第14話 大樹様



 

  ドラバニア王国は、1月1日から新年として新たな年を迎えるのだけど、どの領でも家族そろってその日を迎えるのが普通の事となっている。そこには貴族とか平民とか関係なし。

 新年を迎えるにあたり、王都などに働きに出ている人や、学院に通っている貴族の子供などが自領へと戻ったりするので、実はこの新年を迎える日前後が、一番領内の人が増える。


 特にその日に何かしなくちゃいけないという決まりがあるわけじゃないので、殆どの人はゆっくりと過ごす事になるのだけど、その中でもウチはちょっと違う。いやたぶんドラバニアの国の中で国王様たち王族以外で、唯一忙しい新年の迎え方をしているんじゃないかな?



「うぉん!!」

「あ、アルトそんなに駆け回ったら危ないよ!!」

「あはは、やっぱり犬は雪が降っても元気だな」

 屋敷の周りに積もった雪を、屋敷にいる者たち総出でかたずけをしていると、何が楽しいのかアルトが雪の中へと駆けだして、飛び跳ねたり、ごろんごろんと寝転んだりはしゃぎまわっている。

 その様子を見て呆れる僕と、笑ってみている父さん。メイドの皆さんや使用人の皆さんはせっせと雪かきしている。


 国の最南端に位置するアイザック領なのだけど、国がある場所が大陸のほぼ真ん中に位置するので、雪もけっこう積もったりする。だけどアスティのいるアルスター領に比べるとそこまで降ったり、出掛けたりすることが出来なくなったりという事は無い。



――アスティは元気にしているかな?

 雪かきをしながら、遠い場所へと帰ってしまったアスティの事を思い出す。もちろんアルスター家の人達の事も考えるけど、やっぱりアスティの事を考える事が多い。


「よし!! 屋敷の周りはこのくらいでいいだろう!! これから大樹様の元への道を造っていくぞ!!」

「「「「「おう!!(はい!!)」」」」」

 父さんの掛け声とともに、屋敷の有る場所から裏庭方向へと雪かきを始める皆。その後を急いでついて行きながら、僕もできる限り雪をかいていく。あいかわらずアルトははしゃぎまわっていて、全身が雪まみれになっているけど。



 アイザック家が新年を迎えるにあたってしなければならない事というのが、父さんが言った『大樹様』と言われる1本の大樹が場所までの道を造り、新年になったらその場所へと赴いてお供え物をしたり、お祈りをしたりする事。

 

 なんでも、この国を興した当時、アイザック家初代様がその大樹を見つけたことから、この地を護ることを初代国王様に命じられたことで、それからずっとアイザック領として領主として守っているらしい。


 しかし年月を経た今は、その大樹様は既になく、有ったとされる場所に大きな切り株状の根元部分しか残っていない。しかも残っているといってもほんの一部だけ。他の部分は枯れてしまったたらしく、そこにあったと言われても本当かどうかはもう分らない。

 ただ、大樹様が有ったとされる場所は、立ち入りを禁止するかのように高い壁で覆われていて、僕達も新年を迎える時にしか入った事が無い。それも5歳になるときからだから、今年でまだ4回目。


 どうしてこの大樹様をアイザック家が守ることにかは、詳しい事が残っていないので分からないけど、初代様からはその『武』をもって代々守っていけという言葉だけが残されている。


 そんなわけで、父さんをはじめ、お爺ちゃんもその前の人達も守りぬいて来た場所。それが大樹様なのだ。


 

 僕がそんな昔話を思い出していると、その大樹様へと続く道中の真中辺りまで、雪の中道が出来上がった。


「よし!! 今日はここまでにしよう!! 日も暮れてくるとさすがに何があるか分らん。明日は領兵も伴って、この先の森を進んでいくので、家の者はここまででいい。ご苦労様。屋敷に戻って温かいものでも摂り体を休めてくれ」

「「「「はい!!」」」」「「「「わかりました!!」」」」


 目の前に広がる森と、アイザック領の端ともなっている屋敷の敷地を囲っている塀の先、その先をヨウが沈み始めた空の元、僕は静かに見つめていた。



――誰かに呼ばれた?

 わずかに感じたもの。それが何か分からない。ただこの森の先から感じたことは何となくだけど分かる。


「ロイド!!」

「うん?」

 名前を呼ばれてハッとしながらも、振り返る。


「何をぼさっとしてるんだ、帰るぞ!!」

「うん。アルト帰るよ」

「うぉん!!」

 父さんの元へと少し急いで向かう。僕の隣にはずぶ濡れになったアルトが寄ってきて、一緒に父さんの後ろへと付いて歩き始めた。


 僕は少し気になって森の方へと視線を向ける。僕の行動にアルトも真似をしたのか一緒になって森の方へと振り向いた。


 暗闇に呑み込まれ始めた静かな森がそこにはあるだけ。



――なんだったんだろう?

 そんな森を見て僕は、何となく不思議な気持ちになっていた。






 新年になる二日前。

 ようやく大樹様の元へとたどり着く道が出来上がり、大樹様を囲っている壁の前へと領兵と父さんと僕が並んでいた。


 父さんが、防寒着として着ている毛皮の中から、ジャラっと音をたてながら、鍵のようなものを取り出し、唯一の出入り口となっている扉へと差し込む。


ギギギィ~


 きしむ様な音を上げながら、重そうな扉が開かれて中が見えるようになったのだけど、その様子を見て僕は驚いた。


「あれ? 雪が……無い」

「そのようだな……どういうことなんだ。こんな事今まで一度もなかったぞ」

 もちろん壁の上には屋根などついていないから、本来なら壁で囲われている中も雪に覆われているはずなのに、そこに広がっていたのは暑季と同じような、緑色の風景が広がっていた。


 大樹様というくらいなので、壁の中はけっこう広い。そしてその中心となる場所に、更に策で囲われた場所がある。そこが大樹様が立っていたとされる場所。そこへ向けて僕達は父さんを先頭に歩き出した。


「まぁ綺麗な事は良い事だな。毎年していた雪出しもしなくて済む」

「そうだね」

「でも不思議な事もあるもんだな。じいさん達にも見せてやりたかった」

「お爺ちゃんか……」

 父さんの言う爺さんとは、父さんのお父さんの事で、僕のおじいちゃん。僕が生まれて新しい年になる前に、病で亡くなってしまったという話を聞いたことが有る。お婆ちゃんはその前、まだ父さんと母さんが結婚する前に亡くなっているので、僕は実際には二人に会った事が無い。


 そんな話をしつつ、塀の側までたどり着く。


「さて、大樹様は無事かな?」

 先ほどの鍵のようなものをもう一度手に取って、入り口の扉とは違う鍵を差し込み、カチャッと音を立てて鍵を開ける。


「お!? 無事なようだな」

「良かった、じゃぁその周りを少し掃除すればいいのかな?」

「あぁ、皆もすまんがよろしく頼む」

「「「「「は!!」」」」」

 

 大樹様だったと思われる、ひときわ大きな切り株の周りへと散らばり、風などで舞い込んできたと思われる落ち葉や、木の枝などを拾い上げていく。僕と父さんは大樹様に近い場所を掃除していくのだけど、結構大きさがあるので大変だ。


『…………』

「ん? 父さん何か言った?」

 何かが聞こえたと思った僕は、僕とは反対側にいる父さんに声を掛ける。


「いや。何も言ってないぞ」

「そう? あれ、声がした気がするんだけどな」

「気のせいだろう。それか風の音がそう聞こえただけじゃないか?」

「う~ん……」

 そんな会話をしつつ、周りにある落ち葉などを拾い上げていく。


『…………』


――やっぱり何か聞こえるな~。なんだろう?

 また同じようなものが聞こえた気がした僕は、その何かが聞こえた方へと視線を向けた。しかしそこには大樹様だった切り株しかない。


――まさか……ね。

 肩をすくめて気のせいだと思う事にして、また下を向いて掃除を始める。

 すると、目の前にあったに気付かず、躓いてしまい大樹様へと倒れ掛かってしまった。


――あ!! ま、まずい!! 大樹様ごめんなさい!!

 倒れ込みながら僕は大樹様へと謝ってしまう。咄嗟に伸ばした手が大樹様に触れた瞬間――。



「うわぁぁぁぁぁ~!!」


「なんだ!? どうしたロイド!!」

「何事ですか!?」

 

 大樹様に触れた瞬間に何かが僕の中へと入ってくる感覚がして、その感覚に僕は気を失いそうになっていく。

 僕に駆け寄ってくる父さんと、領兵の人達。その時の声が聞こえてすぐ、僕の意識は途切れてしまった。








不思議な夢を見ていた。


『ようやく会うことが出来たね』

「きみははだれ?」

 寝転んでいる僕の前に立って、ジッと僕を見つめる女の子。



『わたしに名前なんて無いわよ』

「ここはどこなの?」

 辺りを見回しているけど、真っ白で何も見えない。


『ここはあなた……ロイドの夢の中よ』

「夢の中?」

『そう』

「何をしてるの? こんなところで……」

『あなたに会いに来たのよ』

「僕に?」

『うん』

 そう言うと女の子は僕に少しだけ近づいてくる。


『ロイド』

「なに?」

『忘れないでね』

「え?」

『あなたはこの世界に愛されているわ』

「そ、そうなの?」

『うん』

「でも僕、魔力もないし、魔法だって使えないよ?」

『大丈夫よ。あなたにはが付いているから』

「え? 何それ、どういう事?」

 僕が質問すると、女の子は静かに笑ってそのままスッと消えていく。


「え? ちょ、ちょっと待って!!」

 女の子へ向けて必死に手を伸ばすけど、届くことなく女の子は更に消えていく。


『忘れないでね、ロイド。私達はいつもあなたの側にいるから……』


 それだけを言い残し、僕の前から完全に消え去ってしまった。






 僕が目を覚ましたのは、あれから既に10日が過ぎてから。

目が覚めた時にはとうに新年を迎えていて、毎年のように一緒に楽しく過ごした祝いの行事など出来るはずもなく、それどころか僕が倒れて意識が戻らないという事で、父さんも母さんもかなり混乱してしまい、大樹様の所へと行ってお祝いする事だけは父さんと数人でして来たらしいが、母さんとフィリアは僕の事が心配で何もできずにずっとそばで見守っていてくれたらしい。僕が目を覚ました時、僕のベッドの上でフィリアが寝息を立てていたのが何よりの証拠。


 屋敷の中でも僕を心配してくれる人たちが多く、新年前には実家へと帰る人達も、何かと言い訳を探して屋敷へと残ってくれていた様だ。

 そんな人たちも僕が目覚めたと知ると、大喜びで涙を流してくれる人さえいた。その中にベスやリノの姿もあって、僕もちょっとだけ泣いちゃった。


 大騒ぎになった屋敷の中、僕は目を覚まして2日経ってもまだベッドの上にいる。

もう少し安静にしているという父さんの言葉で、自室からも出れない日が続いている。


「おにいちゃん」

「ん? どうしたのフィリア」

 僕とお話をしたいと言って、毎日時間を見つけては部屋へと来てくれるフィリア。

「あのね」

「うん」

「アスティお姉さまももうすぐ来ると思うの」

「え!? なに? どういう事?」

「お父さんがね、ガルバン様にお手紙書いてたの」

「父さんが?」

「うん。だからね、もうすぐ来ると思うの。それまでに元気になってね」

「そう……だね。うん。早く元気になるからね」

「うん!!」

 フィリアの頭をなでなでしてあげると、僕の方へと身体を寄せてきて「えへへ」と笑うフィリア。


――そうかぁ……。アスティにも知らせちゃったのかぁ……。

 大きなため息をつきつつ、僕は窓の外の風景へと視線を向けた。




 また5日が過ぎて、ようやく部屋からも出る事が許可されると、僕の姿を見つけたアルトが飛び込んできて、僕の顔をべろんべろんとなめ回す。


「あ、こらアルトや、やめ」

「あおん?」

 ちょっと引きはがすと、凄く悲しそうな顔をするので、そのまままた抱きしめてあげると、またなめ回し始めた。


――まぁいいけどね……。

 そんな僕達を温かい目をしながら見つめるメイドさん達。

 屋敷の中の人達にも改めて元気になった事を知らせて周り、父さんに呼ばれているのでそのまま執務室へと向かう。

 もちろん僕の隣にはアルトがトコトコと付いて来ている。


「父さん。ロイドです」

 ドアをノックして父さんからの返事を待った。

「入れ!!」

「失礼します」

 ドアを開け中へと入っていく。父さんは机の前に座って書類とにらめっこしていた。


「すまん。座って待っていてくれ」

「うん」

 フレックにお茶を入れてもらって、父さんの仕事が落ち着くまで、お茶を飲みながら過ごす。


「待たせたな」

「ううん平気」

「それで、体の方は本当にもう良いのか?」

「うん。もう大丈夫だよ」

「そうか。良かった良かった!!」

 僕の向かい側のソファーへと座りながら、父さんはほっとした表情をする。


「今回呼んだのは、何があったのか詳しく聞きたいと思ったからだ」

「そう言われてもなぁ……。父さんも知ってるでしょ? 掃除してるときに転んで大樹様にぶつかっちゃったって事」

「そうなのだが……それで意識が無くなるとは思えないのでな」

「当たり所が悪かったんじゃない?」

 僕が少しおどけて言う。


「冗談でもそんなこと言うな。本当にもしかしたらと思うと心臓に悪い」

「ご、ごめんなさい……」

 父さんの真剣で悲しそうな声に思わず謝る。


「本当になかったのだな?」

「? なんにもないよ?」

「わかった。とにかく冬季が終わるまでゆっくり休め」

「うん。ありがとう父さん」

 父さんとここ数日に何があったのか、少しだけ話してそのまま執務室を出た。


 

 この時の僕は、夢を見ていたことなどすっかりと忘れてしまっていた。 


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