第8話 ヨーム



「どうしてそんな事を?」 

 ちょっとした時間が空いて、ようやく言葉を発したのはガルバン様。



「だって、みんな覚えるのが大変そうだったから……。少しでもわかりやすくなっていれば、その分は余計な事を覚えなくてすむでしょ? コレを見るだけで確認できるんだから」

「……なるほど。」

 ガルバン様がうんうんと頷く。



「それでもう一つとは?」

 テーブルの上にバラバラになったものを指差しながら父さんが聞いてくる。

「これ?」

「そうだ。何やら数字の書かれたものが多くあるようだが……」

「これはね。こうやって使うようになってるんだ」

 そう言うと僕は組み合わせるようにして手に取っていく。それは月と書いてある板と、0《ゼロ》、と1が二つずつ。そして最後は日と書かれた板。


「ほらこうすれば、大きくない所にも置けるし、毎日取り換える事さえ忘れなければずっと使えるんだよ」

「…………」

「あれ?」

 僕が色々と組み合わせながら、先ほどの大きな板状になったものとはまた違った表し方を見せると、またみんながそれを見ながら黙り込んだ。


「……ちょっと聞いてもいいか?」

「何ですかガルバン様」

「こちらのモノはどういう考えから生まれたのだ?」

「こっちはですね、あの大きな物が手に入らない人にも、数字をひとつずつでも増やせれば手に入れやすいかなって思ったんです」

「その考えは……ロイド一人で思いついたのか?」

「まぁ……そうですけど……」

「……これは参ったな」

 ガルバン様は頭を大きく左右に振りながら、大きなため息をついた。


「マクサス」

「ん?」

「どうやらお前の息子はとんでもない奴だったようだな」

「そうなのか? 私には……いや俺にはさっぱりわからんが」

 ガルバン様に対してかなり乱暴な言葉遣いになってきている父さん。しかしそれを全く気にした様子が無いガルバン様。僕はそちらの方が気になってしまった。


 テーブルの上の者をいじりながら、近くに集っていた人たちが何やら話を始めているが、僕は説明が上手く伝わったことに安心して、一人ソファーへ深く沈みこむようにして座り、大きく息を吐いた。


「はいロイド」

 そう声を掛けてくれつつ、僕の前にお茶の入ったカップを置いてくれるアスティ。


「ありがとうアスティ」

「ううん」

「うまく伝わったかな?」

「そうね。見てみたらわかるわよ。お父様をはじめお母様まで凄く楽しそうにお話してるわ」

「そうか……良かった」

「ちょっとカッコ良かったわ」

 そんな事を言いつつ僕の横へすとんと腰を下ろすアスティ。とアスティはそのまま盛り上がっている周りをよそに、二人でお茶をゆっくりと飲み始めた。



「ロイド」

「はい」

 しばらくはあーでもないこーでもないと話が弾んでいた皆だったけど、ガルバン様から僕の方へ声がかかると、そのみんなが僕へと視線を向ける。


「それで、コレら二つの名前はどうするんだ?」

「え? あ!? か、考えてませんでした……」

「そういうところは抜けているんだな。ちょっと安心したぞ」

「すみません」

 僕がぺこりと頭を下げると、何故か横にいたアスティも一緒に頭を下げた。


「仲がいいのはいいんだがな……」

「なんだか妬けてしまいますわね」

 そんな事を言いつつ、アルスター夫妻がくすくすと笑う。アイザック家の人達は苦笑いをしていた。


「どうするんだ?」

「そうですね……予定表とか、月日表とか?」

「う~ん……覚えづらいな。もっと他にないか?」

「え? じゃぁ、お昼に空にあるヨウ太陽と夜の空にあるムウからヨムとかどうですか?」

「ヨウとムウでヨム……か。うん覚えやすいが少し言いづらいな。ヨム、ヨム……ヨームとかでどうだ?」

「そ、それでお願いします……」

「良しじゃぁこれからこれはヨームだ」

 そう言うとガルバン様は高々と掲げた。


「アラン!!」

「は!!」

 勢いよく返事をしながらもスッとガルバン様に近づくアルスター家の執事さん。


「今日は何の月の何日目だ?」

「はい。本日は4の月、23日目でございます」

「では本日、この時点を持ってアルスター家は本日を4月23日とする。明日は24日だ。これを領に残る者にも通達しろ。ちゃんと連絡が領に着く日を考えてしっかりと伝えるようにな」

「は、はい」

「それと、まずはこれと同じものを数組ほど造りたい。アイザック家のフレックと相談しておいてくれ」

「「かしこまりました」」

 アランさんとフレックが同時に返事をする。



「マクサス」

「はい」

「そういう事で、アイザック家も今日が4月23日という事でいいか?」

「へ? いやそれは……」

 父さんがいきなり言われてあたふたと困惑する。


「いいのではないでしょうか? あなた、すぐに家にいるモノたちを呼んでそのように決まったと、明日からはこのヨームの通りに日付が進んでいくと説明なさったらいいのよ」

「いや突然そんな事を言われてもだな、俺はまだこれをそこまで良く知らないわけだし……」

 母さんが父さんを説得するけど、父さんはそれをやんわりと拒否した。


「あら? いい機会ではありませんか。それは考えついた本人にしてもらいましょう?」

 母さんはうさんから視線を移すとニコッと微笑んだ。


――え? ボ、僕がみんなに? む、無理だよ!!

 そうでなくても、僕の事をよく思わない人も、少なからず屋敷の中で働いてくれている人たちの中にもいるのだから。



「む、無理だよ!! 僕の言う事なんて聞いてくれるはずないよ!!」

「いえ、皆にロイドの事をよく知ってもらういい機会です。ね? ロイド」

「母さん……」

 しかし僕の抵抗など母さんに敵うはずもなく、その後急遽アルスター家の兵士の方々もいるという事で、中庭にアイザック家の中で働いてもらっている人たちにも集ってもらい、そこでさっき決まった事を僕が発表する事となった。





 少しだけ時間が経った後――。


「――と、いうわけで、今日からこのヨームというモノを使っていきます。何か聞きたいことはありますか?」


 僕が心配していた通り、中庭へと集まってもらった人達の中には、こそこそと何か話をする人もいたけれど、父さんの一喝によってそんな声も静かになった。

 そして僕が話を始める前には、アルスター家当主としてガルバン様も、僕の考えたものを採用すると宣言してくれた。

 

 僕が何も説明する前にガルバン様が言ってくれた事で、僕を支持すると言ってくれたのも同じ事。だからアルスター家の方からは何も声が上がらない。


「ちょっといいでしょうか?」

「はいどうぞ」

 スッと手を上げたのはアイザック家のメイド長コルマ。


「それはどのような効果が有るのでしょうか?」

「それは――」

「それは私が説明しよう」

 僕がコルマの質問に答えようとしたら、ガルバン様が僕を手で制しながら、コルマへ答えた。


「実の所、このヨームは今日から始めたから直ぐに結果がわかるというモノではない。しかも使っている人と使っていない人でその差は出にくい。何故なら使わない人達にはその考えすらないのだから。しかしこれから先はこのヨームを使う事で必ず便利だと思う時が来る。必ずだ。それはわたしが保障しよう。そうでなければアルスター家も同じ日にヨームの使用を開始するとは言わない」

「……分かりました。私達もしっかりとヨームに関しては理解したいと思います」

「よろしく頼む。そしてもっと大事な事が有る」

「それは?」

 コルマだけではなく、その場にいる皆がガルバン様の言葉を待っている。


「これを考えたのがここにいるロイドだという事だ!!」

 ガルバン様の言った事でその場が少しだけざわついた。


――そりゃ、そんなこと言ったらそうなるよね……。

 僕がそんな事を思い俯くと、僕の右手がギュッと握られて、その右手から温もりを感じた。


「アスティ……」

「大丈夫!! 私がそばにいるから!!」

 ニコッと笑うその顔を見て、僕は少しだけ涙が溜まるのを感じた。




「それといい機会だからここで宣言する!!」

 ガルバン様の声が中庭中へと広がる。


「私達アルスター家がアイザック家へと赴いた理由に関しては、既に皆にも噂話としては伝わっている物と思う。それは事実だ。既に3日前にはアルスター伯爵家のアスティと、アイザック家のロイドは正式に婚約者となった!! この事はすでに国王陛下の元へ連絡が行く事となっている。以上だ!!」

 ガルバン様の話しが終わると、アイザック家の方の人達が騒ぎ出した。アルスター家の人達は前からその理由を知って付いて来ているので、特に反応は無くその場で待機している姿勢を崩す事は無いままだ。


「話は以上だ。このヨームの事を、本日休みの者たちにも伝える事を忘れない様に!! 分からない事が有ればロイドの元に聞きに行く事!! 解散!!」

 最後は父さんが締めて、その場にいた人たちはそれぞれに仕事に戻っていく。


 そんな中、コルマが僕の方へと近づいて来た。アスティがそれに気づいて少し僕の前へと進み出る。それを僕は優しく制して替わりににこりとアスティに笑いかけた。


「坊ちゃん……いえ、ロイド様」

「うん? コルマどうしたの?」

「先ほどは失礼しました」

 そう言うと僕に向けて深々と頭を下げる。


「え? なに? どうしたの急に!!」

 僕の慌てた様子に気付いて父さんと母さんが近付いてくる。フィリアはテッサに抱っこされて、先に屋敷の中へと連れて行かれているで既にこの場には居ない。


「皆様にも大変失礼な事を申しましたこと、深くお詫び申し上げます。いかなる処分も受ける覚悟でございます」

「どうしたのコルマ」

 もう一度僕達に向けて深々と頭を下げるコルマ。


「はい。私は悔しかったのです」

「悔しかった?」

 僕の代わりに父さんが言葉を掛ける。


「ロイド様が小さい頃から言われているあの噂の事でございます」

「へ?」

 僕から少し抜けたような声が出てしまった。

「ロイド様の事は、生まれた頃より共に過ごしてきました。しかし何処へ行っても何処にいても、ロイド様の噂が聞こえない日はありませんした。ロイド様はそんな人ではないと、一緒に過ごしてきたのですから分っているつもりです。そして誰よりも優しい事も……」

「コルマ……」

「だからこそ、ロイド様には少しでも皆の前に立って違うという事を……噂なんてあてにならないという事を示してほしいと思っていました。それであのような態度になってしまっていたのは反省しております」

「そうだったの……」

「今回私は、皆にロイド様のいいところを見てもらうための好機と考えました。ですからあのように独断で動いてしまったのです。大変申し訳ありませんでした」

 そこまで話したコルマはまた深々と頭を下げた。





「分かった」

「はい。いかようにも」

「では処分を言い渡す」

「父さん!?」

 真面目なときの父さんの声で、コルマへと話しだした事に僕は焦ってしまう。



「これからもロイドの事を頼む」




「はい?」

 父さんの言葉に動揺を隠せないコルマ。


「そこまでロイドの事を考えてくれる人を何故辞めさせねばならんのだ?」

「そうですね。コルマ、これからもロイドの事を……このアイザック家の事を頼むわね」

「旦那様、奥様……本当によろしのですか?」

「何をだ?」

「あのような事を皆の前でしてしまったのに……」

「何を言う。コルマは分からない事を皆を代弁して言っただけではないか」

「そうですね」

「……ありがとうございます……。ずっとアイザック家の為に尽くしてまいります……」

「うむ。ではな」

「よろしくねコルマ」

 父さんと母さんは屋敷の中へと戻って行った。

 その姿が見えなくなるまで、コルマはずっと頭を下げ続けていた。






「ロイド」

「なに?」

 それをずっと見ていた僕とアスティ。僕の手を握るアスティの力が少し強くなる。


「良かったね」

「うん。そうだね」

「私もいるからね。ずっと……」

「ありがとう……アスティ」

 僕の手を握るアスティの手を、今度は僕がギュッと握り返した。

 

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