最終話【義兄と義妹から始まる物語】

「おはようございます。いま朝ご飯の支度してますので、もう少し待ってくださいね」


 仕事のない土曜日。

 この頭痛が飲みすぎからくるものではなく、兎耳うさぎみみフードのついたきぐるみパジャマをまとった彼女からきていることは想像に容易たやすい。

 新妻さながら、鼻歌交じりにキッチンで朝食の準備をしている彼女の背中を見ながら、俺は昨晩の出来事を思い出す。


 何故か職場の最寄り駅構内にいた真白さんを浮浪者から助け、竜宮城に連れて行けとか

何とかわけの分からない駄々をこねられた結果、この状況が生まれたんだった。

 我ながら義理の妹関係が発覚したばかりの女性に、随分迂闊な行為をしてしまったと反省していれば、真白さんがリビングに味噌汁の入ったお椀を運んできた。


「先にこれでも飲んで、胃を目覚めさておくといいですよ」

「これどうしたの? ウチの冷蔵庫、野菜は刻み長ネギしか入ってなかったはずだけど」


 視線を味噌汁に向ければ、明らかにレトルトのものではない大きさにカットされたものが。

 目視した限りほうれん草に玉ネギ、あとは油揚げも確認できた。


「はい。藤原さんが寝ている間、近くのコンビニに行って揃えてきました。あ、黙って家の鍵をお借りしてごめんなさい」


 そんな恥ずかしい格好で? と野暮な質問はさておき、


「いや、それはいいんだけどさ。わざわざ朝食なんて作ってくれなくても」

「そうはいきません。これから暫くお世話になるんですから、このくらいさせてください」

「――ちょっと待った! いま......なんとおっしゃいました?」


 聞き捨てならない意味深な言葉を残してキッチンに戻ろうとする真白さんを、寝起きの声量とは思えないほどの大きい声で制した。


「だから鍵を黙ってお借りしたのはごめんなさいと」

「そこじゃなくて! お世話になる......どういうこと?」

「え、酷い。藤原さん覚えてないんだ――昨日ベッドの中でOKしてくれたのに」


「人が酔っぱらってたと思ってあることないこと言うのやめてくれる? 少なくとも浮浪者のおやじを論破できる程度には正気を保ってたでしょ」


「あ、バレちゃいましたか」


 頬をかきながら八重歯を見せはにかむ真白さん。


「昨日は敢えて深く聞かなかったけど、お母さんといったいどんな喧嘩したの?」

「......」


 義理の兄と言えど、俺にとって真白さんはともかく、その母親に関しては全く面識がないので赤の他人に等しい。

 あまり首を突っ込むのもアレだと思ったんだが、どのような経緯で彼女が家を出ていきたいと行動を起こしたのか単純に興味があった。


「藤原さん、見た目は家事とかしっかりしてそうな雰囲気だったのに、家では結構だらしないんですね。料理した形跡ほとんどないし」


「無視ですか」

「お部屋も一人暮らしのわりには部屋数もあって広いですよね。でも掃除が行き届いていないのは宝の持ち腐れだと思うなー」


「......何が言いたい?」


 俺からの質問の答えには全く触れず、意味深な言葉を紡ぐ彼女がにやりと微笑んだ。


「私を家政婦としてこの家に住まわせてください」


 ある程度予想していた通りの申し出に、俺は鼻を鳴らし口角を上げた。


「もちろん毎月の家賃は払います。藤原さん――ご主人様がご希望なら、料理・洗濯だけじゃなくて夜のお世話も――」


「本物の家政婦さんはそこまでしないから」


 イメプレさながらに、土曜朝のリビングで義理の妹に土下座される光景が視界に映る。


「彼女さんが遊びに来る日は部屋を空けますので。心配しないでください」

「それは嫌味か?」

「え、いるんですか?」


 真顔で聞くんじゃないよ!


 週一でJKリフレ通いしている寂しい31歳の会社員に彼女がいるわけないだろ!


 顔を背けた俺の態度でどうやら察したらしい真白さんは、構わず自分を必死に売り込んでくる。


「前から思ってたんですけど藤原さん、普段ちゃんとご飯食べてないですよね?」

「ちゃんとと言われると、あまり自信はないかも」


 職業柄、どうしてもお昼はコンビニで手軽に時短できるチョイスを選んでしまう。夕飯は夕飯で6~7割りの確率で牛丼屋で済ませてしまうことだって多い。

 絵に書いたような一人暮らしの食事事情を驀進ばくしんしていると言っても過言ではない。


「藤原さんくらいの年代が一番生活習慣病が怖いらしいですよ。私の知り合いのお客さんも乱れた食生活の影響で病気を発症して、最悪失明までしかかった方がいましたし」


「マジか......」


 ――生活習慣病。

 自分とは無縁だと信じて疑わなかったこの言葉が、最近になって足元まで及んでいきている現実を、俺は先月受けた健康診断の結果を見て知った。

 幸い大事には至らなかったものの、今のペースを続けて行けば、そう遠くない未来に確実に身体を壊すとお医者様のお達しを受けたばかり。

 それもあって昨日の米倉さんとの飲み会は食事も飲酒もかなりセーブしていた。


「助けた亀が宿の見返りに、藤原さんの健康管理を含め家でのお世話をしてあげると言ってるんです。損は無いと思いますよ?」


「昔話だと逆に亀が竜宮城という豪華宿泊施設に連れてってくれるはずだけど」


「細かいことは気にしないでください。藤原さん、もしかして血液型A型だったりします?」

「そうだよ、ほっとけ」


 ちゃらんぽらんな父親と違って、俺はどちらかと言えば堅実主義な母親似の性格と自覚はある。

 だが、俺はあの人ほど思考がガチガチに固く、融通が効かない頭は持ち合わせてはいない。


「......暫くって、具体的にはどのくらいの期間?」

「一年で!」


 今週八月になったばかりだから、来年の夏の初め頃まで住むと言うことか。


「期限になったら絶対出て行きますから」

「......少なくとも、圭一郎にだけは連絡入れておくように。部屋は物置部屋を使っていいから」


 俺の言葉にパァっと真白さんの表情に華が咲いた。


「ありがとうございます! 藤原さん!」

「それ。俺も圭一郎も藤原なんだから、いい加減名前呼びでいいよ」

「じゃあ樹さんで! 私のことも彼方かなたって呼んでくださいね!」


 余程嬉しくほっとしたのだろう。

 立ち上がると軽快な足取りで朝食の準備をしに再びキッチンへと戻っていった

 この一ヶ月間でJKリフレ嬢と客の立場が義理の兄妹に変化したと思えば、今度は同居人という新たな記号まで付いた。


 退屈な生活に潤いを望んだだけなのに、どうやら神様は俺を玩具にして遊び始めたようだ。

 悪戯するのもほどほどにしてほしいものだと辟易の吐息がこぼれる。


 目の前でお預けされたままの味噌汁を、軽く匂いを一度吸い込んでから、ゆっくり寝起きの胃袋に注ぎ込む。

 どこか懐かしを感じさせる優しい味と温かさが忽ち身体中に染みわたり、今度は幸せの吐息をこぼした。


 ――この歳で義妹と暮らシテ、ナニが悪い?



         ◇

 最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます!

 近況報告でもお知らせした通り、残念ながら今作は作者の予想以上に初回から伸びが壊滅的に悪かった為、第9話で最終回とさせていただきました。


 応援してくれた方には大変申し訳ございませんが、全ては私の責任です。

 次回作は既に取り掛かっており、来月4月11日投稿開始を目標としています。

 また少しの間が空いてしまいますが、引き続きどうぞよろしくお願いしますm(_ _)m

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義妹と○○シテ、ナニが悪い。 せんと @build2018

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