第3話 「あの日の、続き。」

「……で、運命を感じないので別れましょう。と?」

「っそ」

「まさか、本人にもそうやって?」

「うん」

「まさかまさか、今まで全部?三人とも?」

「あれ?言ってなかったっけ?」

「……はあ。それは流石に最低だな。幼なじみとして恥ずかしいよ」

「えー?ぴえん」

「ぴえんって歳でもないし、そんなに軽い問題でもない気がするのですが?」

「あーね?」

「え?もしかして今日はその報告の為に呼ばれたの?俺?」

「違うって、これ、これ。あんた私より器用じゃん?私だけじゃ仕上がんないよ。こんなの……」

「あのさあ、不器用自覚してんなら、手作りのアルバムをプレゼントしようだなんて……普通、企画もしないぞ?」

「なんでよ?あんた込みの企画だから立てたんでしょ?もちろん」

「なるほど。流石ですこと……」



 目の前の小さなローテーブルの上には、乱雑にまき散らかされた懐かしい写真たちと、パステルカラーの画用紙、それに、最近はめったにお見掛けする事もなくなった、ファンシーな文房具が大量に用意されていた。


 俺たちは狭い部屋の中、ベッドとローテーブルの間にできた僅かな溝で、何時ものように肩寄せ合って、ギュウギュウと座っているわけで……



「でも、まさかさぁ。クルミたちがあのまま結婚するとはねぇ?」

「確かに。でもあの二人、いつから付き合ってたん?」

「さあ?私が気付いた時にはもう3年くらい経ってたらしいし、高校の時からじゃん?」

「まじか。ってかさ、お前、それでも親友?」

「ふふっ。私って、クルミには興味あるんだけどさ、クルミの彼氏には興味ないのさ」

「あー。そうゆう奴だったな。お前……」

「だしょ?あっ!でもさ、これぞ、運命。じゃない?」

「んー、ん?」

「だから、クルミたち。高校ぐらいから付き合い始めてさ、何年?えっと、3年生の時からだとしても1、2……っちょっとわかんないケド……とにかく、その長い期間、ずっと好き同士でいたわけじゃん?そんで、なんとまあ結婚っ……かーっ、羨ましいねぇ」

「あー、なるほどですね?」

「私たちもさ、あのまま付き合ってたら……今頃どうなってたのかな?」

「ぶはっ……」



 俺が思わず吹き出したことにより、ハート形に抜かれた画用紙のフレークが舞い上がる。



「あーあ。ちょっと、散らかさないでよ?」



 机の下にまで飛び降りたハートの欠片を集めながら、こいつは何故か口を尖らせて不服そうにしていた。

 このハートを散らかしたのは確かに俺の鼻息かもしれない。でも、このハートをせっせと型抜きしていたのは俺だし、なんならこいつはすぐに飽きて、懐かしい写真を眺めてあーだこーだと思い出を引っ張り出してきているだけだったのに。


 しかも、その無理やり連れて来られた思い出たちの所為で、俺は悶々とし始めていた。そして今、この仕打ちだよ。

 散らかったパステルの小さなハートたちが、俺の気持ちそのものを表しているようだった。


「ちょっと、どの口が言ってんの?」

「んー?この口?」

「あのさあ、やっぱ付き合うの無しって言ったのそっちだよね?」

「まあねぇ……だってさ、恥ずかしかったんだもん。一瞬で。それに、あのまま付き合ったとして、私の初めてのあれやこれや。全部あんたとだよ?うわぁ……ないない」

「あれやこれやって……あー、でも、そういうとこあるよね?」

「そう。よく知ってらっしゃること」


 やりきれない俺の視線が、ローテーブルに張り付いたパステルイエローのハートの欠片を拾う。片付けを手伝うふりをしながらそれを掴んだ瞬間、その黄色いハートは勢い余ってクシャっとなった。諦め半分でそれを丁寧に広げなおしてみたけれど、皴の入ってしまったハートは、その皴に沿って破けてしまいそうだ。これはお祝い用だし、だからもう使えない。


 そんな事が自分の気持ちと絶妙に重なると、地味に傷ついた自分がいる。


 そして、自分から掘り起こした割には、もうこの話に飽きてしまっているこいつに、流石に少しだけ腹が立っていた。



「ねえ、俺があの日、キスした理由って考えたことある?」

「ぶはっ……」



 こうなる事は予想しなかったわけじゃない。俺の仕返しは思惑通りこいつに響いたらしい。今度はこいつが吹き出した鼻息で、一か所にまとめられていたハートたちが、思い思いの場所を目指して再び飛び散った。



「ちょっとお。あーもう、折角片付けたところだったのに。まあ、何という事でしょう……」

「真面目に。──あの同窓会の日、このアパートの階段の下で、俺とお前はキスしたでしょ。って、さすがに覚えてるだろ?」



 そう問いかけながら、自分で散らかしたハートのフレークを集めているこいつの様子を観察してみる。結果、想像していたよりかは慌てている様だったけど、期待ほどのラブ感はやはり、無い。

 ただ、俺からの視線に絶対気付いているくせに、意地でもこちらを見ないあたりが、やっぱり超絶可愛かった。



「うっ……あれは、だって……そうだ!お互い酔ってたじゃん?それに、久々に盛り上がって、楽し~。はい、チュッ。みたいな事でしょ?あんなの、キスって呼ぶほどじゃ……」

「それな。まあ、知ってたけど。でもね……お前、俺が酔っぱらってんの見たことある?」

「えっと……ない。だってほら、あんたお酒めっちゃ強いじゃん?」

「だろ?つまりは?」

「えっ、え?どういう?」


 俺の予想は正確に言うと「だいたい当たっていた」ようだった。


 俺にとってはとっくの昔から運命の相手だったこいつは、一向にその歯車を回してはくれなかった。俺がやっとの思いで手を繋いでも、それをふいっと振り払ってしまうような奴なのだ。

 予想以上に残念だったのは、それでも諦めきれなかった健気な俺が、2年前に忍ばせたきっかけさえも、今日の今日まで発動どころか、認知さえされていなかった事。それがたった今、判明したこと。


「あー、ホント最悪。全部説明させる気?」

「まあ、できるなら?」

「あっそ。じゃあ言わせてもらうけどさ、お前にとって運命って何?」

「え?そこまで戻る系?っと、ですねぇ……」

「あれだろ?前世でもなんちゃらとか、出逢った瞬間にわかるとか。そんなもんだろ?」

「えっ?語らせてくんないの?」

「ってか聞かなくてもわかるんだった」

「それは、そうでしょうね?」

「そう。だから、ちょっと黙ってて。んで、俺のターン」

「あ、はい。どぅーぞ」

「どうも。で、ですね、俺たちの出会いは?」

「あっ、こういう感じ?」

「うん。はよ」

「はい。小学校入学時であります」

「そうですね。では、その後、何回同じクラスになった?」

「えー?小、中、高でしょ……1、2……あいっ。沢山でありますっ!」

「相変わらず諦めが早いね。まあ、いいでしょう。概ね正解です。じゃあ、次の問題です。たまたま同じ学年に生まれて、学区域も同じ。ってか家も近所でさ、それに加えて何度も3分の1の確率で同じクラスになって、高校なんて示し合わせたわけでも無いのに同じ所に進学して、大学の4年間全く別の場所で生活していたのにも関わらず、今こうして二人きりでいる。はい。この確率は?」

「ええっ?ちょっと待って、難しっ……」

「5、4……」

「カウントダウン?いきなり?しかも5から?ちょっと、タンマっ!」

「無理でーす。ゼロになった瞬間爆発します」

「ば、爆発?って、何が?」

「教えない。ほら、3、2……」

「あー、どうしよ?えっと、小学校が6年でって?あれ?計算、どこからすれば……」

「1、 ゼ……」

「ダメだっ……あっ!もしかして……これは、運命的確率。ってことでしょうか?」

「おっ、流石。あーもう、こういう時はホント無駄に察しが良いな?」

「へへん」

「そういうとこ。本当に迷惑」

「え?何?褒めてくれてんじゃないの?」

「逆だよ。嫌味で言ったの」

「うそ……ショックなんだけど」

「俺もね」

「え?いつの間に?」

「うん。だいぶ前からですけど何か?」

「ごめん。まじで、思考が追っつかない。私、馬鹿なのかも……」

「あー、へこまなくてよろしい。お主は馬鹿なのではない。恐ろしく鈍感なだけだ」

「んん……悔しいですっ」

「よ~く、よ~く思い出して。はい、俺たちの関係は?」

「えっと……幼なじみ?」

「どんな?……ヒントは、さっき気が付きました」

「う、運命的な?」

「はい、そうです。正解。だとしたら、もうおわかりですね?あの日、キスした理由」

「え……わかりません」

「うん。だと思った」


 ここまでの全ての流れさえ、初めからわかっていた様な気がしてくる。それほどに俺たちは同じ時間を共有していて、何ならその大部分の時間、俺はこいつの事が好きだった。


 あまりにも進展しなかった俺たちの関係に自信が無くなって、何度か他の子と付き合ってみたりもした。それでも諦められなかったこの気持ちは、ハッキリ伝えない事にはどうも届かないらしい。


「正解は、わざと。です」

「えっ?」



 何の驚きか知らないけど、あえてそこは無視させて頂いて、見開いた目と一緒に開いた唇を塞ぐ。



「……んっ?んんーーーっ!!」



 格闘技だったら降参を示すダブルタップを両肩にもらい、一か八かのキスをやめた。

 この運命がどう転ぶのかを見極めるために、少し俯いている顔を覗き込む。



「どう?」

「……どうって?ってか、今、キスしました?」



 向き直ったこいつは、あまり顔色を変えていない。それどころか真正面からこんな確認をされた。

 そうだ。こいつはこういう奴だった。



「うん。したね?キス。あっ、キス認定頂きました。どうも、ありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして。って違うっ!何?あん時わざとキスして?今もキスして?……って事です、か?」

「はい、そうですよ。あれだ。ずっとね、好きだったんですよ。あなたの事。結構もうね、ずっと前から。でもさ、俺には全然運命感じてくれなかったじゃん?」



 もう今更隠したってしょうがない想いを伝えてみた。

 流石のこいつの瞳も、今は右往左往しているようにみえる。



「だって……」

「だから、何か壊したら運命も変わるかな?って試した次第です。あの日も、今も。はい……では、どうぞ?」

「へ?」

「あのね、俺、今し方あなたに愛の告白をしました。だから、お返事は?」

「うーん。ちょっと良く分かんない」

「だよね……」

「うん。だから、もっかいしてみる?」

「へ?」

「なんかね、ちょっとだけ来た感あるの」

「何が?」

「……運命。だから、もっかいしてみよ?さっきの……キス」



 こいつはホントに流石だった。



「ははっ……ここまで来て、予想外とか……っつか、改めちゃうと、恥ずかしって……っ!!」



 ずっと隣り合っていたこいつと、今更向き合うのはちょっと恥ずかしい。


 でも、そんな事もお構いなしで、ひょいっと何かを越えてきたこいつに、今度は俺の言葉を塞がれてしまう。



「どうでしょう?」

「んー?もっかいかな?」

「はい、かしこまりました……」

「……そうだね。もうちょっと、こう……」

「くくっ……こう?ですか?」

「あーはい、いい感じかと」

「……終わる?」



 繰り返すキスに、徐々に甘い空気が混じる。

 離れるのを惜しむようになっていく唇が、この関係を終わらせた。



「まだ……ってか……」

「ん?何?」

「終わらない」

「え?ずっとこのままキスしてるって事?」

「馬鹿。違う……始めるってこと」

「何を?」

「運命」

「やっとですか?」

「はい。お待たせしました」

「はい。待ちました」



 唇が僅かに離れる度に、今までと同じような言葉を交わす。

 違うのは、その言葉が溶け合う程、お互いの距離が無いという事だけだった。



「運命もさ、こんなに近くに居たんなら、もっと早く教えておいて欲しいよね?」

「は?どの口が言ってんの?」

「うーん?この口?」

「知ってる。あんま悪口言うと、逃げられちゃうからやめて?」

「え?誰に?」

「運命……」



 待ち構えていた運命の歯車の中に、まんまと二人で飛び込んだ。


 これからずっと、二人でこの歯車を動かし続けていくんだろう──



「あんたってさ、たまにめっちゃロマンチックな事言うよね?」

「だって、そういう奴が好きなんでしょ?」

「あっ、そうでした。よくご存じで……」

「そりゃあ、もう……」


【終】

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近すぎて見えぬは睫 穂津実花夜(hana4) @hana4

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