第15話 招かざる客
※前書き※
※アルスター領へと戻ったアスティ視点でのお話です※
アイザック家が新年を迎える準備のため、屋敷周りを雪かきし始めた頃――。
アルスター家でも新年を迎える準備が進められていた。ただし、例年と同じように家族とだけ過ごすというよな、静かに楽しく過ごせるようなものではなく、国の中央から来ている騎士団や魔術師団という大勢の方々を迎え、盛大に新年を迎える為のモノであった。
――今年は静かに過ごせそうもないわね。
私は屋敷の自室で、外を眺めながらため息をついた。
アイザック領から戻るとすぐに、領都マニアスで今後の行動について会議が開かれるという事で、お父様は忙しそうにしているし、お母様に関しては屋敷にいないお父様の代わりに、新年を迎える準備をしないといけないという事で、食べ物やドレスその他にも屋敷の中で必要なものをそろえるために、毎日商人などと会っているし、雪の中をアランを連れて出かけていったりしている。
だからというわけではないけど、アイザック家から戻ってきて、一人隠れてロイドに教わった魔法の使い方を練習したりして時間を使えていたんだけど、新年が近づくにつれてそれも難しくなってきた。
と、言うのも屋敷に訪れる人が多くなったという事と、国の騎士団の人や、お義父さんの部下だという魔術師団の人達が頻繁に屋敷を訪れるようになったから。
お父様からは出来る限り私は姿を見せなくてもいいと言われてはいるけど、なかには爵位を持っている人もいるし、そういう時には姿を見せ、簡単にではあるけど挨拶はしないといけない。
つまり。
――めんどくさいのよね。
私は自分の家族とロイド以外には仲良くする自信が無いし、それ以上に興味が無い。だからどこどこの何ですと挨拶されても、「そうですか」としか返事が出来ない。でもアイザック家に行っていた期間が有るからこそ、そのように挨拶もできるようになったわけで、その前まではずっとお父様の後ろに隠れていたりして、時間をやり過ごしていた。
――アイザック家に……ロイドの元に戻りたいな……。
ぼんやりと外を眺めながらそんな事を考えていた。
厄介な事は、お父様にお兄様からの手紙が届き、その内容が本当だったこと。つまりアルスター家の領地内部で、モンスターや魔獣といったモノ達が多く出没している事で、それまで農家の皆さんが作った食べ物や、住処などが有らされる被害が出てしまっていて、お父様は騎士団と魔術師団を連れだって現場へと向かい、なかなか屋敷に帰ってこられない日が続いてしまっている。
もうすぐ、10日も過ぎれば新年となってしまうというのに、お父様は5日前から帰って来ていない。その代わりにという事で、騎士団の人たち数人が屋敷を護ってくれて入るんだけど、どうも屋敷に知らない人達がいつも居るという事で、私は落ち着かないでいた。
コンコンコン
「お嬢様」
「なに?」
ドアをノックして返事をするとは言ってきたのは執事のアラン。外を見ていた顔をドアの方へと向ける。
「失礼します」
「はい。何かあったのかしら?」
お父様もお母様も忙しくしている現在、わたしに用事なんてあまりないはずだし、お兄様も屋敷へと帰ってきているので、私の所へ来ることは少ない。
「それがですね……」
「うん? なぁに?」
とてもいいにくそうにしているアラン。
「その……。お嬢様へ面会のご予約が入りまして、どうしたらよいのかを聞きにまいりました」
「え? 私に面会ですか? どなたでしょう?」
「それが、ソアラ様のご親友とのことです」
「え? お兄様にお会いにいらしたのですよね? お兄様が私に会わせても良いと判断した方……とうことでしょうか?」
――おかしいわね。お父様からは、私に誰かを会わせる時は、必ずお父様かお母様がいらっしゃる時だけとお聞きしているのに。その事はお兄様も御存じのはず……。
「わかりました。ちょっとのお時間でもよろしければお伺いしますとお伝えしてくれるかしら」
「かしこまりました。ではお伝えして戻ってまいります」
アランが出て行くと私は直ぐにメイドを呼び、着替えを手伝ってもらう。どこに行く事もないと思っていたので、屋敷内だけで着る部屋着のままだったから。
着替えを手伝ってもらいながら、誰なのか、どうしてこのタイミングなのかを考えていた。
コンコンコン
「アスティです」
「どうぞ!! アスティ入って来てくれ」
簡易ドレスへと着替えた私は、部屋へと戻ってきたアラン、そして私付メイドであるジョアンナと共にお兄様とお客様が待つ、屋敷の応接室へと来ていた。
「失礼いたしま……す」
ドアを開け入ったと同時にカーテシーをして顔を上げる。するとお兄様の向かい側に座っていた方の顔が見えた。
――え? どうしてここに?
何度かしか見た事は無いけれど、見間違うはずがない顔がそこにある。
「アスティと申します。お呼びになられていると伺い、お邪魔いたしました」
「あぁアスティこちらに来て座ってくれ」
「はい」
ソアラお兄様に言われ、しぶしぶお兄様の隣へと腰を下ろした。
「アスティ、こちらにおわすのが、ドラバニア王国第3王子であられるレストロ様だ」
「お初にお目にかかります。アスティと申します」
「あぁ。私はレストロ・サドーだ。よろしく頼む」
「実はな、中央からの応援として派遣されてきた部隊の隊長に、レストロ様がおなりになられて我がアルスター領へとおいでになられた。そこで到着して挨拶にとお立ちよりなさってくれたのだ」
「そう……ですか……。それはわざわざご足労頂き、ご苦労様でございます」
「ほぅ……」
なるべく顔を見ない様にして私は頭を下げる。そんな私の頭越しにレストロ様の声が聞こえて来た。
「一度しっかりと見てみたいと思っていたアルスター家のお嬢さんが、これほど美しい方とはな」
「ご冗談を……」
「いやいや冗談ではない。なぁソアラ」
「他の者達には妹に甘いとは言われてしまいそうですが、たしかにアスティは自慢の妹です」
「だろうな……」
私の事を値踏みでもするかのような視線を感じて、少しお兄様の方へと体をひねる。話が私の事になりそうだったので、話題を変えることにした。
「その……」
「ん?」
「どうして王子様自らこのような場所へ?」
「レストロとんで呼んでもらって構わない」
「いえそういうわけには……」
私の反応に誰にも聞こえない様に舌打ちをする王子。私にはそれが確かに聞こえたのだけど、お兄様には聞こえていないみたい。
「……まぁいい。ここに来た理由か……。そうだな実績と経験を積むためという事だ」
「実績と経験……でございますか」
「そうだ。兄たちも同じ様に小さなころからこのように経験を積んでいると聞く。なので今回は、私が一団を率いたという実績と経験を積まされているという事だな」
「そうなのでございますね」
私はちょっと大げさに頷いた。
その後はお兄様と王子様二人が話すのを、静かに微笑を崩さない様にして聞くだけにした。何か問われれば返事を返すだけ。
そんな私にとっては退屈な時間をしばらく過ごす。
「ではガルバン殿もお留守なようだし、メイリン殿もお忙しそうなので、私はそろそろ失礼する」
王子がそう言いながら立ちあがるので、私もお兄様もそれに合わせて立ちあがる。そしてそのまま護衛と思われる騎士と共にドアの方へと歩いていくので、その後を二人で追いかけた。
屋敷の玄関ホールまで来ると、王子はお兄様に挨拶をしながら互いに手を握り合う。そして私の方へと体の向きを変えるとニコッと笑いかける。
「では
そんな事を言い残して王子は屋敷から去って行った。
暑季になれば一度王都へと向かい、国王陛下へと挨拶する事が義務となっているので、その時期になればそんな事もあるだろうなと簡単にその言葉を聞き流してしまった。
この時、王子が何を思っていたのか私は知らない。
次の日になって、ようやくお父様が屋敷に帰ってくると、執事のアランから王子様ご一行が屋敷を訪れたことを聞いたのか、ソアラお兄様は執務室に呼ばれて、お母様とお父様からかなり怒られていた。
――言いつけを護らないお兄様が悪いんだけどね。
私の所に来て、お父様とお母様の監視の元謝ってくるお兄様を見ながら、ちょっとかわいそうだな……なんて思ったので、今後は勝手に会わせたりしないと約束してくれたから、しっかりお兄様を許してあげた。
数日後にはアルスター領に来ている騎士団・魔術師団の人達と共に新年を迎えたお祝いを盛大に行った。
勿論その場には私達家族は皆勢ぞろいしていたし、色々な人たちから声を掛けられそうになったけど、お父様とお母様が壁になって防いでくれたので、その場では何事もなく過ごすことが出来た。
お兄様と共にレストロ様がお父様の所にあいさつに来た時は、さすがに防ぐようなことはしなかったけど、それでもお父様はレストロ様を警戒していたと思う。彼らが離れていくまでの間、ずっと私の前に立っていてくれたから。
新年を祝う催しが行われて数日。
お父様を指揮官とした部隊が、またモンスターや魔獣討伐の為に領都から離れていった。今度は領の西の端まで行くらしいので、戻って来るまで結構な期間が掛かるという。
ロイドの考案したヨームによって、日付という考え方がアルスター家の中では当たり前となってきた1月の末。
アイザック家との連絡員の一人となって、アイザック領に残っていた人達の中内数人が、アルスター領へと戻ってきた。いつもの定期交代なのかな? と思っていたら、アイザック家から封書を預かってきていると、その足で屋敷まで来てくれたらしい。
その人が封書をお母様に手渡しながら、慌てた様子で話をしているのを、その場で一緒にお茶を飲んでいた私とお兄様が顔を見合わせつつ伺っていた。
――またロイドが何か思いついたのかな? それとも何かあったのかな?
胸の内がざわつく。
「アスティ!!」
「は、はい!!」
封書の中を確認したお母様が私の方へ向けて声を上げた。
「ろ、ロイドが――」
「ロイド!? ロイドがどうしたのですか!?」
少し前にもアイザック家からの封書は届いていた。それはお父様宛てにマクサス様が送ったものだったのだけど、内容的には『ロイドがこんな事を考えた』『対処を頼む』というような事だったで、内容を読みつつお父様は頭を抱えていた。でもその一方でとても楽しそうな顔をして私の方へと顔を向けると――。
「アスティ」
「はい!!」
「ロイドは凄い奴だ。そんな凄い奴の隣に並んでいられるように、お前ももっとがんばって行かなきゃならんぞ」
「も、もちろん!!」
そう言いながら頭を撫でてくれた。
ただ今回の封書を読んだお母様の様子が、かなり驚いている様で、私もその事が気になる。
「アスティ!! ロイドが倒れてしまって意識が戻らないそうよ!?」
「え……? え!? ろ、ロイドが!? ど、どうしましょう!? こうしちゃいられないわ!! す、直ぐにロイドの元へ――」
「落ち着きなさいアスティ!!」
「で、でも!!」
お母様が、立ちあがって走りだそうとする私を慌てて止める。
隣りにいたお兄様が、私の肩を抱きつつまたソファーへと誘導して座らされる。
「今は無理よ。アスティ」
「…………」
「雪が溶けて、道が通れるようになったら行きましょう。その時までしっかりと練習を欠かさない様にしなさい」
「で、でも!!!」
「目覚めたロイドに、あなたの練習の成果を見せて上げなさい」
「……うん。我慢する……。必ず会いに行くからそれまで……」
お母様が私の方へと歩み寄ってきて、ギュッと私を抱きしめてくれる。
「大丈夫。ロイドは大丈夫だから……ね」
「うん」
お母様の体にすっぽりと収まりながら、ロイドの事を思い泣き続けてしまった。そんな私の頭をお母様が優しくなでる。お兄様も何も言わず、そのまま私が泣きやむのを二人で待っていてくれた。
一生懸命に練習やお勉強をしていると、あっという間に時間が過ぎていく。冬季間に出来る事をしておこうと、毎日の様に修練所にまた通うようになった私。
ロイドの事が心配で、夜に涙を流す事もあったけど、倒れたという手紙が届いて14日後、ロイドの無事を知らせる封書がさらに届いたことで、私も家族もハラハラそわそわした毎日は一旦終わりを告げた。
それからは、お母様から頂いた言葉通りに、ロイドに再会した時の為にと、更に自分磨きに精を出すことを決意する。
その私と一緒になって練習するようになったお母様とお兄様。お母様はロイドがしてくれた話を一緒に聞いてはいなかったけど、アイザック家にいたとき、何度か修練所で一緒に練習したことが有ったので、『どうやって』という事は知っている。少しずつではあるけど、始めた頃の私の様には出来るようになって来ていた。
お兄様の方も、お母様ほどではないけど、『思う』という事がどういうことなのか分かってきたようで、時々出せるようにはなった。
そんな日々を送っていると、ようやくアルスター領に積もっている雪も解け始め、やがて白く覆われていた大地が見えてくる頃、お父様が屋敷へと無事に帰還した。
アイザック領からの手紙を読み、驚いてはいたけど、その後にロイドの無事を知らせる封書も併せて読んで胸をなでおろしていた。直ぐにアイザック領へと向かう準備に取り掛かるお父様。
向かう途中で王都に立ち寄り、国王陛下へと挨拶をする事になるけど、そのままアルスター領へ戻ることなく、アイザック領から同じ様に来ているはずのマクサス様たちと一緒に、アイザック領へと向かう手はずを整えていく。
そして3月1日。
ついに数か月ぶりとなるロイドに会うという目的の為、私達アルスター一家の乗った馬車は王都へと向けて走り出した。
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