第13話 新たな使い道



アルスター領へと帰ったアスティからは、頻繁に手紙が送られてくる。今日は何があったとか、今日はどの魔法の練習をしたとか、ガルバン様も頑張ってるとかそういう家族の事と、アスティ本人の事が多く書かれている。


 手紙が来るたびに町に残ったアルスター家の人が届けに来てくれるのだけど、思った以上に頻繁に来る手紙に、少し驚きと共に僕へ苦笑いを向けてくる事が有る。

 

 そういう事が有って、アルスター家の人達が住んでいる場所を『あの場所』とか言っていたんだけど、最近になって僕がふと『スタン』なんて呼んでしまった事をきっかけに、正式にスタンという名前が付いてしまった。


 しかもその事をガルバン様には報告済みで、しかも承認までもらっているというのだから僕も驚いた。


 

 驚いた事と言えばもう一つ――。


「がう!!」

「ん? まだ……眠いよ……」

「うぉん!!」

「わ、分かったから引っ張らないでよ、さ、さむい……あ、こら!!」

「がうがう!!」

 僕に向かって吠えながら、朝起こしに来てせっかくぬくぬくと寝ていた布団をめくってしまうのが、起きてしまった僕の方をジッと側で見つめてくる白い生き物。


「はぁ~……分かったよ。このまま起きればいいんでしょ?」

「うぉん!!」

 声を上げながらフリフリと尻尾を揺らしているのが、父さん達と出掛けた林にて助けた犬。


 あの後ついてくるこの子が怪我しているという事もあり、一度屋敷に戻ってちゃんとしたけがの手当てをし、そのまましばらくは僕が相手をしたりご飯を上げたりと世話をしていたら、僕にどんどん懐いてしまったので、そのまま僕の担当になった。怪我も良くなってきたので、汚れていた体をメイドの人達に手伝ってもらいながら、お湯でガシガシと洗ってあげると、赤黒くなっていたからだが見る見るうちに真っ白い綺麗な毛並みをした犬へと変わって行った。


 そこまで来ると、愛着も付いてしまって、その白い犬に『アルト』と名前を付けて上げた。因みに最初は『バルト』にしようと思っていたのだけど、どうやら女の子だという事がメイドの人達が気づいたようで、バルトという強そうな響きの名前ではなく、少し可愛らしいアルトに変更した。


 体もそんなに大きくないという事で、怪我が治り始めたころにはフィリアと一緒に庭で遊んだり、一緒にお昼寝もするようになってとても仲良くなった。そんな様子を僕達家族もフレックもメイドの人達も、ほほえましく見守っていた。




「う~ん……」

「どうしましたロイド様」

 ある日、僕は屋敷の庭先にある井戸の水を汲んでいるテッサを見ながら、ちょっと考え事をしていた。そこへちょうど通りかかったコルマが話しかけてくる。

 ヨームの件があり、仲良くなってきたコルマ。元々は僕の事を『坊ちゃん』と呼んでいたのだが、ここ最近は既に僕の事を『様』を付けて呼ぶようになっていた。これはコルマに限らず、屋敷で働いている人たち皆が、いつの間にかそうなっていた。


――テッサを除いてだけどね。

 僕の姉のような存在のテッサは、気が抜けると僕を坊ちゃんと未だに呼んでいる。ただ僕も別に気にはしてないからいいんだけど。



「何かお考えでも浮んだのですか?」

「え? あ、コルマ……。うんちょっとね」

「それは旦那様にお話しした方が良い事ですか?」

「え? う~んどうなんだろ?」

「では旦那様にご相談なされてみては?」

「そうだね……あ、でもその前にコルマにおねがいがあるんだ」

「何でしょうか?」

「この屋敷にいる水属性の魔法が使える人達を呼んできてもらえる?」

「水属性ですか?」

「うん」

「数人居りますね……呼んでまいりましょう」

 コルマは僕に頭を下げるとそのまま屋敷の中へと入って行った。



「ロイド様集めてまいりました」

「ありが……あれ? 父さん?」

 ちょっと時間が経った後、声が掛かって振りむいたら、数人のメイドと一緒に、父さんの姿もあった。


「ちょっと休もうと思って執務室を出たら、コルマが通りかかってな。それでロイドが何かしようとしていると聞いて俺も気になってな」

「そうなんだ。まぁいいか。コルマありがとう」

「いえ」

 僕がお礼を言うと、コルマは皆から一歩だけ後ろへと下がった。



「それで今日は何をするのだ?」

「うん。ちょっとね」

 僕は水属性の魔法が使えるという人たちの前に進み出る。


「ここに来てくれた人たちって皆水属性の魔法が使えるって事でいいのかな?」

「「「「はい!!」」」」

「そう。じゃぁ聞きたいんだけど、それってどういう時に使っているの?」

「「は?」「「え?」」

「いろいろあるでしょ?」

 僕が質問すると、凄く驚いた顔をするメイドさん達。


「あの……ロイド様」

「うん。なにかな?」

 ひとりのメイドがスッと手を上げる。


「その、私達はお屋敷にて働き始めてからは、魔法は使っておりません」

「え? どうして?」

「その……使い道が無いというか……」

「う~ん」

 僕は父さんの方へと視線を向ける。


「ロイド。そういうモノなのだ。学院で学んできているとはいえ、結局の所魔法とは闘う時の為に習うというのが当たり前で、戦いに行かないモノたちはほとんどがその使う場所が無い」

「それはおかしいよね?」

「なに?」

「だって……じゃぁごめん、一人でいいからさ、あの井戸から水を汲んでくれない?」

 僕はまたメイドさん達へ視線を向けてお願いすると、その中の一人が井戸へと向かい水を汲み始める。手慣れた手つきで井戸からくみ上げた桶に入った水を、その下の大きな桶へとザバっとあけた。そして僕の方へと視線を向ける。


「こ、これでよろしいでしょうか?」

「うん。ありがとう。あ、えっと、イコマさん……だったよね?」

「は、はい!!」

 僕に名前を呼ばれて驚いたのか、それとも恥ずかしいのか、顔を赤く染め上げてしまう。


「今度はそのまま、その大きな桶に魔法でお水を出してみて」

「え?」

「…………」

「あれ? できない?」

「いえ!! で、できます!!」

 そう言うとブツブツっと呪文を唱え始め、アスティと同じように掛け声とともに魔法を放った。



バシャ!!

 その手から放たれた水は、勢いよく桶いっぱいになっている。

 そしてまた僕の方へと視線を向けた。


「……というふうに、こんなこと以外にも、お風呂の水をためるとか、にわのお花に水を上げるとか……使えるところはいっぱいあると思うんだけど……」

「………」

「あれ? 父さん?」

「……ロイド、例えば火の魔法なら?」

「え? 火の魔法なら……同じようにお水を温めたりとか、かまどに火を付けたりとか?あ、でも火の調整が出来ないと他のものまで燃えちゃうかな?」

「なるほどな。どうしてこんなことを思いついたのだ?」

「寒くなってきたでしょ? それでテッサが水を汲んでいるのを見て大変そうだなって思って。それじゃぁ魔法で出来るんじゃないかな? なんて思ったんだよ」

「ロイドらしいな」

「それに……」

「ん? まだあるのか?」

「うん。今までできなかった仕事ができるようになるんだから、働ける場所も増えたりするかなって思って」

 僕の話を聞いた瞬間に、父さんは目を大きくして驚いた。


 そうして、この場で水属性魔法を使える人達の、新たなお仕事が加わったと共に、冷たい作業が減ると感謝されることになる。




僕は、部屋に入って椅子に座らされるとすぐに、父さんから先ほどの事を詳しく聞きたいというので、思った事を素直に言う事にした。


「先ほどの事なのだが、どうして思いついたんだ?」

「思いついたっていうか……」

「うん?」

「屋敷の中で働いている人達って魔法が使える人が多いんだよね?」

「まぁ、そうだな。それがどうした?」

「いや、どうしてそれを使わないのかなと思って……」

「ん? どういうことだ?」


 僕は先ほどテッサの事を見ながら、思っていたことを父さんに話した。


「なるほど。確かに種族的な得手不得手はあるが、学院に通っていたモノであれば初歩の魔法は使える者が多いからな。ただ……」

「ただ?」

「そんな使い方をしようと思う奴なんていないという事だ」

「どうして?」

「どうして……か。ロイド、今使われている魔法はだいたいが敵を攻撃するときに使う、又は自分を護る時に使うとしか教えられていないのだ。だからまさか水を汲んだり、水を温める事に使うなど考えられるはずがない」

「う~ん。なんか変だね学院て」

「そう言うな。ロイドも10歳になった時から通わねばならんのだからな」

「え? 僕そういう場所なら通わなくてもいいなぁ。フィリアとアルトと一緒に遊んでいたいよ」

「貴族の子供は通う事が決められているのだから諦めろ」

「何とかならないかなぁ……」

 大きなため息をついて、その学院という場所の事は話には聞いているけど、そもそも魔法がそういう事の為に学ぶことが基本だというのであれば、魔力の無い僕には必要のない場所ともいえる。


「しかし、この事はガルバンにも伝えておかねばならんな」

「え? ガルバン様に?」

「あぁ。魔術師団団長という肩書もそうだが、ガルバンは学院でも魔法を教えている先生の一人でもあるからな」

「……何か嫌な予感がするよ」

「安心しろ。俺もだ」

 後の事を考えると、父さんと一緒に頭を抱えてその場で項垂れてしまった。





 新たな魔法の使い方を見つけて、新たな働き方が始まったある日。


僕とアルトは庭の一角で土いじりをしていた。正確には僕が土を耕して、その様子をアルトが見ているという感じだけど、アルトは僕の側を離れることなく、じっと座ったまま僕の方を見ていた。


 そもそも土を耕しているのも、僕から言いだした事。またアスティが来ることが有った時に、僕自身の手で育てた花を贈りたいなという考えから、父さんに頼み込んで庭の一部を使う許可をもらった。


 だからこうして一生懸命に土を耕しているんだけど、何しろその範囲が思った以上に広い。庭師のジャンに案内されて来た時もかなりビックリした。

 ジャンも父さんに言われて土地を用意したわけだから、ジャンは何も悪い事は無いのだけど、ちょっと一人で行うと思うと、この先ちゃんとできるのか不安になってくる。

 少しだけ悲しくなりながらも一生懸命になって土をおこしていると、僕の方へと近づいてくる物音が聞こえて来た。

 ただ、側にいるアルトが吠えたり立ちあがったりと警戒していない様子から、危険は無いと僕も思っている。


「ロイド様……」

 声を掛けられたので、そちらへと振り向く。


「あ、え~と、ベスとリノだっけ……。どうしたの?」

「え? あ、私達の名前も?」

「こらべス!! しっかり挨拶しなきゃダメでしょ!!」

「あ、そ、その、申し訳ありません!!」

「あははは。気にしないでいいよ。それで二人でどうしたの? 僕に何か用事かな?」

 二人のやり取りにちょっとだけ元気が戻った僕は、そのまま僕の所に来た理由を聞いた。


「あの、ロイド様さえよろしければ、お手伝いさせていただけないかと思いまして」

「え?」

「私は、水属性を使えますし、リノは土属性ですので、何かお手伝いできることが有ればと思いまして」

「あぁ……そういう事ね。ありがとう」


 僕が属性魔法の使い方を少しだけみんなに伝えた後、屋敷の中では各自それぞれが『何が出来るのか』という話で持ち切りとなり、新たにできる事を発見していく事が流行となっていた。


「「何でも仰ってください!!」」

「うんわかった。じゃぁ……リノ」

「はい!!」

「え~っと、ここから、あそこ……アルト、ちょっと来て!!」

「わふ!!」

 僕はアルトを連れて、使っていいと言われた場所の端へと移動する。そこにアルトを座らせて、二人の元へと戻っていく。


「アルトの居るちょっと手前までの土を持ち上げたりって出来るかな?」

「お任せください!!」

 リノが呪文を唱え、手を前に出してエイッ!! と声を掛けると、僕の言っていた範囲で土が浮き上がった。持ち上がった深さは50セン※1位。


「そのまま静かに落としたりできる?」

「はい、大丈夫です!!」

 上げていた手を下げると、ゆっくりと土が降りてきて、元の場所へと戻る。その土を僕はしゃがんで握り締め、ニコッと笑う。


――やった!! うまくいったぞ!!

 考えていた通りになったので、自然と喜んでしまった。


「あ、あの!! 私は何をすればいいでしょうか!?」

「べスは一番弱い水魔法ってどのくらい使えるの?」

「え、その……5回くらいです」

 申し訳なさそうに言うべス。


「いや凄いよべス!! それだけできればわざわざ水を汲みいかなくても水を撒くことが出来るしね!!」

「あ、ありがとうございますロイド様!!」

 ぺこぺこと頭を下げるべスを何とかなだめて、その後は楽しく3人で作業を進めていった。


 その間もアルトは僕の方を見つめて、静かに辺りを警戒してくれていた。一通り何とかモノを育てることが出来るくらいになったのを確認して、この日の作業を終える。


 二人共、また声を掛けてくれれば手伝ってくれると言ってくれたのが、僕は本当に嬉しかった。


 こうしてちょっと騒がしい日にはなったけど楽しく過ごした日々のちょっと先には、国の南部に位置するアイザック領にも、白く冷たいものが降ってくる時期になるのであった。

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