第7話
いろんな方向から声がするので見回すと、宇宙人の全身が光り輝いていた。少しオレンジ色。暗闇の中、そこだけがふんわりと明るい。何度瞬きしてもそれは変わらない。
そんなことをしていると。
急に暖かい気持ちが流れ込んできた。それはまるで滝行でも受けているような、暴力的なくらいに強い幸福感に変化した。こんな感覚は生まれて初めてで、どうしたらいいかわからなくなっていると、次第に頭蓋骨の中が痒くなってきた。わたしは頭を掻き毟った。
「痒いっ、痒い、痒い」
「大丈夫だよ、落ち着いて。ゆっくりと目を開けて」
頭の上で宇宙人の声がする。自分が目をつぶっているという感覚はなかったのに、目を開けよう、開けよう、とがんばったらなんと目を開けることができた。
変な感じだった。さっきも目を開けていたのに。
現実が何層にも重なっている。今わたしは本当に目をあけているのだろうか? これも、違うのでは。
次の瞬間。いつの間にかベンチに座っていた。
目の前には広い芝生、そして向こう側には深い森があった。
(ここはどこ?)
さっきはこんなところにいなかったはずだけれど。でもなんだか見覚えのある景色だった。子供のころから良く知っている場所のような……。
「あっ砧公園だ」
わたしはつぶやいた。
砧公園というのは世田谷区にある大きな公園で、元ゴルフ場だったというだけあってかなり広い。幼いころからしょっちゅう来ているので良く知っている場所だ。
わたしは安心した。
でも……。さっきまで三軒茶屋にいたはずなのに、どうしてこんなに早く砧公園に来ることができたのだろう?
「行こう」
宇宙人に促されて立ち上がり、歩き出す。周囲には誰もいない。二人きり。
宇宙人は芝生を通り抜け、奥の方へとわたしを誘った。
小さな橋の上で、急に大きな水音に包まれて驚いた。川の流れる音がやたらときれいだった。その音に合わせてキラキラと水しぶきが上がる。
橋を渡り、森の奥まで行くと小さい祠があった。
宇宙人は先に進みたい様子だったけれど、わたしはなぜかそこでしゃがみこんだ。
すると不意に祠の扉が開き、黄金色の金魚が出てきた。
金魚は空中を泳ぐようにふわりと出てきて、瞬く間に巨大化し、こちらが目をあけていられないほどの強い光を放ち始めた。
周囲の木々がうれしそうに揺れ始め、地鳴りがした。金魚がわたしを正面から見た。
「神様」
わたしは手を合わせ祈った。
「どうしたの? 何してるの?」
宇宙人の声。
「こんなところに神様がいるよ」
「そうか、神様か、ふうん」
巨大な金魚は、口をぱくぱくと動かして話しかけてくる。
「こんばんは」
「こんばんは」
「どうでしょう。もう、わかりましたか?」
金魚にそう言われた瞬間、「あ、わかった」と思った。でもわたしが「わかった」と思ったことは世界は小さな粒からできているということだけだった。でも体中がそれを喜んでいた。
「わかりましたぁ!」
わたしは大きな声で言った。金魚はひれをばたばたさせながら笑っていた。魚が笑うところを見たのは初めてだった。
「さ、もう、行こう」
宇宙人の呆れたような声が聞こえる。腕を取られて立ち上がり、わたしは再び歩き出した。
間もなく、林の中に古いアパートがポツンと一棟だけ建っているのが見えた。
「着いたよ」
「ねえ、どこにUFOがあるのよ。UFOはどこよ」
目の前にあるのは二階建ての、8部屋くらいの古いアパートだ。どこにもUFOなんてない。
「あれ? UFOに見えない? そっかぁ。じゃあここはどこ?」
「砧公園でしょ」
「そっか、なるほど。砧公園ね、了解。まあいいや、入るよ」
「どこに?」
「俺の隠れ家その1、に」
「嘘つき、あなたは宇宙人じゃなかったの? UFOに連れていってくれるんだと思ったのに」
「嘘じゃないよ、宇宙人だよ。とにかく、中に入ろう。これから宇宙へ連れて行ってあげるんだからさ」
腑に落ちないまま仕方なくボロアパートの階段を上がった。
部屋は二階の一番奥で、あちこち外壁がはがれているし、扉の表面もがさがさになって毛羽立っている。一体何年前のアパートなのだろうか。人が住んでいるように思えない。なんだか取り壊し寸前のような雰囲気だった。
「嫌だよ、こんなところに入るの」
「贅沢言うなよ。しょうがないだろ、隠れ家なんだから。まぁでも、俺もこんなボロいところからは、今夜でおさらばしようと思ってるんだけどさ」
背中を押され中に入ると、強い匂いに包まれた。
「ねえ、なんかここ、臭いよ。頭、痛くなる……」
「ここは作業場にしてたからね。匂いがブレンドされちゃってきつくなってる。こういうときにはいい方法があるんだ、とりあえずそこに座って」
穴の開いた安っぽいラブソファに腰かけると、すぐにだるくなりわたしは寝転んだ。長く体を起こしていられない。
宇宙人は棚に置いてあった皿を手元に引き寄せ、お香を置くと火をつけた。
「これで少しましになるだろ」
「そんなことない、やっぱり苦しいよ、匂いが強すぎる」
「大丈夫、だんだん良くなってくるから。ゆっくり、呼吸して」
何度か深呼吸すると、関節がゆるく外れたような感じになり、ソファに沈み込んだ。悪い気分じゃなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます