第4話

 すぐに繋がった。

「もしもし」

 こちらを探るような声だった。良く考えたらお互いに名前を知らない。呼びかける方法がわからず、わたしも「もしもし」と言ってみた。

 するとすぐ、電話の向こうの声が大きくなった。

「あ、なんだ昨日の子か」

「そう。腕に番号が書いてあったからかけてみた」

「うれしいよ。今どこにいる?」

「家」

「家ってどこ」

「用賀だけど」

「なんだ、用賀だったんだ。ふうん、そのへんだったらよく知ってるよ。じゃ迎えに行くから、馬事公苑のあたりまで来てくれる?」


 馬事公苑のそばのファミレスで待ち合わせをすることになった。

 わたしはメイクをすると髪を丁寧にブロウし、柔らかい綿素材の白いカシュクールワンピースにこげ茶色のミュールを履いて外に出た。ワンピースはノースリーブで、裾のほうにアンティークレースの飾りがついているお気に入り。

 出かけに姿見で全身を見て、ちょっと迷ってピンクベージュの五分袖ボレロを羽織り、外へ出た。


 ファミレスに着いて少しすると、周囲はすっかり夜になった。

 宇宙人がやってきた。ブルーのTシャツに古着っぽいデニム。ファミレスの煌々とした灯りの中で見ると、昨日よりもさらに若く見えた。

 華奢だからかもしれない。学生に見える。

 わたしはかなり不思議な気持ちになりながらしげしげと眺めてしまった。

この子としちゃったんだなと思って。やはり昨夜はかなり酔っていたらしい。年下だとは思っていたけれど、せいぜい二歳くらいの差だと思っていたのだ。たぶんもっとずっと下だ。

(まぁ、いいけどね)


「昨日と印象が違うね。でも今日の服のほうがいいな。似合ってる、かわいいよ」

 会ってすぐに臆面もなくさらりと女を褒めるあたり、なんとなく物慣れている感じ。詐欺師なのか、それとも外国暮らしの経験でもあるのかという気がする。


「ありがとう。あなたは、学生?」

「一応ね。この近くの大学だけど、一年くらい行ってないんだ。やめるかもしれないな」

「なんでずっと休んでるの?」

「最近はまぁ、入院していたからだけど……」

「入院の話、本当だったんだ」

「そうだよ」


 ウェイトレスがやってきた。わたしはグラタン頼み、彼はちょっと悩んで、お米を食べたいから、とドリアを頼んだ。注文が終わると、また会話が始まる。


「大学は……めんどうになっちゃったっていうのが本当のところかな。ハーブを作って販売していたのがばれて、いろいろヤバくて。前に大麻栽培をやってた先輩が捕まっちゃったこともあったしさ、俺は捕まるのとか嫌だったから合法のやつでやっていたんだけど、それはそれでちょっといろいろあって。あ、ハーブって言っても、バジルとかローズマリーとかのことじゃないからね」

「ん? よくわからないけど……」

「ああやっぱり知らないんだ。見たとこそんな感じだもんな。なんて説明すればいいのかなあ。ま、いろいろ材料を組み合わせて作る脱法ドラッグのことだよ。実際はいろんなのがあるから一口には説明できないけれど、効きは大麻と似ているのが多いかな」

「ふうん、大麻と似てるんだ」

「ふうんって、やったことあるの?」

「留学中にちょっとだけ」


 寮の中で本当に少しだけ吸ったことがある程度。そんなにいいものとも思わなかったし、つきあっていた彼にも習慣がなかった。


「なんだ、知ってるんだ。留学ってどこに行ってたの?」

「イギリス。でも、体壊して帰ってきちゃった」

「じゃあ英語わかるね。俺は小さいころから母親の海外転勤にくっついてあちこちに住んでて、それで覚えたって感じなんだけど」

「お母さんの転勤?」

「あ、うち母子家庭だからさ。母親は外資系の銀行で働いてる。今はシンガポールに住んでる」

「ふうん。両親、離婚したの?」

「いや。父親は最初からいない。って言うか、精子バンクから優秀なのを買ったらしいよ。あれって目の色も人種も学歴も全部選べるから、俺の出来が思ったより悪いのが母親としては納得できないらしいけどね」


「ふうん」

「それ、口癖? ふうんって」

「いや。すごい話だなと思って。そういうのってどんな感じなのかなって」

「別に何も感じないけどね。たぶん一人っ子みたいなもんじゃない? 兄弟が最初からいなかったらさ、別に寂しいとか兄弟欲しいとかそんなに思わないよね。それと一緒だよ」

「ふうん」

「やっぱり口癖でしょ、それ」

 わたしたちはなんとなく笑った。グラタンは半分くらいで、お腹がいっぱいになってしまった。


「ところでハーブっていうのは大麻の代替品ってこと?」

「まぁね。でもいろいろあるんだ。普通はいい感じになるだけなんだけど、ものによっては幻覚を見たりする。そのへんで売ってるようなのは、実際はハーブって言っても、ハーブでもなんでもない、ケミカルなもんだね」


「じゃあそれって危ないんじゃないの」

「いい感じになるだけのやつは別に危なくないけど、幻覚を見るようなのは誰かがついてないとちょっと危ないかな。ハーブやるようなやつって大抵いろんなのをチャンポンするからさ、余計に怖いんだ。混ぜられちゃうとどんな飛び方するかわかんないし。だからもう、そういうわけわかんないことしそうな奴には、最近はあまり売らないことにしたんだ」


 宇宙人が煙草に火をつけた。良く考えたらしばらく吸っていないなあと思って、わたしも一本もらった。


「とにかく、ものすごく体に悪そうね、それ」

 わたしはゆっくりと煙を吐き出した。

「まあね。俺もあれこれ実験しているうちに体を壊しちゃって、入院までしちゃったもんな。体に悪いことは確かだよ。金もそれなりに貯まったし、足を洗おうと思ってるところなんだけどさ」


 食事が済むと、宇宙人が通っている店があるというので、ファミレスを出てバスで三軒茶屋まで行くことになった。

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