第16話 畑と花壇


 

 ドラバニア王国で必ず出席が求められているものの一つ、4月1日に執り行われる冬季が終わりを告げる喜びの式典。

 この時と現国王陛下の誕生日の二日間は、緊急時以外王都にて行われる式典への参加が、冬季の間に自領へと戻っていた貴族、そして王都に残っていた貴族の義務となっている。


 もちろん婚姻を結んでいる者は夫婦同伴での途上が義務付けられているし、仮に独身で有るのならば、本人一人又はパートナーとなる婚約者と共に出席することが求められている。


――と、いう事で例にもれず、僕の家であるアイザック家もその式典へと参加するために、まだ少し肌寒さの残る2月の初め頃から準備が始まっているわけだけど、それは父さんが騎士団長をしているという事もある。


 この時期はいつも王都の警備や、王都周辺のモンスター魔獣などを駆除しておいて、貴族たちが王都へと何事もなく来られるように前準備をしておかねばならないから。


 つまりは、父さんと母さんは他の貴族の人達よりも前に、王都にたどりついていなければならないという事。


 出発の準備が整ったのは2月の半ばになってから。僕とフィリアは王都へと向かっていく父さんや母さんを玄関で並んでお見送りした。


 式典が終わればすぐに帰って来ることにはなっているけど、何が起こるかは分からないので、父さんや母さんが居ないときは僕かフレックが領内で起こったことなどを解決したり、判断したりしなければならない。


――こういう時にお爺ちゃんが居たらなぁ……。

 なんて事を思ってしまうけど、もう少ししたら僕がその役割を担う為に王都へといかねばならなくなるので、どちらを思っても気が重くなってしまう。



ついでに言うと、このお祝いの式典の10日後には学院への入学式もあるので、そちらへ入る予定の子供がいる時は少しばかり時間がかかる。僕もあと2年もすれば通う事になるのだけど、僕にはその学院に入るという事に全く興味が湧かないまま過ごしている。

 


 今の僕には興味がある事と言えば――。


「ベス悪いけど水を出してくれる?」

「はい!!」

 僕のお願いににこやかな笑顔で答えてくれるリノ。僕が倒れてしまう前に手伝ってもらいながら耕した土地の部位を、野菜を植えるための畑と、アスティへの贈り物をするため花壇として整備してきた。

 

 アイザック領は他の場所と比べると雪が少なく、土が見え始めるのも早いので、父さん達が王都へ行く準備をしている間に、僕の方は庭師のジャンを師匠にして、せっせと土づくりに励んでいた。

僕を手伝ってくれるリノとベスも、もともとは貴族の出身だったりするので、畑を耕すなんて事はおろか、魔法の練習など以外では土すら触らないと言っていた。そのせいで初めはけっこう大変だった。


 何しろ土の中には色々な虫が居たりするし、更に暖かくなってきた事で、外にいればもちろん飛び回る虫も出てくる。


 見かけるたびにキャーキャー騒ぐので、フィリアと遊ぶとき以外は僕の側にいるアルトも、一時期は全く近寄ってこなくなってしまった。


「ロイド様!! こんなところにむしの幼虫が居ました!!」

「え~っと……リノ、わざわざ見せに来なくていいからね?」

「あ!! 申し訳ありません!!」

 今では虫を見かけるたびに、何故か喜んで僕に見せようと駆け寄ってくるほど、虫にも土を触る事も平気になっている。


「しかしロイド様」

「ん? なに?」

「こうして土をいじるというのも、なかなか楽しいものですね」

「そうだね。それにこうしてモノを作る人達がいるからこそ、僕達も美味しい野菜を食べられるわけだしね」

「はい。改めて凄く感謝しなければと思います」

「うん」

 僕たち三人で耕した土地には、畑部分にも花壇部分にも、ジャンに聞いて育てやすい作物や花の種を植えてある。

 その畑や花壇を眺めながら、三人で笑いあった。


――さてと。僕はもう一息頑張ろうかな。

 フンスと気合を入れて、すぐ側にひょこっと生えてきている草を引き抜く。僕が始めるとベスとリノも腰を下ろして同じように草を引き抜き始めた。


 

「早く大きくなって欲しいな」

 まだ芽も出していない畑に向けて、僕はぽつりとつぶやいた。


『…………』


――ん? 

 何かが聞こえたような気がして、僕は立ちあがり辺りを見回す。リノやベスも立ち上がって何事かと僕の方を見るけど、気のせいかと思って僕は二人の方へ向き、頭を左右に振った。


 夕食までの穏やかな昼下がり、僕らは泥だらけになりながら、ずっと畑作業と共に過ごしたのだった。





「ロイド様!! 起きてください!!」

「ん? な……に? 朝?」

「はい!! そうなのですが、それどころではないのです!!」

「何かあったの?」

 リノやベスと畑の水やりなどをして過ごした日から2日後の朝。いつもは静かに僕の部屋へとやってきて、アルトが寝ている僕をおこすまで待っているコルマが、慌てながら僕を無理やりに起こした。


「その!! ロイド様が管理していた畑と花壇なのですが――」

「え? 畑と花壇!?」

 コルマの言葉で急激に目が覚めた。


「その……とりあえず、ジャンがロイド様を連れて来てくれと申しておりまして」

「ジャンが? 何かあったのかな? わかった。すぐ支度するから手伝ってくれる?」

「はい!!」

 コルマに手伝ってもらいながら、急いで寝巻から普段着へと着替え、やや急ぎ足で屋敷の外へと移動して、そこからは駆け足で畑や花壇の有る場所まで向かった。


 

 畑や花壇のある場所へと到着すると、そこにはジャンとリノやベス、それ以外にもメイドさんが何人もいて、何かを話し合っている。



「みんなおはよう」

「「「「「おはようございます!! ロイド様」」」」」

「なにかあったの?」

 挨拶をしてみんなの中へと入っていく。


「ロイド様、これはいったいどのような事をしたので?」

「え?」

 ジャンが畑の方へと視線を向けながら声を掛けて来た。僕もジャンの視線を追うようにそちらへと目を向ける。


「え? なに……これ?」

 

 僕が目を向けたその先に、葉を青々と茂らせた野菜の数々が広がっていた。それは畑に種をまいた野菜の種類だけすべてがそんな感じに


 数日前に三人で畑の草むしりをしていた時には、青々と茂るほどの葉はおろか、まだ芽すらも出ていなかったはずなのに、数日でもうすぐ収穫できるんじゃないかと思える程、立派に育ってしまっている。


「それに……」

「まだなにかあるの?」

 ジャンが今度は花壇の方へと視線を移す。


「か、花壇もなの……?」

 青々と育ってしまっていたのは、畑の野菜類だけではなく、花壇へ植えた花達も同じ様に、もうすぐ咲き始める蕾を多く宿していた。



「ロイド様……」

「…………」

「ロイド様?」

「え? あ、うん。なにかな?」

「こんなこと初めてですので、何がどうなったのか分かりませんが……」

「うん」

「何かがあったという事だけは分かりますわい」

「うん?」

「ロイド様に渡した野菜や花の種ですけどね、たしかに育てやすいのですよ。病気にも強いし、何よりも早めに育つモノばかりなので」

 ジャンが一度ため息をつきながら一気に話す。


「そうなんだ。じゃぁ、もしかしたら更に早く育つ奴だったんじゃないの?」

 僕の言葉に首を振るジャン。


「それは無いですよ。私も何年も同じように育てていますけど、ここまで育つには……そうですね、最低でもあとふた月くらいはかかるはずです」

「…………」

「なのに、野菜はもうすぐにでも収穫できそうなほど育ってますし、花は明日には咲き始めますよ? こんな事ありえませんよ……」

 畑を見ながらジャンがウンウンと唸っている。

 畑の周りに集まっているメイドたちは、何故か僕の方を見て顔を赤らめている。リノとベスは凄い凄いと飛び跳ねながら喜んでいるし、僕らの騒ぎを聞きつけた屋敷の中に残っていた人たちも集まって来ては、畑の様子を見て驚いている。

 僕ら三人が畑を作っているという事をしっているからこそ、皆が驚いているのだけど、僕はその様子を見て顔が引きつるのを感じていた。


――え? なに? 本当に何があったの?


『…………』


 みんなを見つめているとまたかすかに何かが聞こえた気がする。

 辺りを見渡すけどやはり何かが有るという感じはしない。また畑の方へと視線を戻して、大きなため息をついた。




 育ってしまったのは仕方ないので、その数日後には食べられるほどに大きくなった野菜などを収穫したり、花壇にて色とりどり鮮やかに咲いている花を「ごめんね」といいつつ刈り取ったりして、あれほど青々としていた畑や花壇は茶色一色に戻ってしまった。



 花壇の花はアスティが来てもいいように、5月になる前後に咲けばいいなと思っていたので、この後どうしようかと考える。

 畑の方はジャンがどうして早く育つようになったのかを試してみたいと、綺麗にしてからまた種をまいてみることになった。


「ジャン」

「ん? 何ですか? ロイド様」

「このあとふた月くらいで咲きそうな花って何かな?」

「う~ん……今からふた月くらいですか……。では見繕っておきましょう。明日にでも用意しておきますので、一緒に植えましょう」

「うん。お願いね」

 元々先に植えていた花の種も、ジャンに相談してその位に柵種類のものを植えていた。僕もまさかそんなに早く咲くとは思っていなかったので、今度はしっかりと管理して行かないとと心に誓う。


――アスティ……喜んでくれるかな?

「あ、ジャン!!」

「何ですか?」

 畑から作業小屋へと歩いて戻っていたジャンに声を掛ける。


「相談が有るんだ!!」

「はい。なんでしょう?」

「さっき言っていた時期に――花ってあるかな?」

「なるほど……。そうですね。探しておきましょう」

 ジャンが僕に向かってニヤッと笑う。

 見透かされたようで少し恥ずかしくなってしまった僕は、ジャンカラ急いで視線をそらしアルスター領のある方角へと身体の向きを変えた。


――無事に来てくれるといいな。

 言葉に出さない様、心の中でそっとお祈りをする。





『…………』

『……』

『………………』


 僕の周辺で何かが変化し始めていたことをまだ知らない。






 アスティ達が来るにしても、式典を終えて一旦領に戻ってからなので、早くても6月くらいになるだろう。

 僕のそんな考えは、王都からの早馬によって吹っ飛んだ。


「ロイド様」

「フレック……いいよ!! 入って!!」

「失礼いたします」

「どうしたの?」

 サロンにてフィリアとアルトが遊んでいるのを、お茶を飲みながら見ていると、ドアをノックした後にフレックが声を掛けて来た。


 そのまま一礼してサロンの中まで入ってくると、そのまま僕の所まで歩いてくる。


「先ほど早馬で旦那様から知らせが届きました」

「父さんから? なんだろう? もう読んだ?」

「いえ……。まずはロイド様からお読みください」

「わかった」

 フレックの持っていた封書を手に取って、そのまま封を切り手紙を取り出していく。

 僕にもわかる様に書いてあるので、読むことは簡単なのだけど、内容はそう簡単じゃない事が書いてあった。


「いかがなされました?」

「ん。これ読んでみて」

「……では失礼します」

 僕から手渡された手紙に目を通すフレック。


「なんと……早ければ一月後にアルスター家の皆様と共に戻ってくると」

「そうみたい」

「という事は、アルスター家の皆様は領には戻らないという事なのですね」

「う~ん。と同じように、前もってウチに来るように準備してきたんじゃない?」

「……なるほど」

 二人そろってため息を吐く。


「ガルバン様ですからね」

「ガルバン様ですからなぁ。それに今回はロイド様の事もあったのではないですかね」

「僕の?」

「ほら、昨年末にお倒れになられましたからな」

「あぁ……アスティかな?」

「そうでしょうね」

 僕の顔を見てニヤッと笑うと、すぐに表情を戻すフレック。


「いかがいたしますか?」

「いかがも何も準備始めるしかないでしょ?」

「そうですな。では失礼して準備をするようにふれてまいります」

「うん。まだ少し先だから皆に慌てない様に言ってね」

「かしこまりました」

 一礼して、フレックはそのままサロンを出て行った。



――いつも突然来るんだなぁ……。

 僕たち二人の話をよそに、アルトのお腹を枕にしながらフィリアは眠ってしまっていた。その様子を見ていると、僕の心も落ち着いてくる気がした。


 アスティが来ることは嬉しい。手紙に書いてあった到着予定日を、今ではアイザック領でも当たり前に目にするようになったと言われている、サロンに掛けてあるヨームに目を移して確認する。

 

 


 あの笑顔を思い出すだけで、僕はとても幸せな気持ちになっていた。


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