第11話 めぇ~



「え? 何それ、うらや……かわいいじゃない」

「そんなにいいものじゃないよ……」

 アスティがちょっとだけウキウキしているのを見ながら、思い出す光景にげんなりしてしまう。




「おいマクサスどういう事だ?」

「あぁ、言ってなかったか? ロイドが町に行くのを止めている理由の一つがそれだ」

「動物が近寄る位なら構わんだろ?」

「いや……ロイドの場合はな……。町中の動物がロイドの姿を見てしまうと、寄ってきてしまうのさ」

「なに? それって……」

「あぁ、原因は分からん。だが、それが町の中だけならまだいいんだが、町の外でも同じなのだ」

「ではもしかして魔獣やモンスターと呼ばれるモノ達も……と言う事か?」

「モンスターはなるべく屋敷に近づく前に俺たちが倒しているから問題は無い。屋敷の敷地の中だけに居るのならな……。だから実際にそういうモノと遭遇したらどうなるかは分からん」


 アスティと僕が、集まってくる動物たちの事を話している時に。父さんとガルバン様がそんな会話をしている事には気付いていなかった。



「ふむ。確か……王城の資料室で、そのような事を得意としている者達がというのを読んだことが有るな」

「あぁ俺も読んだ。確か……動物使いとか魔獣使いなどと呼ばれているらしいが、今でもいるには居るが数少ないようだ」

「ロイドはそれだと?」

「……どうなのだろうな。実際その者達がどうやって飼いならしているのかを見たことが無いから何とも言えないが、ロイドとは何か違う様な気もする」

「ふむ……。私の方でも調べてみよう」

「何か分かったら教えてくれ」

「もちろんだ。未来の婿殿の為、出来る限りは協力する」

 カップをチンと鳴らして互いに笑いあった。それを嬉しそうな表情で見つめる母さんとメイリン様。

 そんな事を大人たちが話しているとも知らず、僕はアスティとフィリアと楽しくおしゃべりしながら食事をしていた。






それから2日後――。



「あの……。どうして僕がこっちの馬車に乗っているんでしょうか?」

「ん?」

 アイザック領の町であり、領都とも言われているドランの町へと向かう道中。少しの段差でもガタンゴトンと揺れる馬車の中、僕は向かい側に座って微笑んでいるガルバン様へと聞いた。

 

 町の中でヨームの事を使用方法などを説明し、これから町の中でも広げていくという理由の為、僕達アイザック家の父さんと母さん、そしてフレックと共に自分の家で使っている馬車へと乗り込もうとした時、突然ひょいっと体を持ち上げられて、そのままもう一台の馬車の中へと連れていかれてしまった僕。


 座らされた席の隣には、少しだけホホを赤く染め上げたアスティが座っていて、その向かい側にメイリン様、そして僕を連れ去った本人のガルバン様が最後に馬車へと乗り込んできて、馬車のドアが閉められた。


 そして馬車は動きだしたのだけれど、どうして僕がアルスター家の馬車へと乗せられているのか分からない。


「アスティが寂しいっていうモノでな」

「なっ!? わ、私そんなこと言ってません!!」

「そうか? 町に行くときにロイドとは別の馬車では、一緒にいられないと言っていたではないか」

「そ、それは……」

「ガルバンその位にしてあげて。アスティが真っ赤になって困っているわ」

「ガハハ。そうだな。冗談はこのくらいにしておこうか」

「あ、冗談なんだ」

 なんというか、この一月の間を一緒に過ごしてきたという事もあって、アルスター家の人達の性格が何となくわかってきたので、どこまでが本気じゃないかとかは分かるようになってきた気がする。

 ただ、ウチの家族も仲がいいと思っていたけど、アルスター家の人達も本当に仲が良いみたい。

 

――そうでなければアスティがこんな風になるわけ無いかな……。

 僕はアスティの方へと視線を向ける。僕の視線に気が付いたアスティは更に顔を赤くして下を向いてしまった。


「それで、本当はどうしてなんですか?」

「ん? あぁ先ほどの話か。なに、簡単な事だ。町の中ではもうアスティとロイドの事は噂以上に広がっているのでな、そうであるなら噂ではなく本当の事だと見せてやろうと思ったのだよ」

「それだけ?」

 僕はガルバン様の方をじっと見つめる。


「……本当にロイドは……。まぁそれだけじゃない。ロイドの噂話を知っていても、ロイドと婚約を結ぶんだという事を、そしてこれからはアイザック家の……ロイドの後ろ盾には我がアルスター家も付いているのだという事を、世の中に広げるためだな」

「僕のために?」

「うん? ロイドの為ではないよ」

「そう。ならいいんだ」

 僕はこくりと頷く。それからしばらくはちょっとした世間話などをして、町の中へと付くまでの時間を過ごした。





 ドランの町には真ん中に町の象徴とする大きな噴水があり、その噴水を中心にして円形に公園のような作りになっていて、その外側に家やお店などが立ち並ぶ作りになっている。


 町の中を通る道は、その噴水から東西南北へ縦断する形に伸びていて、どの方向へも行けるようになっており、町の一番外側にはモンスターと呼ばれる者たちや、魔獣と呼ばれるモノたちから住んでいる人たちを護るために、石でできた高い壁と門に守られている。そんな町の中で一番端にアイザック家の屋敷があるので、途中には林なども有って町としてはかなり広いのだと父さんが言っていた。


 でも一番の防御力としては父さんや領兵の人達がいるので、住んでいる人たちもそんなに危ない目にはあった事が無いはず。


 僕は久しぶりに町へと向かう道すがらそんな事をぼんやりと考えていた。





 町の中の中心地である噴水のある公園に、僕達の乗るアルスター家の馬車が到着した時には、既に多くの人達が公園へと集まっていた。


「うわぁ~……いっぱいいるなぁ……」

「大丈夫よ!! 私がいつも一緒にいるから!!」

「そうだね。よろしくねアスティ」

「うん!!」

 馬車のドアが開かれて、先にガルバン様が降りると、大きな歓声に包まれた。町の中でもアルスター家の事はもちろん皆とは言わないまでも知れているし、何よりガルバン様が魔術師団団長である。そんな本人が登場したのだから盛り上がるのも不思議な事じゃない。


 その後にメイリン様が降り、そして僕がその後に降りるとあれだけ騒がしくなっていた公園は嘘のように静かになった。


 更には小さなひそひそと話すような声まで聞こえてくるようになる。


 いつもの事なので、僕は気にすることなく、馬車の中へと手を伸ばし、アスティの手を取って馬車から降りるのを手助けする。


 アスティが降りて姿を見せると、「おお!!」「あれが……」などという、僕の時とは違う事でひそひそと話す声が聞こえてくるようになった。


 いつもなら、お祭りのときとかに使う特別な舞台の上へと進んでいくと、既に父さんたちが並んで待っていてくれた。その横へとガルバン様を先頭に歩いていく。僕達が上がってきたことを確認し、隣まで来たのでこくりと一つ頷く父さん。それからまだざわつきの収まらない人達に向けて、大きな声で話を始めた。




「――という事になります」

「以上でヨームの使い方の説明は終わる!! 因みに今日はこのヨームで言うところの5月30日だ。明日からは6月となり、明日は6月1日という事で、これから先はヨームの日付で呼ぶようにしていく」

 僕が説明を終えると父さんが集まっている人たちにそう宣言した。つまりこの時点からドランの町では正式にヨーム通りの月日の数え方が始まったという事。


「質問があるものは手を上げろ!!」

 父さんの声に反応して数人から手が上がった。


「よし、そこの者!! 申してみよ!!」

「は、はい。では失礼いたしましてご質問させていただきます」

「うむ。何でも聞いてくれ」

「その……噂でではありますが、そのヨームでしたか? それを思いつかれたのがロイド様というのは本当の事なのでしょうか?」

 質問してきた人に、僕は見覚えがあったのだけど、そのまま答えないで父さんの方へと視線を送る。


「それは間違いない。このアルスター家当主のガルバンが証人だ」

「そ、そうなのでございますか」

 父さんの代わりにガルバン様が答えた。


「そして、このヨームだが、この私もその有用性を実感しているからこそ、アルスター領でも広めていく事を承認しておる。つまり私もという事だ」

「そ、そうでございますか。お答えいただきありがとうございます」

「いやその位なんでもない。そして今ここで宣言しておく!! ここにいるアイザック家ロイドと、我が娘アスティはこの度正式に婚約者となった。これから先は、私達アルスター家もアイザック家と共に歩んでいく。その事を忘れぬようにな」


 ガルバン様の言葉が広場中に広がっていくと、ざわつき始めていた広場に、また静かな時間が訪れた。


――まぁ、いきなり言われても何とも言えないよね。

 目の前の景色を見ながら僕は大きなため息をついた。



「では!! 今日の報告は以上だ!! 何か質問が有るのならば、商業ギルドへと聞きに行ってくれ。そこで詳しくまた説明してくれる手はずになっている。 解散!!」

 父さんが締めの言葉を伝えると、それまで集っていた人たちが、ゆっくりとではあるけど、それぞれに散っていく。



「あ……」

 そしてその散って行った後に、僕達のいる方へと向けて凄い勢いで向かってくる一団を見つけた。



わんわん!!

ワンワンワン!!

にゃー!!

コケ―!!

めぇ~!!


 一団が近づいてくるごとに段々と大きくなって聞こえてくる、そのモノ達が上げる声。



「あ、ロイド逃げ――」

 父さんもその事に気付いたようだけど、既に遅かったようだ。


 舞台から完全に下へと降りていた僕に向かって、四方から多くの動物たちが覆いかぶさるように飛び込んで来たのだから。


「うわぁ~!! やっぱり――こうなったぁー!!」

 外側に見えている肌という肌を、べろんべろんと嘗め回したり、体をすりすりとしてくる動物たちに囲まれて僕は既に身動き取れなくなってしまった。


「こ、これは……ここまでとは」

「まぁまぁ……」

「うらやま……」

 僕がもみくちゃにされている時にアルスター家の人達は、僕の方を驚いた表情で見ていた。父さんと母さんそしてフレックは既に僕を助け出すために動物を追い払い始めていある。


「アス……ティ、たすけ……て」

「はッ!? じゃなかった!! ロイド様大丈夫でしょうか!! 今このアスティが助けに参ります!!」

 僕がアスティへ助けを求めると、ようやく我に返ったアスティが僕の方へと駆け寄ってくるけど、父さんと母さんに止められた。

 確かに安全を考え、そして何よりアルスター伯爵家のお嬢様に怪我をさせてしまうわけにはいかない。アイザック領内で怪我をさせたとなるといくら婚約者の元にいたからとはいえ、問題視されてもおかしくないのだから。


 そういうわけで、僕の救出大作戦はけっこうな時間がかかってしまう事になった。





「はい。今日はなでなでおしまい!!」

めぇ~!!


 僕がその場にいた動物たちの、最後の羊の頭をなでなでし終わり、手を離すと羊は満足そうにどこかへと走り去っていった。


「ふぅ~。今日はいつもよりも多かったなぁ~」

「ふふふ。お疲れさま」

「あ、アスティ」

 去って行く羊の後ろ姿を見ていると、僕の横へトコトコと近寄ってきたアスティが声を掛けてくれた。


「いつもこうなの?」

「そうなんだよ。だいたいのコ達は僕がなでたりして上げると、満足してくれて戻って行ってくれるんだけど、いつもこうなるとけっこう疲れるんだよね」

「でも楽しそうだったわよロイド」

「うん。楽しいよ。何というか……みたいに感じるしね。みんないいコだよ」

「そうなんだ。私もさわってみたかったな……」

「今度……ガルバン様と父さんが許したらね」

「うん!!」

 僕に笑顔で返事を返すアスティ。







「おいマクサス」

「なんだ?」

「いつもこうなのか?」

「あぁ……。ロイドが動物たちに見つかると、いつもだな。今日はいつもよりも多かった気がするが……」

「そうか……。ロイドは何者なのだ……」

「さぁな。なんにしても俺とリリアの息子には変わらんよ」

「あぁ。私の娘婿という事も変わらんがな」

「あそこまで仲良くされていちゃ……もう違うとは言えなくなってきたな」

 僕とアスティの事を見つめながら、父さんとガルバン様はたがいに笑いあっていた。


 

何事もなく……とは言えないけれど、こうしてヨームの説明会は幕を閉じた。



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