第6話【義妹がJKリフレ嬢で、JKリフレ嬢が義妹】
「......はじめまして。真白彼方と申します。圭一郎さんにはお世話になっております」
「ご丁寧にどうも......藤原樹です」
約三ヶ月前にも似たようなシチュエーションで自己紹介を交わした気がする。
仕方がないだろ。
いくらなんでもJKリフレ嬢と客として既に知り合っているなんてことを
「なんだよ二人共。兄妹なんだからそんな
「黙れクソ親父。ていうか俺は認知してない」
俺たちや母さんを捨てて他の女の元に走るだけならまだしも、知らぬところで義理の兄妹を増やされるこちらの身にもなってみろ。
テーブル越しに座る真白さんだって失笑を浮かべ戸惑ってるじゃないか。
「可愛い妹を前にして、そんな冷たいことが言えるか普通。30過ぎてもそこんとこはまだまだお子ちゃまだねぇ~」
「飯が不味くなる。他の席に移るつもりがないなら俺は帰るぞ」
「ごめんって! お父さん調子に乗り過ぎた! 謝る! だから三人仲良く夕食といこうじゃないないか〜。ほら、彼方ちゃんもお前と話したいみたいだし」
「え!? は、はい......そうですね」
圭一郎の
「今日はまた随分と遅い夕食だけど、仕事忙しいのか?」
「それなりにな。どこかのいい歳したフリーターのおっさんと違って、こっちは正社員様なもんで」
「そう言うなよ。俺だって今の奥さん養うのにバイト必死なんだから」
先ほどの仕返しに皮肉を込めて言ってやれば、砂肝の黒胡椒炒めをおかずに中ジョッキで晩酌としゃれこむ圭一郎が苦い表情で反論する。
「すみません。私がもっと家にお金を入れられれば」
「あ~、気にしないで。真白ちゃんには充分助けてもらってるからさ。これ以上貰ったら親としての立場が」
落ちるとこまで落ちた人間に立場もへったくれも無いだろう。
二人の会話から察するに、圭一郎と真白さん――それから今ここにいない圭一郎の再婚相手は三人で一緒に暮らしているらしい。
何分、俺は圭一郎の話すことなんか毎回適当に流し聞いている。酔っ払いの戯言をいちいち覚えていられるほど、俺の脳内メモリーは余分な容量を持ち合わせてはいないんでね。
「真白ちゃんは何か樹に訊いてみたいことはないの?」
「そうですね......お仕事は何をされているんですか?」
初対面を装っているのだから致し方ないにしても、また随分とテンプレな質問が来たなと心の中で呟く。
「大手飲料メーカーに勤めています。と言っても、自動販売機の商品の補充が主な仕事だから、やってることはその辺の配送業者と近いかな」
「凄いですね。私、あのメーカーの炭酸飲料大好きで毎日飲んでます」
「そッ。だからこいつが働いてる会社の自販機で何か飲みたい物があったら、管理してる支店に電話するといいよ。すぐ駆けつけておごってくれるから」
「......二度とあんなマネしてみろ。今度こそ確実に親子の縁切るぞ」
俺たちのテンプレ会話の中に入り込んできた圭一郎を睨み恫喝すれば『ちょっとトイレ行ってくるわ~』と逃げるようにその場から消えた。
あの時は電話を受け取ったたのが米倉さんだったから良かったものの、他の人間だったら間違いなく支店長に伝わって面倒なことが起きていたと思う。
だから知られたくなかったのに......いったいどこで情報が漏れたのやら。
「圭一郎さんと仲良いんですね」
「いや、どう見たってそうはならないでしょ」
控えめな笑顔の口元から八重歯を覗かせ真白さんは呟いた。
「それにしても驚きました。まさか藤原さんが圭一郎さんの息子さんだったなんて」
「それはこっちのセリフ――あれ? でも苗字が」
「私だけ母親の旧姓を名乗らせてもらっているんです」
「ああ。どおりで」
親が再婚しても様々な理由により苗字を変えない子供もいるというから、真白さんもその例なのだろう。
俺は特に深く考えるまでもなく受け入れ、止めていた箸を動かし始めた。
「真白さんたちが住んでる場所は隣駅の近くだよね。なんでまたこんな時間にこっちの方まで来たの?」
「圭一郎さんがずっと藤原さんに私と母を紹介したがってまして。ここに来ればアイツに会えるかもな、と連れて来られた次第です。本当は母もついてくる予定でしたが、なんでも急な予定が入ったとか」
感で俺を探し当てたとしたら、驚きを通り越してもはや恐怖しかない。
やっぱり次のアパートの更新の時に引っ越しを考えた方が良さそうだ。
そんなことより、なんの罪も無い娘の方はともかく、母親まで紹介されても困るんだが。
......だってそうだろ。
圭一郎が俺の母親と離婚するきっかけを作った人間にして、俺から平穏な日々を奪った怨敵だった相手。
会わせて何をさせたいのか知らないが、もう昔のことで俺を翻弄させるのはやめてほしい。
「あの......私と藤原さんの関係は、このまま内緒にしてもらえると助かります」
「当然だ。俺も言うつもりはないよ」
皿の上に残されたさば味噌の骨をじっと見つめる俺に、真白さんは神妙な面持ちで口を開いた。
からかいの種を自ら提供するも同然だからな。
JKリフレ嬢と客が、実は義理の兄妹だった――どこの
「良かった。圭一郎さんに私がJKリフレで働いていることは内緒でお願いしますね」
「え、あいつ知らないの?」
「はい。いくらJKリフレについて説明しても『女の子がそんな如何わしい店で働いちゃいかん!』の一点張りで。結局黙って始めちゃいました」
頬を掻きながら息を漏らす彼女は、はにかんで答えた。
『かんな』というキャラクターの演者だけあって、素のこの子の中にも似た部分があるのかもな。二人の
***
圭一郎から解放され、ようやくアパートに戻ってきた頃には午前様直前。
明日も朝から仕事だというのに帰るタイミングを逃し、結果店の閉店時間ギリギリまで捕まってしまっていた。
なんとなくお酒が飲みたい気分に襲われ、冷蔵庫の中に入っていた500ミリの缶ビールを取り出す。
普段家では滅多に飲酒しない俺でも、こういう時がたまにあったりするので、一本は必ず冷蔵庫に常備している。
プルタブを押せばプシュッ! と気持ちの良い音と共に麦の香りが鼻を伝って脳を刺激する。
一口飲めば全身にアルコールが中枢神経を通じて一気に疲れた身体に染みわたっていく。
リビングに移動するなりソファにそのままドカ! と腰を下ろし、俺は天井に向かって大きくため息を吐き出す。
『それじゃ、また水曜日に』
去り際。
圭一郎に聴こえないよう、真白さんは俺にだけそっと呟いた。
「......どんな面して会いに来いって言うんだよ」
圭一郎の再婚相手に子供がいたことは話に聞いていた。俺たちとかなり歳が離れているということも。
「だとしても、こんな出会い方はないだろう......」
俺は別に、真白さんとどうこうなりたかったわけじゃない。
会社と家を行ったり来たりする毎日に飽きていた俺にとって、週に一度のJKリフレ通いは一服の清涼剤みたいなもの。
お店とお金を通すからこそ成り立っていた関係。
そこに突然義理の兄妹という記号が割り込まれても困る。
「真白さんは、血の繋がらない兄貴が客でも気にしないのかよ......」
JKリフレは、俺みたいな一部の
売り上げ順位で常にトップ3に入る彼女からしてみたら、たかが一人の客に親類関係が発覚してもなんとも思わないのかもな。
でなきゃあのような世界でやっていけない。
何も期待していなかったはずなのに、俺は妙な寂しさを覚え、残った缶ビールを一気に飲み干した。
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