋の変態なのか分からんが、絵面としては最悪だ。
人目のある教室のど真ん中で、使用済みナプキンを吸い続けるイケメン。
なぜか俺は涙を流していた。
こんな光景があってはいけない、許されていいはずがない。
人間界に存在していてはいけない。
それでも勝利のために、俺は心を捨てる。
誰もが呆気に取られているなか、俺はそっと動き、杏のロープを手近にあったハサミで切った。
「ふう、みなぎってきたぞおおおおおおおおっ」
「キモッ! 最低っ! 来るな変態! こいつマジで無理無理っ、鳥肌が……」
ダンピールちゃんは「うっ」と言って口を押えると、教室の端にあるごみ箱にげーげーと吐き始めた。
気持ちは分かるが、千才一隅のチャンスだ。アマリエのロープも切り終えた。
吐き終わったダンピールが大きく叫ぶ。
「来るなぁぁぁあっ! わ、私に近寄るな、この変態吸血鬼!! 百回死ね!」
口元に血を付けたヴェリスは、不敵にほほ笑んだ。
いや、お前この場にいる全員を敵にしてるからな。そこは勘違いしないでほしいと思ってしまった。
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