第3話
勢いよくシャワーのお湯を出して、体の奥まで洗い流した。
確かコンドームはつけていたから、妊娠と感染症の心配はしなくて良さそう。あんな時なのにマナーのいい男で良かった。
女も盛り上がってるときはそんなのどうでもいいから早く、ってことになってしまいがちだけど、そこをおろそかにしちゃった場合の翌日の後悔はただものではない。アフターピルを貰いに行くのに、会社を休まなきゃならなくなるし。
(どっちにしても休んじゃったけど)
少しすっきりしてバスルームを出ると、さらに水を大量に飲んだ。
お昼頃、和真から電話がかかってきた。和真はしきりに謝っていた。わたしにとってああいう店は初めてだったと思っているらしい。別にそういうことはなく、昨日の店も以前訪れたことがある。でも常連というほど通っていたわけでもないし、久しぶりだったし、面倒なので黙っていた。
和真はアメリカの大学を卒業していて外国人の友人も多いので、飲んだ流れでたまに利用するらしい。昨日も知り合いに会い、そっちの人たちと盛り上がっていたので、わたしが途中からしばらく側にいなかったことにどうやら気がついていなかったみたいだった。
「ちょっと飲みすぎちゃっただけ。朝は二日酔いだったけど、もう治ったから」
「なら良かった。じゃあ、また明日」
電話を切ると窓の外を眺めた。家は公園に面したマンションの十五階なのでそれなりに景色はいい。良い天気だった。
せっかく会社を休んでしまったけれど、七月なのでかなり暑く、炎天下に外に出て行く気にはなれない。体調も良くないし、エアコンの効いた部屋の中が心地いい。わたしはもう一度ベッドに潜り込んだ。
目を覚ますと夕方だった。夢も見ず、よく眠ったせいか体調が戻っていた。
ベッドの中でごろごろしていると、どうしても昨夜のことを思い出してしまう。ちょっとどうかと思うような流れだったにも関わらず、不思議と悪い印象は無かった。
年齢を重ねるごとにガードが下がっているなぁと思う。
自分からいくタイプではあまりなく、それほど経験があるわけではないけれど、わたしは基本的に異性にだらしない。初体験は十四歳のときで、相手は通っていた塾の講師だった。
大学生のアルバイトで、ほっそりとした、まだ少年のような先生だった。
たまたま起こった事故のような初体験。友達はまだの子がほとんどで、ちょっと自慢できた。済んでしまえば、感想はそれだけだった。
そのあとも事故は何度かあった。
恋とか愛とか、そういう面倒なことを考えないで済む、それでいてどちらも損なうようなことのないセックスが本当は一番気持ちいい。好きじゃなければできないなんて当たり前の話で、でも、そのことに意味を持たせようとすると、かえって汚れてしまうのだ。何か、とても大事なことが。
恋人はその時々でいたりいなかったりした。相手に不自由したことはない。女は選ばなければそんなものだ。あっさりした性格の、別れるときに揉めない男を選ぶ嗅覚だけはあったと思う。
そういう意味では、わたしの過去の恋人は、みな良い人たちばかりだった。
和真の前の、一番最近の恋人は、イギリス留学中に同じ寮にいたアルジェリア人だった。外国人同士の気安さでなんとなく仲よくなり、ふとした拍子で抱き合ってしまい、そのままつき合っていた。
その彼とは帰国するまで続いていた。外国人男性とつき合ったのはそのときが初めてだったけれど、とても優しくしてくれたので感謝している。
彼は歩けなくなったわたしを何度も病院まで運んでくれた。イギリスの病院は無料なのだけれど、その代りいつ行ってもひどく混んでいてものすごく待つ。結局それが腰の病気を悪化させた原因のひとつにもなったと思う。
彼はわたしがイギリスで勉強を続けられるように協力すると言ってくれたけれど、優しい彼に負担をかけ続けるのは心苦しかった。帰国してからもしばらくはメールのやりとりをしていたけれど、今はもう連絡は取っていない。
昨夜のことを思い出すと、体の奥が疼くような感じがした。
和真に悪いな、とはあまり思わない。たぶん和真もどこかできっと同じようなことをしていると思う。確かめたことはないけれど、和真はわたしがそういうことを確かめないタイプだと思うからこそ結婚する気になっているのかもしれない。
(わたしのこと、どういう女だと思っているのかな?)
よくわからない。表面的な情報だけで考えているのかもしれない。少なくとも、結婚を考えるくらいには気に入っているのだろう。わたしはたぶんいつも、曖昧に笑っているから。
わたしの体もわたしの感覚もわたしだけのものだ。当たり前だけど。誰とも共有できない。
だから。
だから、ってわけじゃないけど。
わたしは電話をかけてみることにした。
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