第2話
どうやら飲み過ぎたらしい、ということに気がつくのは大抵の場合次の日の朝だ。二日酔い。起き上ろうとするとひどく頭が痛んで、ひっきりなしに吐き気がする。で、吐いた。もう何も出るものがないというのに、胃がひくひくしている。いつもよりひどい気がした。わたしは体を丸めながら呻った。
とても会社に行ける体調ではなく、ベッドの中で考えて結局休むことにした。和真は少し心配するかもしれない。昨夜は一緒にタクシーで帰ってきたんだけど、そのタクシーの中でもひっきりなしにえずいていた気がするし。
わたしは商社で派遣社員をしている。仕事の内容は貿易事務で、和真はそこの社員だ。
つき合うようになって、結婚の話も出ている。でもなんだか最近ちょっと、他人事みたい。理由はよくわからない。自分のことが自分でわかると思うのは、たぶん大間違いだ。
外語大を出て一度はちゃんと正社員になったけど、体調も精神もどちらも調子を崩し二年でその会社を辞めた。その後しばらく療養し半年ほどで受験、イギリスの大学に留学した。
が。
腰の持病が悪化して、二年の予定が一年で帰国。貯金もそのときに使い果たしてしまった。何も残らなかった。
帰国後手術を受け、まともに歩けるようになるまで一年かかった。そんな風に、わたしの二十代のほとんどは過ぎ去った。
いろんなことが面倒になってしまった。
今の仕事は単調で辛いことも苦しいこともない。英語がある程度わかれば誰にでもできる簡単な事務仕事で残業もない。多くを求められることが無い代わりに当然収入もそれなり。でも実家に住んでいるから、そんなに困ることもない。
和真とはそれなりに楽しくやっている。
優しいし、大事にしてくれる。
でも何か違う気がする。
何が違うのかよくわからない。理由は出てこない。
「何、また会社休んじゃったの」
母がわたしの部屋のドアを開けて言う。以前、こうやってずるずると会社をやめてしまった経緯があるので、母の言い方は辛辣だ。
「だって具合が悪いんだもん」
「夜遅くまで遊んでいるからじゃないの?」
母は渋い顔をしながらも、それ以上は言わなかった。和真と一緒だったことを知っているからだ。
先日、和真がうちに来て家族と夕食を共にしてから、両親の機嫌がやたらと良い。何かと心配の種だった二十九歳の娘がどうやら結婚しそうだとわかり、ほっとしているようなのだ。
父と母が仕事に出て行き家の中がしんと静まり返ると、わたしはやっと起き上った。父は税理士で青山に事務所を持っている。母も事務所を手伝っているので、二人は一緒に出て行く。
シャワーも浴びずに下着姿のままベッドに潜りこんでいたらしい。そのまま部屋を出てキッチンへ行き、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しごくごく飲んでいると、ふと二の腕の内側に目がいった。
何か数字が書いてある。080から始まる、どうやら携帯電話の番号だった。
(あ。そういえば)
心当たりがあった。
あのあと、トイレの中で結局最後までした。
いつまでも舐めているわたしの口からペニスが引き抜かれて、立たせられて壁に押しつけられ、背後から膣壁を押し広げるようにずぶずぶとねじ込まれた。
たぶん大きな声を出した。そんなにちゃんとは覚えていないけど。思い出しただけで、体の奥がきゅうっとひくつく感じ。
済んだあと、その場で便器に向かって嘔吐しまくった。胃が裏返るんじゃないかと思うほどの吐き気だった。
そんなわたしの背中をさすりながら、宇宙人は「また会おうよ」と言った。
返事ができるような状態ではなかった。宇宙人は、ポケットから油性ペンを取り出して、わたしのTシャツの袖を捲り上げ、書き込んだ。「ここに連絡して」
袖を下ろしてしまえば見えないから、和真に見つかることもなかった。うまいところに書きこむものだ。
(ずいぶん、慣れてるんだな)
そう思いながらも、番号をスマートフォンに入れた。得体の知れない男の番号なのに。
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