暗い星

多田いづみ

暗い星

 子泣きじじいのことは誰でも知っているだろう。

 赤ん坊の泣き声をまねて人をおびき寄せ、ひとたび取りつくと石のように重くなって相手を押しつぶしてしまうという妖怪だ。

 もちろんはっきりと見た者などいないが、話によると、姿かたちは、老人の顔をした赤ん坊のようだという。


 その子泣きじじいが、あるときふと思った。自分はいったいどれだけ重くなれるのだろう、自分に押しつぶせない相手などいるのだろうか、と。

 思いついたからには、妖怪の矜持きょうじにかけて試してみないわけにはいかない。


 子泣きじじいにとって人を押しつぶすなど造作もなく、自分の力を推しはかる相手としては不十分だった。そこでもっと大きな生き物、イノシシやシカ、クマなどを試してみたが、たいして手ごたえを感じなかった。海にはクジラという大きな魚がいるらしい。が、泳げないのであきらめるしかなかった。


 それからさまざまな生き物を相手にしたが、どれも物足らず、この地上に押しつぶせない者などいないように思われた。


 そこで子泣きじじいは大きな岩に取りついてみた。まだ本腰を入れないうちに、岩は轟音ごうおんをたててくずれ落ちた。続いて山にも取りついてみた。高い峰はみるみる沈んで谷になった。


 そしてついには大地に取りついた。これはさすがに手ごわかった。地面に大の字となってしがみついたが、微動だにしなかった。

 子泣きじじいは、今まで出したことのない渾身こんしんの力をこめてのしかかった。するとさしもの大地も根負けしたようで、子泣きじじいの身体はずぶずぶと地面にめりこんでいった。


 固い地盤が押しつぶされ、押しつぶされたものがさらに下の地層を押しつぶし、途方もない圧力によって溶けた大地はすさまじい熱を発した。子泣きじじいは赤ん坊のように泣きわめき、熱さに身もだえながらも、けっして力をゆるめなかった――。


 地中の奥深く、子泣きじじいの肉体はすでに無い。燃えさかる大地の熱でかれ、砕け散ってしまったのだ。しかし、すべてを押しつぶそうとする不屈の意志だけは残っている。

 子泣きじじいは純粋な重さだけの存在となって、ますます目方を増やしながら星の深部へ沈んでいった。


 星の中心までたどりつくと、今度は星そのものが、子泣きじじいの重さのなかに沈みはじめた。

 子泣きじじいはその星にあるすべてのものを飲みこみ、押しつぶし、さらにまわりのものを引きこんでいく。かつては子泣きじじいの頭上に照りかがやいていた太陽すら、飲みこまれようとしていた。


 今や子泣きじじいは、相手を引きこみ押しつぶそうとするだけの、自我を持たない一片の暗い星である。あまりの重さに、光すら逃れられない。


 一説によれば、太陽の一生が終わるとそうした存在になるとも言われている。が、時にはこのようにしてできる暗い星もあるのだ。

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暗い星 多田いづみ @tadaidumi

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