タイムマシンを作った男

大隅 スミヲ

タイムマシンを作った男

 タイムマシンを作る。それが私の唯一の生きがいだった。

 ひょんなことからタイムマシンの設計図を入手した私は、30年間勤めた会社を辞め、妻子を捨てて、退職金で購入した一軒家でひとり暮らしをしている。

 住んでいる家は、5年前までは老夫婦が暮らしていた、山の中にぽつんと存在する一軒家であり、多少のガタがきているが住めないことはなかった。


 元々納屋だった場所は私の実験室となっていた。

 これまた格安で購入した軽トラックを改造し、タイムマシンを作っているのだ。

 色々と研究を重ねた結果、時空を行き来するには、ある部品が必要だということがわかった。

 そして、その部品が身近な電化製品に使われているということが判明した。

 その電化製品というのは、サイクロン掃除機だった。あのいつまでも落ちない吸引力に秘密があったのだ。

 それを知った私は、さっそく山の麓にある街まで下りていき、家電量販店でサイクロン掃除機を買い求めた。


 これですべてが揃った。

 車庫の中に眠る軽トラックを改造したタイムマシン。

 これがうまく作動すれば、軽トラックごと時空の移動が可能となる。


 緊張の一瞬だった。

 軽トラックのエンジンを掛け、荷台にあるタイムマシン装置のスイッチを入れる。

 タイムマシンに設置した様々な電飾がキラキラと光り、雰囲気はばっちりだ。


 車庫を出た軽トラックは、山道を下っていく。

 ここでスピードを100キロ以上出せば、タイムマシンに量子加速エネルギーが蓄積されて、時空の歪みを作り出すのだ。

 そして、軽トラックは時空を超える。


 しっかりとシートベルトを締め、アクセルを踏み込む。

 狭い山道なので、脱輪しないように注意が必要だ。


 さあ、行くぞ!


 アクセルが車の床に着くほどに踏み込んでいた。

 メーターは100キロを越え、120キロの辺りを指している。


 怖い……。怖いよ……。


 ハンドルを握る手は汗で濡れていた。


 もうダメだ。怖すぎる。

 

 そう思った次の瞬間、辺りが真っ白な光に包み込まれた。

 身体が重力を感じなくなり、シートから浮き上がる。


 キタァー!!!!!



 ☆ ☆ ☆ ☆



 目を開けた時、自分がどこにいるのかよくわからなかった。

 体中がバラバラになったかのように痛む。

 何とか起き上がると、そこは茂みの中であり、生い茂っている木々がクッションになって私の身体を守ってくれたようだ。


「おい、大丈夫か?」

 誰かが声を掛けて来た。

 その方へ目をやると、陣笠、胴、籠手、臑当てという姿で片手に槍を持った男が立っていた。


「え、足軽」

 思わず私は声に出して言っていた。


「あんた、大丈夫か?」

 同じような台詞を足軽は繰り返す。

 すると、その足軽のほかにも数人の足軽たちが集まってきた。陣笠を被っているもの、鉢巻きをしているもの、槍ではなく矢を背負っているものなど、格好は様々だ。


「いまは、何時代なんだ」

 私は足軽の一人に声を掛けた。

「本当に大丈夫か。医者、呼ぶか」

 足軽は私の問いに答えることなく見当違いなことをいう。


 身体が痛いのをこらえて、ゆっくりと立ち上がると、遅れて鎧姿の男が近づいてきたことに気がついた。その男の着ている陣羽織には、地楡われもこうすずめの紋が入っていた。その絵柄は柳生やぎゅう家の家紋だった。


 どこかで見たことのある顔だ。その男を見た時、私はそう思った。どこで見た顔なのだろうか。ああ、そうか。歴史書で見たに違いない。柳生家の家紋の入った陣羽織を着ている武者といえば、誰だろうか……。

 そうか、あのお方に違いない。


「もしかして、柳生やぎゅう但馬守たじまのかみ様では」

 私は陣羽織の男に話しかけた。

 その問いかけに、陣羽織姿の男は曖昧に頷く。


 やった、当たった。やっぱりだ。私はタイムスリップに成功したのだ。

 この人は、大和柳生藩初代藩主の柳生但馬守宗矩なのだ。

 ということは、いまは江戸初期か。

 やった、やったぞ!

 私が喜んでいると、キャップにサングラス、顎を無精ひげで覆った、チェック柄のネルシャツの男がやってきた。

「おい、どうだ。大丈夫そうか」

「あ、監督。どうやら頭を強く打ったようで、意味不明なことを言っています」

「おいおい。あんた、大丈夫なのか。どこか怪我しているようだったら、麓の病院へ連れて行くぞ」

 監督と呼ばれた男はあきれ顔で私の方を見ながらいう。


 そう。私はタイムスリップに成功したわけではなかった。

 山道を軽自動車で猛スピードで下り、事故った。

 それだけだったのだ。


 たまたま、すぐ近くで時代劇の撮影をしていたテレビ局の人たちに助けられたというわけだ。

 ちなみに柳生但馬守の顔に見覚えがあったのは、その俳優さんが再現ドラマでよく見かけることのある名脇役と呼ばれる俳優さんだったからだった。


 こうして、私の研究は失敗に終わった。

 考えてみたら、どの時代に行くかの設定を行っていなかったのだ。


 いつの日か、タイムマシンを完成させ、私は過去に戻りたい。

 そして、会社をリストラになる前の妻や子どもたちと幸せだった時間を取り戻したいのだ。

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タイムマシンを作った男 大隅 スミヲ @smee

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