第6話 動きだす才能



 父さんたちがどのような話をしているのは全く分からないけど、僕とアスティはちょっとずつだけど、お互いの事などを話し合って仲良くなれた気がする。


 アスティと直接会うまでは、やっぱりどこか不安があったのだけど、こうして会ってみると思っていた以上にいい子だという事が分かる。そしてこんな事を思うのも不思議なのだけど、一緒にいると家族といる時のような温かさを感じる。


――どうしてなんだろう……。

 考えても分からない事は、すぐに忘れるに限る。

 ただアスティと話していると、どうでもいいってくらい、僕自身がとても落ち着いていられる気がしたんだ。


 だからなのか、ちょっと思ったことを話してしまう。僕としてはそんなに大したことではなく、毎日暮らしている時に思っただけの、世間話のような感覚で。



「ねぇアスティ」

「なに?」

 体をグイっと僕に近づけてくるから、かわいい顔が間近に見える。


「え、えっと聞いても良いかな?」

「何でも聞いて!! ロイドになら何でも応えちゃうから!!」

 フンス!! という様な感じで胸の前でこぶしを握り、気合を入れるアスティ。


「う、うん。じゃぁ聞くんだけど、どうやってこんなに早くウチの領まで来れたの?」

「え? それは、たしかお父様が使用人にお手紙を渡してから、数日たってお家を出たから……かな?」


――やっぱり。僕の返事を待つことなくそのまま来ちゃったんだ。

 何となくそうじゃないかとは思っていたけど、それでも不思議なところもある。


「じゃぁさ」

「うん」

「もしも、僕が断っていたらどうしたのかな?」

「え!? いやだったの!? ど、どうしましょう!? どうしたらいいのロイド? 私の事嫌い?」

「え、あの――お、おちつ――いてアスティ――」

 アスティにより、両肩を掴まれて諤々と前後に体を揺さぶられながら、どうにか落ち着いてもらえるように声を掛ける。


「ご、ごめんなさい!! わたしったら……なんてはしたない」

「ううん。ぼ、ケホッ、僕はだ、大丈夫だよ」

 ちょっと勢いでせき込んでしまったけど、ようやく揺らされることが止まった。


「もしもの話だったんだけどね」

「ご、ごめんなさい……」

「ううん。安心して。僕はアスティのこと好きだよ」

「え? す、好き!?」

 顔を真っ赤にして両手で顔を覆うと、すごい勢いで俯いてしまう。


――う~ん。話が進まないなぁ……。

 仕方ないけど、そのまま声を掛ける。


「えっと、だから気にしないでいいよ。それからさっきの話なんだけどね。もしかしてだけど、伯爵様とどこかでその手紙をもらった人と待ち合わせか何かしてた?」

「え? えっと……たしか、お父様が何日後までは近くの町にいるから、その日までに来なければ1度戻るって言っていたわ」

「そうなんだ。やっぱり何日後までに……なんだね」

「?」

 僕の話している事が分らないみたいで、アスティの表情がきょとんとしてしまう。


「ちょっと考えていたことが有るんだ」

「どんな事?」

「う~ん……日にちの事だよ」

「日にちの事?」

「うん。えぇ~っとね――」

 僕は考えていたことをアスティに説明してあげた。初めはどうしてそんな事が必要なの? という様な表情をして聞いていたけど、だんだんと僕の言う事が分ってきたみたいで、少しずつ赤みを増させながら頬が上がっていく。


「――と、いうわけでそんな事を考えてるんだけど」

「…………」

 話が一旦落ち着くけど、アスティからは反応が無い。


「あれ? アスティ?」

「す……」

「す?」

「すごいわロイド!!」

「え?」

「そんなこと考えた事もなかったわ!!」

「そうなの? 僕はけっこう思ってたんだけどね」

「どうしましょう!? どうしたらいいのかしら!? お父様に……そうだわお父様に相談してみましょう!!」

「え? 伯爵様に? て、ちょっと!! アスティ!?」

 僕が言い終わる前に、僕の腕をグイっと持ち上げて、アスティはすたすたと歩きだした。その勢いのまま僕は引きずられる様にしてアスティの後を歩いていく。


 僕らの様子を見ていたメイドも慌ててぼくたちの後を追いかけて来た。






 アスティに引っ張られながら、庭を移動していき、屋敷の中へと戻ってきた僕達。父さんたちのいる場所はだいたいわかるので、中に入ったところでアスティに声を掛け、近くにいたメイドに話しかけて、お父さんたちの所へ行きたいことを、先に報告してもらうために行ってもらった。


 興奮してしまっていたアスティはそこまで考えが回っていなかったようで、僕に止められた時は不満そうな顔をしていたけど、どこに伯爵様がいるのかまでは頭に無かったらしく、顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。


 

「お伝えしてきました。今すぐでも大丈夫だそうです」

「そっか。ありがとう」

「いえいえ。旦那様方はサロンにいらっしゃいました。今から行かれますか?」

「うん。案内してもらっていいかな?」

「もちろんです。では参りましょう」

 僕は頷いてから、未だ恥ずかしがっているアスティの手をスッと握る。


「行こうアスティ」

「は、はい!!」

 途端にニコッと笑顔を見せて、僕の隣にトコトコと歩いてきて、すぐ横に並び歩き始めた。


――うん。アスティはかわいいなぁ。

 横を歩くアスティを見ながらそんな事を思う。





コンコンコン

「旦那様、ロイド様とアスティ様をお連れいたしました」

「うむ。入れ!!」


「失礼します」

「失礼いたします」

 メイドにドアを開けてもらい、二人並んで部屋の中へと入っていく。


「ほほぉ?」

「あらあら?」

「な!?」

「まぁ!?」

 僕たちの事を見るなり、中にいた人たちから様々な声が漏れる。


「ろ、ロイド!! 失礼ではないか、手を放しなさい!!」

「え?」

 父さんの言っている事にピンとこないでいると、伯爵様が笑いながら父さんを制する。


「まぁまぁマクサス」

「しかし!!」

「いいから。ロイド君」

「は、はい!!」

 今度は突然僕の名前が呼ばれる。



「随分と娘と仲良くなったようだね?」

「へ?」

「それに、アスティもまんざらじゃないようですわよ。あなた」

「そうみたいだな」

 僕たちの方を見ながら、ニヤッと笑う伯爵様と、手などで顔を隠すこともせずにフフフと笑うお妃様。


 皆の視線が下の方へと向いている事に気が付いたので、その視線を追ってみる。


「あ!!」

「っ!?」

 同時にアスティも気が付いたようで、慌てて僕たちはつないだままだった手を離した。



「あら残念」

「気にしなくても良かったのだぞ?」

 僕たちのその様子を見ながら伯爵様は声を出して笑い、お妃様もさらに笑い出した。



――だ、だいじょうぶかな? 僕明日生きていられるかな!?

 ちょっとだけそんな事を考えてしまうけど、直ぐにその考えは必要ないと知る。


「アスティが気にしていないようだし、それ以上に残念そうにしているぞ? 私達はもっと気にしない。仲良くなったのならこれ以上嬉しい事は無いからな」

「そうですわね」

「ご、ごめんなさい……」

 謝る言葉が自然と口から洩れた。



「まぁそれはいい。こちらに来て座りなさい」

「は、はい!!」

「はい」

 伯爵様に促されて空いている席へと腰を下ろす。アスティは伯爵様たちの横へ座るのかと思いきや、僕の真横へとすとんと腰を下ろした。それがいかにも当たり前の事のように。


 そんな僕たちを見てまた伯爵様がニヤッと笑う。


――その笑顔が怖いんです……。

 何を考えているのかからないので、本当に怖い。



「うぅん!! それで、用事があると聞いたのだが、ロイドが私達に話が有るという事で良いのか?」

「えぇ~っとそれは――」

「いえ!!」

 父さんに話しかけられて、返事をしようとしたところで、隣りにいたアスティから大きな声で遮られる。


「はしたないマネをして申し訳ありません。話が有るというのはロイドでは無くて私なのです」

「ロイド?  いや、構いませんが。しかしもうロイドとは……」

「あ!? ご――申し訳ありません!! ロイド様」

 僕の事を先程と同じように呼んでしまった事が、父さんには凄く驚く事だったようで、思わず聞き返してしまったようだ。


「マクサスいいではないか。そう呼び合うようにまで仲良くなったという事だろ?」

「まぁそうですね。ロイド」

「はい」

「ロイドもアスティ嬢を?」

「えぇまぁ。そう呼んで欲しいと本人から言われましたから」

「そうか……そうなのか……うん。分かった」

 頭を抱えながら、自分に言い聞かせるように納得する父さん。




「それで話というのは?」

「は、はい!! ロイドからお話を聞いて、すごく感動したのです。ですがどうしたらいいのか分からなかったので、お父様にロイドの話を聞いてもらおうかと思ってました」

「私に、ロイド君の話を?」

「はい」

 伯爵様の視線が僕の方へと向けられる。



「どんな話なのか聞かせてもらおうか」

「……分かりました」

「マクサスいいかな?」

「もちろん。ロイド話してみなさい」

「では話します……。でも本当に大したことじゃないですよ?」

「まずは話を聞いてからだな」


 伯爵様夫婦と父さん母さんが顔を見合わせこくりと頷きあう。僕は凸大きなため息をついてから、みんなの前で先ほどまでアスティとしていた話を始めた。





「ふむ。ソレがどうしたのかな?」

「特に変なところも不思議なところもないと思うが」

 伯爵様たちが街に留まっていたという所までを一気に話すと、伯爵様も父さんも特に表情も変えずに答える。



「僕が言いたいのはここからなんです」

 僕がいうと伯爵様は黙ってうなずいた。



「この国は1年が360日と決まってますよね?」

「そうだな」

「どうやって数えてますか?」

「うん? それは……1年の始まりを始まりの月とか、二つ目の月とか、日にちはその月の何日目とかだな」

 僕の質問に伯爵様が答えてくれる。その答えを聞いて僕は頷く。


「ではその一つ目の月を1月とします。そして何日目ではなく1日、2日として過ぎていく日に数字を付けて一つの月で30日とします」

「……」

「1月の何日目という事ですから、1月1日とか1月2日とかと呼ぶんです」

「それがどうしたのだ。当たり前の事では無いか」

 僕の話に伯爵様は何も言わず、父さんは何をいまさらという感じで鼻を鳴らした。

「それだけではないのだろう?」

「……はい」

 父さんとは逆に、伯爵様はとても楽しそうに聞き返してくれた。なので僕も話を続ける。


「父さん」

「なんだ?」

「もし父さんと伯爵様が何日後に会いたいと約束したとしますよね」

「ああ」

「ではその日がズレていたら?」

「なに?」

「ですから、何日後という日にちが父さんと伯爵様とで、思っている日にちがズレてしまっていたらどうしますか?」

「そんな事起きるはずがない!! 手紙などでやり取りをしているのだぞ?」

「本当にその日かどうかはしっかりと確認していないと分からなくなると思います。今まで違えなかったのはたまたまが続いているだけですよ」

「…………」

 父さんと話をしている間、伯爵様は何も言わず、顎に手を乗せて添えて考えこんでいた。


「ですから、木の板でもなんでもいいので、そこに1月から12月までとその月の日を書き込んだものがあるといいなって話を二人でしたんです」

「はい!! ロイドとしました」

 僕の話を間違いないとアスティが頷く。


「そうか……そういう事か……」

「ガルバン様?」

 ポツリと伯爵様が漏らしたのを父さんも聞こえたようで、伯爵様に視線を移す。


「ロイド君、しかしそれは皆が同時にしなければ意味が無いのではないかね?」

「はい。たしかにそうですね。でもみんなではなくても初めは二つの家だけとかでもいいと思うんです」

「ふむ」

「そうすれば、その日を決めたら、何月何日にというのが分かりますから、間違える事はあまりなくなると思うんです」


「なるほどな……。少し試してみるか……」

「え?」

「すまんが、今ロイド君が言ったモノを大至急2組造ってくれないか?」

「えぇ構いませんが……」

 伯爵の言葉を聞いて父さんがフレックに目配せをすると、フレックは一つ頷きサロンから出て行った。


 伯爵様はそのまま僕とアスティの方へにこやかな表情を見せる


「マクサス」

「え?」

「やっぱりロイド君は言われているような子じゃないぞ」

「そ、そうですか?」

「あぁ。私の考えが間違いなければ、これは国も動くことに――いや世界が動くことになるかもしれん」

 父さんに話しかけているのに、視線は僕らの方へ向いたままの伯爵。


「え? いやそこまででは……」

「いやそこまでの事になるだろう」

 そして僕のつぶやきに更にニコッとして返答する伯爵。



「決めた!!」

「な、何をですか?」

 突然大きな声を出した伯爵に皆で驚くと、部屋にいた全員の視線が伯爵へと注がれる。


「アスティ」

「はい!!」

「いいんだな?」

「はい、もちろん!! ロイドがいいんです!!」

「あはははは。さすがアスティだ。マクサス」

「え? はい」

「ロイド君とアスティの婚約の件、正式に申し込みたいと思う。よろしく頼む」

「「えぇ~!!」」

 突然正式に申し込まれたことに、僕も父さんも驚く。



 この日、訳の分からないうちに、僕とアスティとの正式な婚約が決まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る