第7話【助けた義妹に、連れて行けと懇願され】
ギャップ萌え。
そんな言葉を今の彼女に送っておこう。
「今日は......ヒクッ.......本当にありがとうございますた~。いろいろと勉強になりや~す」
週末金曜日。
俺は仕事帰りに米倉さんと二人で飲みに行っていたんだが――アルコールの限界値を超えてしまったらしい彼女は、普段のクールな面影が一切ないほど泥酔状態に。
肩を貸しながら、こうしてタクシー乗り場がある駅前の広間まで運んでいる。
「米倉さん大丈夫? かなり酔っぱらってるみたいだけど」
「らいじょぶらいじょぶ~。支店長のツラの皮並みにらいじょうぶで~そうろ~」
ブラックジョークを絡め、米倉さんは赤らめた陽気な表情で答えた。
常に冷静沈着、仕事のできるクール系女子と言われる彼女の今の姿を、他の職場連中が見たらどんな反応をするか。
俺だって初回は驚いたさ。
でも普段から肩肘張って真面目に働いている人ほど、酔った時に素が現れるものだと思えば案外可愛いく見える。
飲みすぎはダメだが、少しでも彼女のストレス発散に繋がればこのくらいの介護はお安い御用だ。
「まえからききらかったんれすけど」
「何だい?」
「藤原さんって、どうしていつも私に優しくしてくれるんれすか~?」
回らない舌を必死に動かして彼女は俺に訊ねた。
内務という仕事は様々なお客さんや取引先の声を直接電話で受ける都合上、どんなに気を付けていてもストレスが溜まりやすい。
百戦錬磨の社員ならともかく、米倉さんはまだ入社3年目。
クセのある支店長の元でそれなりに鍛えらてきた実績はあるものの、やはり年齢的にどうしても未熟な部分が存在してしまう。
若い女の子が一人いるだけで支店の空気というのは全く変わってくる。
要は単純に辞めてほしくないという理由なのだ。
「頑張ってる女の子を応援したくなるのが性分だからかな」
「はいっ! わたしぃぃぃ、頑張ってます! だからぁぁぁ、もっと褒めてください!」
「ちょっ!? 米倉さん!?」
空いている方の腕を突然前に出したかと思いきや、そのまま勢いよく俺に覆い被さるように抱きついてきた。
サマースーツのジャケットがのれんに見えてしまうほどの大きく立派な二つの胸の膨ら
みが、俺の平らな胸板に押し付けられ、同じ部位同士で感触を確かめ合う形になる。
「えへへ~。藤原さんの匂いがするよ~」
男なら喜ぶべきなんだろうが、残念ながら嬉しさよりも周囲からの冷たく刺さるような視線の方が勝ってまう。
「今日大分仕事で汗かいたから、あまり嗅がない方が」
「いいんです! 私が嗅ぎたいから嗅いでいるんれす! くんくん......」
――何、この羞恥プレイ?
「ほら、丁度タクシー来たよ。あそこまで歩ける?」
「はぁぁぁぁぁぁい。うふふ......」
酩酊して足元のおぼつかない彼女を引き剥がすわけにもいかず、抱き着かれたままタクシーが停車しているロータリーまで彼女を運ぶ。
「お金は僕が払っておくから。家に着いたらしっかりお水を飲んで水分を取ること。わかった?」
「ろ~かいでありまふ! 隊長!」
タクシーの車内後部座席へと身体を滑らせた米倉さんは、体勢を傾けた状態で俺に敬礼をした。
視点も定まらず首を
運転手に米倉さんの住所を告げ、俺はタクシーから一歩下がって酩酊する後輩女子社員が運ばれて行くのを見送った。
――毎回酔い方がグレードアップしてるけど、これは心を開いてくれている証拠だと思っても良いのだろうか?
だとしたら、次回あたりはいよいよ服でも脱ぎ始めるかもしれないな――そんなバカげた
ことを考えながら、俺は駅の改札に向けて歩きはじめた。
......一昨日、結局俺はどんな顔で会いに行けばわからない気まずさから、週に一度のJKリフレの予約をドタキャンしてしまった。
真白さんとの約束を破った罪の意識がこの二日間、心の中にしこりとして残っていたが、今日の米倉さんとの飲み会で少しは気分転換ができたようだ。
とはいえ、問題が解決したわけではない。
余計に自ら会いに行くハードルを上げてしまったという事実が、一人になった俺に突きつけらる
......もう潮時かもな。
そんな言葉が頭の中をよぎった時、何やら切符売り場の方から男女の争う声が聴こえる。
「見ろ! 嬢ちゃんのせいで足を挫いちまったじゃねぇか! 今すぐ慰謝料100万払え!」
「冗談はやめてください。そっちがわざとぶつかろうとして、勝手に転んだだけですよね?」
「うるせぇ! 警察に捕まりたくなかったら、さっさと金よこしやがれ!」
男は身なりからして
本格的な夏の到来も近いというのに、今の季節に不似合いな厚手の小汚いコートを
片手に持った180ミリパックの日本酒は、相手が面倒な酔っ払いであることを遠目からでも把握させてくれた。
一方女の子の方はというと、シンプルなデザインのTシャツの上に薄手のカーディガンを羽織った、見知らぬ若い眼鏡女子......じゃなかった。
私服姿を見たのはこれで三回目。
というか、あの子はいったいこんなところで何してんだ?
いろいろと疑問は浮かんだが、ギャラリーが増え大事になる前に、俺は考えるより先にとりあえず騒ぎの中心へと駆け寄った。
「すいません、どうかされしたか?」
「なんだてめぇ!」
「あ......」
浮浪者に因縁をつけられている彼女――真白さんは俺の顔を見るなり、驚いて口を半開きにしたまま八重歯を覗かせた。
「何があったのかは知りませんが、女の子が怖がってるじゃないですか」
「うるせぇ! 部外者はすっこんでろ!」
残念ながら部外者じゃないんだよな。
一応俺、真白さんの義理の兄貴なもんで。
「そういえば知ってます? この辺で自動販売機のつり銭詐欺が頻発してるのを」
「い、いきなり何だよ」
「気のせいか、その犯人と思わしき人物にあなたの風貌が似てるなぁと。被害届も出してあるので、良かったらついでに警察に伺ってみましょうか?」
嘘は言っていない。
事実、ウチの支店内の管轄、特にこの周辺で自動販売機のつり銭詐欺が今年に入ってから数軒確認できている。
ほとんどが店の軒先に設置された、要するに『近くに店員が在中している場所』が狙われるのは、仮に嘘でも相手の気迫に押されてお金を渡してしまうから。
防犯カメラの映像とこの男が同一人物かは知らないが、俺の言葉を聞いて明らかに浅黒い顔色に変化はあった。
「んぅ.......だよぉ......このぉ......チッ!」
意味不明な捨てゼリフを残し、男はそそくさとその場から去って行った。
この戦後最大の大不況と言われる世の中、誰にだってあのような底辺の人間に堕ちる可能性は充分あり得る。
神様の中には、とんでもなく飴と鞭の使い方が壊滅的に下手くそな者もいるのだから――。
「......ありがとうございます」
緊張の糸が切れたのか、真白さんは持っていたキャリーケースにもたれれかかるようにへり込んだ。
「どういたしまして。この辺、今みたいな感じの不審者多いから気を付けなね」
「はい......気を付けます」
「それじゃ、俺はこれで――」
「待って下さい!」
平静を装い、さり気なく改札を抜けようとした俺の手を、真白さんはそのか細い手で掴んで引き留めた。
「あなた様は私の命の恩人です。良ければ、今から私を竜宮城に案内して下さい!!」
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