第7話 アスティの秘密


 

「ガルバン様、先ほどのお話は本気なのですか?」

「ん?」

「いや、ですからロイドと婚約という話です」

「あぁ。なんだまだ渋っているのか?」

「いや、そういうわけでは……」


 伯爵様の正式な婚約者としての申込という話をされてから、伯爵様はテーブルの上で何やら書類のようなものを書き始めてしまうし、アスティは母さんとお妃様の所へ連れていかれて、何か話をされつつ盛り上がっている。


 父さんはまだ複雑な表情をしながら、伯爵様へと何度も問いただしてはいるけど、僕が感じる限りでは伯爵様から「辞める」という言葉が出てくる事は無いと思う。


「良し出来た!!」

「それは?」

 伯爵様が書き上げた何枚にもなる書類に、最後にサインをしてから伯爵様の執事さんへとそれを手渡した。そのままその場で手渡された書類に目を通す執事さん。


「結構でございます」

「うむ。ではそれに判をして封をしてくれ。1通はアイザック家へ、1通はウチの爺さんへ、そして1通は国王陛下へ送付しておいてくれ」

「かしこまりました」

 ペコリと言一礼して部屋から出て行く執事さん。


「あの……ガルバン様?」

「あぁ、すまん。今のはアルスター家の娘アスティと、アイザック家の息子であるロイドとの間に正式に婚約をしたという証明書だ」

「え? もう書かれたのですか?」

「こういうのは早い方がイイからな。それに王家には直ぐに送るように手配してある」

「はぁ……」

 ガハハと笑う伯爵様に父さんも少し呆れた顔をしていた。


「ロイド君。いやもうロイドでいいかな」

「はい」

「私の事もガルバンと呼んでくれ。まだお義父さんと呼ばれるのはちょっとだけ悔しさも有るからな」

「いいのでしょうか?」

「構わんよ。ほれマクサスも、もう親戚のようなものなのだから、こういう場では様などつけなくていい」

 伯爵様はアスティが言っていたように、街の人たちなどが言っているような人ではないみたいだ。


「はぁ~……。もういいや。じゃぁこれからはそう呼ぶぞ」

「もっと早くても良かったんだがな?」

「それは流石に無理だ」

「ま、そうだろうな」

 また豪快に笑う伯爵様。今度は父さんも一緒に笑う。



「ところでロイドよ」

「はい。なんでしょうか?」

 父さんと一緒に笑っていた伯爵様が、スッと表情を戻して真剣な表情で僕を見つめる。その顔にちょっとだけビクッとしてしまった。


「先ほどのモノだが、どういう名前を付けるのだ?」

「名前……ですか?」

「そうだ。名前が無ければ呼びづらいだろ? あれとかこれとかでは伝わらんしな」

「ん~……それもそうかな……」

「どうする?」

「ちょっと考えます」

「そうか……。まぁ時間はあるしな」

 そう言うと伯爵様はニコッと笑う。


「ガルバン、その時間があるとはどういうことだ?」

「ん? あ、そうそう言うのを忘れていたが、アルスター家の者がしばらく……そうだな10日位世話になろうと思っている」

「な、んだと……?」

 父さんが驚くのも分かる。元より遠くの地から来たのだから、そのまま「お帰りください」というわけにはいかない。まして相手は伯爵様なのだから、最低でも1泊、長くて3日程は止まっていく事を予想はして準備はしていたけど、伯爵様が言ったのはその3倍にもなる10日間。

 

――そりゃおどろくよね。

 僕もちょっと驚いたけど、その分アスティともう少し一緒にいられると思うと嬉しかった。




「心配しなくてもいい。元々から断られても説得するためにその位はかかるだろうと用意はしてきているのだ。連れて来た兵士たちには庭先でも貸してもらえれば、テントを張ったりして過ごせる。これも訓練の一つだと言ってあるから、食料も自分たちで狩りに行かせることになってる」

「そこまで準備してきていたのか。さすがは魔術師軍の団長様だ」

「何を言う。マクサスだって騎士団長ではないか」

 

――え!? 父さんて騎士団長様だったの!?

 強いとは聞いていたけど、いつも屋敷ではのんびりとしている姿しか見ないので、そこまでお偉いさんだとは思っていなかった。

  

 驚いている僕を、またガルバン様がみるとニコッと笑う。


「それに、もう少し理由が出来た」

「その理由とは?」

「ロイド」

「はい!!」

 父さんの質問に、何故か僕が呼ばれる。


「魔術師の団長様自ら、ロイドに魔法の事を教えてやろう」

「え? いやでも僕は魔力が……」

「無くても構わんだろ? そんなこと気にするな。私はロイドに魔法の事をもっと知ってもらいたいのだ。そうすればなにかが浮かんでくるかもしれないだろ?」

「え、いや……でも」

 僕は困って父さんの方へ顔を向ける。助けを求めたのだけど、父さんはこくりと頷くだけで、助けてはくれないみたい。


「ロイドいい機会だから、教えてもらえ。こんな機会はめったにないぞ」

「そうだけど……」

 僕は気が進まない。


「今ならなんとアスティと一緒にお勉強付き!!」

「ッ!? ……ならやろうかなぁ……」

 僕の返事を聞いて、ガルバン様と父さんは大きな声で笑いあった。


――アスティが一緒なら楽しそうだし。

 ちょっとだけ楽しみに感じちゃったのは内緒にしておこう。





アルスター一家が屋敷に泊まるようになってからすでに3日が経った。


 ガルバン様が言っていたように、ガルバン様たちと一緒に来た兵士の皆さんは屋敷の敷地内でテントを張ってそこで過ごしている。

 広いだけで、噴水などが有るだけの庭に今では兵士の人達の訓練する声などが聞こえてくるようになった。その中に時々父さんの姿があるけど、ガルバン様に鍛えてやって欲しいと頼まれたのだと後から聞いた。


 あの日、食事の時には寝てしまっていたフィリアだけど、昼の食事の時には起きてきて、その時にちゃんと挨拶が出来た。

 そのあとすぐにアスティと一緒にお話をしていたので、とても仲良くなったとフィリアからもアスティからも聞くようになった。妹と仲良くしてくれるのは凄くうれしい。今まではあまり人との付き合いの無かったフィリアだけど、お姉ちゃんが出来たととても喜んでいた。


 そんな中で僕の方はというと――。



「ロイド、魔法はどのような属性があるかは知っているか?」

「はい。ガルバン様」

「言ってみろ」

「火、水、土、風、光、そして闇です」

「そうだ」

 

 朝からお昼の鐘が鳴るまでフレックと共に勉強していた時間に、ガルバン様からの魔法の勉強時間も組み込まれた。

屋敷の中で使われていなかった部屋を少し片づけ、そこに机や椅子を用意して、アスティと共に並んで教えてもらっている。


「でも……」

「ん? 何か分からないところがあるのか?」

「え? いやでも……」

「いいから言ってみなさい」

「はい……。本当に属性はそれだけなんですか?」

「……さすがはロイドというところか」

「へ?」

 ガルバン様がウンウンと頷く。


「ロイドのいう通り、今は先ほどロイドの言った属性しか使える者がいない」

「へ~。ん? 今は?」

「実は、大昔はもっと属性があったと言われている。それが使える者が減り、廃れてなくなってしまって現在に至るというわけだ」

「そうなんですか……」

「もしかしたら、これから先に新たに使える者が出てくるかもしれんが、その時は国も世界も大騒ぎになるだろうな」

「それはいやだなぁ……」

 僕とガルバン様とのやり取りを、隣で聞いていたアスティがくすくすと笑う。


「その属性を使うとは言っても、元々その人が持っている魔力との相性もある。使える属性が一つだけという人たちがほとんどだ。しかも平民に至っては、魔力は持っていても魔法は使えないというモノが多い。これは少し問題だがな」

「無いよりはいいと思う……」

「…………」

「…………」

 僕がぼそりとこぼした言葉に、二人とも何も返しては来ない。ガルバン様は困った顔をしているし、アスティは悲しそうな顔をして僕の方を見ている。



「まぁ気にしてもしょうがないしね!!」

「そうだな」

「ところでガルバン様」

「なんだ?」

「さっき使える属性が一つだけと言ってましたけど、最大で何個の属性が使える人が居るんですか?」

「なるほど……そこに気が付いたか……」

 僕の質問に「う~ん」と唸るガルバン様。そしてチラッとアスティの方を見る。アスティもその視線に気が付いたのかこくりと頷いた。


「一つだけ使える者をシングルと言い、二つはダブル、三つはトリプルというように増えていくのだが……今の所ではダブルというのがほとんどだ。トリプルになると数人というところだろう」

「数人……」

「そして……」

 僕の方へ表情を硬くしたガルバン様が近寄ってくる。


「もうロイドは家族の一人と思っている」

「はい。ありがとうございます」


――急にどうしたんだろう?

 今までになく真剣な顔のガルバン様に、僕も背筋がピンと伸びる。


「だからこそ、私達家族だけの秘密を話す。もし他の誰かに話したりしたら……」

「わかりました。誰にも言いません!!」

 迫力に押されて頭をプルプルと振った。


「良し。ロイドを信じるぞ。先ほどトリプルでも数人と言ったが、アスティはな……」

「アスティは……?」

 僕はチラッとアスティの方を経視線を向ける。ほんのりと頬を赤く染めたアスティは下を向いていた。




「アスティは全属性を使える」

「ぜ、ぜんぶ!? す、すごい……」

「えへへ……ロイドが凄いって……」

 アスティが隣で何かブツブツと言っているけど気にしない。



「だからあまり外には連れ出したくは無いのだ。もしもが漏れてしまったらと思うとな」

「なるほど……僕も気を付けます」

「そうしてくれるとありがたい」

「ありがとうロイド」

 二人そろって僕に頭を下げるので、慌てて二人を止める。


「それで、どうしてアスティと一緒に魔法の事を勉強するんですか? アスティはもう凄いんですよね?」

「いやアスティは確かに私達よりも凄いのは確かなのだが、今のところまだまだその力を使う事に慣れていないせいか、しっかりと思うように扱えていない。だからこの際だと思ってな、基本的な事からロイドと学んでもらおうと思ったんだよ」

「なるほど……。でも嬉しいです」

「ん?」

 僕は素直な気持ちをつい漏らしてしまう。



「あ、その……。僕には魔力が無いと分かったのは本当に生まれてすぐの事だったみたいなんです。それで母さんも父さんも、僕にはあまり魔法の事は教えてくれなくて。フレックもあまり魔法にはくわしくないんです」

「そうだったのか……」

 

「だからこうしてしっかり教えてもらえるのは嬉しいです。アスティも一緒にいるし、楽しいです!!」

「まぁ!!」

 アスティが大きな声を上げて、顔を真っ赤に染める。

 そんな僕たちを見てガルバン様は優しい顔で微笑んでいた。






 お昼の鐘が鳴り、ダイニングでみんなで食事をしてサロンでみんなとお茶を飲んでいると、ドアをノックする音が聞こえて来た。


「フレックです。宜しいでしょうか?」

「よし、入れ!!」

「失礼いたします」

 サロンの中へ入ってくるフレックの手には、3日前にガルバン様が頼んでいたと思わしき物がもたれている。

 続いて入ってきたテッサもフレックと同じものを持っていた。



「旦那様、伯爵様、先日の物が出来上がりましたのでお持ちいたしました」

「おう!! できたか!!」

「どれ……見せてくれ」

 ガルバン様が興奮するのをよそに、お父さんは興味なさげにしている。


 サロンの真中までフレックとテッサが近寄り、その真ん中にあるテーブルの上へと荷物を置いた。


ガラン――がらんがらん!!

ドサドサ!!


置く時に思っていた以上に大きな音がしたので、それまで興味なかった母さんとメイリン様も、音のした方へと身体の向きを変えた。


「ん? どういうことだ? 言っていたものと形が違う様な気がするんだが?」

「はい、これはロイド様がいらしてですね、このように変えたものも造ってくれと頼まれまして。それで時間がかかってしまいました」

「ロイドが?」


 その瞬間に僕の方へと全員の視線が集まる。


「ロイド、どういうことだ? あれで完成ではないのか?」

「う~ん……あれはあれで完成形の一つだよ」

「なに?」

「完成形の一つ……だと?」

「うん」

 そこに有ったのは、以前にサロンで話していた形のモノと、もう一組のモノ。その一つを手に取りながら、僕は皆の方へと顔を向ける。


「こっちは、壁とかにかけて一目で全ての月を見られるようにしたもので、こっちは一日おきに日にちを入れ替えるようにしたものだよ」

「な、なんと!! 既に二つのモノを考えていたというのか?」

「考えていたっていうか、有れば便利かなって……それだけ」

 父さんとガルバン様は驚いた表情をして僕を見てくるけど、お母さんたちにはあまりピンとこないようで、首を傾げて僕が持っているモノを見ている。



「それで、使い方はどうするんだ?」

 お父さんに言われて僕は立ちあがり、近くに有った柱へと近づいて行き、フレックを手招きしてそこへ立ってもらった。


「どういう風にして掛けるかは考えて無いんだけど、こっちの全部がいっぺんに見られるようになっているのは、こうして柱とか壁とかにかけておくと、みんなに見えるでしょ?」

「ふむ」

「その下にちょっとした隙間が有るなら、そこに板を取り付けても良いと思う」

「どうして?」

 僕の話に興味津々のガルバン様。


「えっと、もしも休みの人とか、用事がある日とかをその板に書き込んでおけるから、みんなで確認できるかと思って……」

「…………」

 

――あれ? なんか変なこと言っちゃったかな?

 ガルバン様もその他の人も何も言わないので、心配になってくる。それからしばらくの間、ガルバン様は何かを考えるように黙り込み、父さんもそれをじっと見つめて何かを考えているようだ。




 そのちょっとした時間が僕には凄く長く感じた。


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