決(着)

 俺はチェーンソーを担いで村に押し入った。そして、20人くらいいた島民はに向かって叫んだ。


「全員まとめてかかってこい! プロの暴力をお見舞いしてやる!」


 島の人たちは普通に生活してるフリをしてたけど、俺を見つけた途端、仕事道具を放り出してチェーンソーで襲いかかってきた。


「ワクワク」

「ワクワク、ワクワク」

「ワクワクワク」


 四方から独特のチェーンソー音が聞こえてきた。だけど俺は落ち着いていた。

 確かに、普通に考えたら1対20ってのはどうしようもなく不利だ。だけどあいつらは20人で囲むわけじゃなくて、全員が一直線に突っ込んできたんだ。つまり1対20じゃなくて、1対1が20回連続で襲いかかってくる。そうなったら不利はなくなる。なんてったって相手は素人、俺はチェーンソーのプロだからな。


「オラァッ!」


 先頭の若い男が突き出してきたチェーンソーを潜り抜けて、俺はチェーンソーを横に薙ぎ払った。島民は腹を斬られて地面に倒れた。

 次はチェーンソーを振りかぶったおばちゃん。振り下ろしをこっちのチェーンソーで受け止め、力を込めてチェーンソーを弾き返す。武器を跳ね上げられて無防備になった所を、袈裟懸けに切り捨てる。


「次ィ!」


 振り返る。俺を島に連れてきた案内人がチェーンソーを横薙ぎに振ってくる。だけど、遅い。俺は逆に自分から距離を詰めて、チェーンソーが届く前に顔面に肘鉄を叩き込んだ。骨が折れる感触と共に案内人が吹っ飛ぶ。倒れた所をチェーンソーで斬りつけて、腰を両断した。

 次は爺さんだ。チェーンソーを振り回して首を狙ってきた。後ろに下がって避ける。そして、爺さんがチェーンソーを戻す前に、その手首を切断した。チェーンソーを握ったまま手が吹っ飛ぶ。武器が無くなった爺さんの顔面にチェーンソーを叩き込んだ。


「ド素人共がっ!」


 次に突っ込んできた村長にチェーンソーを突き出す。そいつは慌ててチェーンソーで防ごうとしたけど、遅い。胸板をチェーンソーが貫いた。


 まあそんな感じで村にいた20人、皆殺しにしたよ。こっちは一撃も食らわなかった。本当に素人の集まりでな、フェイントのひとつも出してこなかったんだ。あれなら囲まれてもなんとかなったかもしれない。


 ただ、まだあと30人残ってる。そしてそいつらは恐らくあの木のバケモノの側で守りを固めている。多分、あれがワクワクさまの本体だと考えてた。手帳にも木から出てきたって書いてあったし。

 もちろん、生かしておくつもりはない。だけどあのマングローブ林は腰まで水に浸かる場所だ。動きが鈍くなる。そこで囲まれたらちょっと厳しい。

 どうしようかと考えてたら、船着き場に置かれたボートが目に入った。この島に来る時に乗ってたボートだ。それを見て、いいことを思いついた。


 俺は集落にある家に片っ端から押し入って、キッチンの油とガスボンベをボートにどんどん積み込んだ。それと、お祭りに使ってた篝火とか薪も積めるだけ積んだ。ついでに家には火をつけた。誰か隠れてたら面倒だからな。

 そうして火種を満載したボートを運転して、例のマングローブ林に行った。思った通り、例の木の周りに島民が集まっていた。

 俺は積荷の中からお祭り用の松明を取り出して火をつけた。

 木の周りを守っていた島民が気付いて、俺の方を指差した。しかし、今更気づいても手遅れだ。


「っしゃあ、行くぞ!」


 俺は気合の雄叫びを上げると、フルスロットルでボートを突進させた。みるみるうちに例の木に接近する。

 100%確実にボートが木にぶつかる、って確信したところで、俺は持っていた松明を積荷に突っ込んで、ボートから飛び降りた。水の中にダイブする。

 ボートはバカみたいに燃え上がって、猛スピードでバケモノツリーに突っ込んだ。木の周りは陸地だったけど、勢いがついてたボートはそんなもんじゃ止まらない。そして、積んでたガスボンベに引火した。


 物凄い爆発が起きて、俺は水中なのに衝撃波を受けた。なんていうか、体育のデカいマットで全身をぶん殴られた、みたいな衝撃だった。何とか耐えた俺は水中から顔を出した。


 例の木はまだ残ってた。でも爆発と火炎で根本の半分ぐらいが抉られて傾いてた。

 木の周りにいた島民は爆発をモロに受けて全員死んでた。

 ボートから流れたガソリンに火が着いたらしく、水面にも炎が浮かんでいた。

 周りのマングローブにも飛び火して、水上森林火災とかいう状況になってた。


「うわあ……」


 あんまりな地獄絵図で、思わずそう言っちまったよ。

 いや、確かに俺がやったんだけどさ。まさかあそこまで酷いことになるとは思ってなかったんだよ。じゃあやるなって? テンション上がっちまったんだからしょうがねえだろ……。


 ただ、木はまだ死んでなかった。燃えてるけど、身悶えしてたんだ。そこで俺は泳いで中洲に上陸すると、チェーンソーを振り上げた。


「いい加減にしやがれ!」


 一気呵成にチェーンソーを振り下ろし、木の根元に回転刃を叩き込んだ。


「木が! チェーンソーに勝てるわけないだろ!」


 それで決着だった。限界を迎えた木の幹が、バキバキと音を立てながら倒れた。こいつで全部終わったと、スッキリした気持ちだった。

 燃える森を後にして、集落まで帰ったところで気付いた。


 どうやって帰りゃいいんだ。


 ボートは爆発四散しちまったし、泳いで渡るには遠すぎる。スマホはつながらないし、家を燃やしちまったから助けを待つ場所もない。

 後悔しながら浜辺で体育座りしてたら、夕方頃にたくさんの船がやってきた。何かと思ったら、フィリピンの警察と消防隊だった。後で聞いた話なんだけど、無人島から凄い煙が上がってるって通報があって駆けつけたらしい。

 俺は飛び上がって喜んで、ボートから降りてきた警察の人たちに駆け寄っていって……。


 そのまま逮捕された。


 チェーンソー持ったままだった……。


 その後は拘置所に入れられて、そこでマラリアに掛かってぶっ倒れた。バケモノなら殺せるけど、病気はどうしようもない。

 3日くらい寝込んでたら、地元のシャーマンのお爺さんが通訳を連れてやってきた。お爺さんは俺の顔を見るなり言った。


「お前、あの島に行ったんか!?」


 話を聞いてみると、どうもあの島はヤバい島だったらしい。


 そもそも島の名前はワクワク島じゃなくてカマタヤン島だった。現地の言葉で『死』って意味らしい。物騒な名前の通り、この島に行った人間は誰も帰ってこないそうだ。

 そしてワクワクっていうのは島の名前でも神様の名前でもなくて、木の名前だった。この木には悪霊が取り憑いていて、そいつは翼が生えた女の姿をしている。鋭い爪で犠牲者の体を切り裂いて、内臓を生きたまま食べるんだって。

 そして人間を食べると、ワクワクの木は実をつける。これは木の実じゃなくて人間と同じ姿形をしているんだ。こいつらは悪霊の木の眷属で、人間を誘い込んで木の生贄にする役目があるそうだ。

 全部心当たりがあったから、俺はシャーマンのお爺さんにそいつらに会ったと伝えた。そうしたら爺さんはとても驚いていた。


「ワクワクの眷属に遭ったのか!?」

「ああ。全員ブッ殺した」

「えっ……じゃあ、ワクワクの女悪魔にも遭ったのか!?」

「ああ。斬り殺した」

「えっ……じゃ、じゃあ、ワクワクの木も見たのか?」

「ああ。燃やそうとしたけど上手く燃えなかったから伐り倒した」


 俺の言葉を通訳さんが伝えると、シャーマンの爺さんはしんみりした顔で何か呟いた。気になったから通訳さんに聞いてみた。


「なんて言ったんですか?」


 すると通訳さんは、微妙な顔をして答えた。


「『本当に怖いのは人間だな』って」


 俺はマラリアの方が怖いと思ったけどな。

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ワクワクチェーンソーデスマッチ 劉度 @ryudo

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