スペースウォーク

チアーヌ(乃村寧音)

第1話 

 宇宙人とは、新宿のロックバーで出会った。

 だいぶフロアが盛り上がっていたから、かなり遅い時間だったと思う。

 初めて会ったとき、彼はトイレの前で煙草を吸っていた。

 なぜ宇宙人なのかというと、宇宙に連れていってくれたからだ。だからそういうことにしておこうと思う。彼の名前は知らない。


 フロアを抜けてトイレに向かっていたら目が合った。こちらをじっと見ていた。年齢は二十代半ばくらい、目立つ美男というわけではないけれど、痩せすぎなくらいにほっそりしていて、男にしては本当に華奢で、よく見るとわりと涼しげな顔立ちをしていて、あ、タイプだな、と思った。


 ぴたりと視線が合った途端、なぜか目をそらすことができなくなってしまった。たぶん、胸の底を押された感じがしたから。本当は知らないふりをするべきだったと思うけど、わたしはかなり酔っていたし、酔うと思ったことをそのまま言ってしまう傾向があるので、つい、

「ずいぶん痩せてるね」

 自分から声をかけてしまった。彼は笑って、

「病み上がりなんだよね。ちょっと前まで入院してたんだ」

と言った。言われてみると、なんだか病的な痩せ方だった。顔色も良くない。

「そう。もう大丈夫?」

 そう言いながら宇宙人の前を通り過ぎようとした。早くトイレに行きたかったし、いくらタイプだからといって知らない男と話し込むつもりもなかった。


 このロックバーはそんなに大きな店ではないし常連客が多いので、客同士はわりとフレンドリーな感じでしゃべる。かといってだらしない雰囲気はあまりないし、客層も悪くない。日本人と外国人の比率は大体いつも半々くらい。バーという名前だけれど、DJブースと小さめのダンスフロアがあって、実質はクラブだ。スピーカーから出てくる音が大きいせいで、よほど近づかないと相手が何を言っているかなんてわからない。宇宙人が側に寄ってきた。

「ああ、もう大丈夫だよ。なんなら、試してみる?」


 閉めようとしていたトイレのドアを無理に押しあけて入ってきた宇宙人に、いきなりキスされてしまった。華奢なわりに力がある。逃げようとしたけれどダメで、かなりしっかりとキスされてしまったせいで、舌がちょっと入ってきて、自分の中のバルブが中途半端に開いてしまったような感じがした。下る、蜜。


「ちょっと、何するの、ダメだよ。彼氏と来てるんだよ」

「見つかったりしないよ。さっきからずっと見てたんだ。気づいてこっちに来てくれたんじゃないの?」

「違うよ、トイレに来ただけだよ」

 トイレはフロアからは見えない位置にあるから、和真がわたしを追って来ない限りは見つからないだろうと思った。


 さらにキスされる。夜、暗い海に車でヒューっと落ちていくってこんな感じかな……。どうせ溺れたなら早く死んじゃったほうがきっと幸せ。

 知らない男といきなりこんなことになってしまったのは初めてで、どうしたらいいかわからない。トイレの中はとても狭い空間だし。


 ドアの外では、さっきからビッグ・ビートっぽいダンスミュージックが大音量で流れている。この店は老舗で、曲は古いものから最近のものまで、客のリクエストがあればほぼなんでもかけてくれる。

「声出してもいいよ。こんだけうるさかったら、どうせ聞こえないから」

 宇宙人がそんな風に言う頃には、わたしはすっかり体から力が抜けていた。それだけじゃなくて、どこもかしこも潤んで、ちゃんと応えてる。どうしてこんな風になってしまったのか自分でもわからない。バルブがいきなり全開になって、いつも少しはある理性はどこか遠くへ遊びに行ってしまった。

 ふと気になったのは、たぶん二回目のキスのとき、ほんのわずかだけれど口の中にざらりとした粉を、口移しで入れられたような気がしたこと。その前から酔っていたけれど、そのあとからますます首の後ろが重くなりぼんやりしてしまっている。それと同時に、興奮して息が上がるような感じが強くなっている。苦しいほどに。

「ちょっと、ほんとにもうやめて、おしっこ出ちゃう」

 それは本当。ジントニックを立て続けに五杯くらい飲んでいたから。だからトイレに来たのに、これじゃ用が足せない……。頭がぼうっとするのはそのせいもあるのかな……?


「じゃあ、見ていてあげる。もう脱がせたから、すぐにできるでしょ」

「バカ、もういい加減にして、さっさとここから出てって」

 たぶんちょっと、呂律がまわっていない。便座に座りながら宇宙人を押しのけようとすると、宇宙人は上からわたしの頭を掴んでジーンズのファスナーを降ろし勃起したペニスを取り出した。

「しゃぶって」

 押し付けられるようにして口に咥えさせられると子宮が縮む感じがして、それと同時に、意外なほど大きな水音を立てて膀胱から大量の尿が溢れ出した。

 誰の歌だったかな。甘くておいしいキャンディ・バー、確かにそんな感じ。そんなにたくさんのペニスを舐めたことがあるわけじゃないけど、一番美味しいと思った。わたしはその日宇宙人のぺニスを、長く長く舐めた。


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