チェン

 大木に吊るされていたのは仕事相手の日本人だった。不気味なことに、そいつも島の人たちと同じように歌ってた。自分が縛られてるのなんてちっとも気にしてない。

 どういうことだと考えてたら、ロープがするすると降りてきて、吊るされた日本人はマナがいる高さと同じになった。


 踊っていたマナが突然、チェーンソーで日本人の腹を切り裂いた。


 そりゃもうな、景気よく血が流れたよ。ダバダバだ。だけど斬られた日本人は全然痛がらないの。普通ああなったら、悲鳴のひとつもあげるんだけどな。それどころか、もっと大きな声で歌い始めた。

 周りの人たちの歌にも熱がこもり始めた。水面を手でばしばし叩いて、それがドラムのリズム代わりになってた。どいつもこいつもマトモじゃなかった。

 今度はマナが日本人の喉を切り裂いた。噴水みたいに血が吹き出して、とうとう日本人は動かなくなった。そしたらマナがロープを切って、日本人の体を下ろしたんだ。


 そっからが本番だった。マナは知らない言葉で何か叫ぶと、切り裂いた日本人の腹の中に顔を突っ込んで、内臓をぐちゃぐちゃ食べ始めた。信じられるか、生のモツだぞ? 周りの島の人たちは、食べるマナを歌って踊って囃し立ててた。

 更に、日本人を吊るしている大木が、心臓みたいにドクン、ドクンと脈打ち始めた。まるで日本人が食われているのを喜んでいるみたいだった。


 こいつはどう考えたってヤバい。そう思った俺は荷物を背負ってこっそりその場を離れようと立ち上がった。


 そしたらな、マナと目が合っちまった。


 距離は20mくらい離れてた。篝火があったとはいえ夜中で暗い。俺は茂みの陰に潜んでたし、そもそもそこに俺がいるってマナは知らなかったはずだ。

 それでも目が合っちまって、嫌でも『気付かれた』って思うしかなかった。


 俺が走って逃げ出すのと、マナが聞いたことのない言葉で叫ぶのは同時だった。島の人たちはマナの叫びだか命令だかを聞いて、踊るのを止めて一斉に追いかけてきた。

 流石に50人を同時に相手にするのは無理だよ。走って逃げるしかなかった。


 そのまま無我夢中で逃げて、森を抜けた。どこか隠れる場所は無いかと探したら、海沿いの崖に洞窟があるのを見つけた。

 追手は来てなかったら、俺は洞窟に飛び込んだ。奥までいってようやく一息ついて、その場に座り込んだ。

 そしたら明かりが欲しくなって、スマホのライトをつけたんだ。

 明るくなった洞窟の床に、無数の人骨が転がってた。


「おうっ!?」


 いや、俺だってな、いきなりそんなもの見たらびっくりするよ。

 それに骨だけじゃない。服や鞄、靴、眼鏡、手帳、サーフボードなんかもあった。気になって手帳を開いてみると、日本語だった。昭和の頃にワクワク島に来た観光客のものらしかった。


 手帳の持ち主は、会社の同僚と一緒にワクワク島に来たらしい。だけど同僚がひとりずつ行方不明になっていった。

 おかしいと思った手帳の持ち主は、ある日、同僚のひとりが島の人たちと一緒に夜中に出かけていくのを見つけた。その後をけたら、あの大木に辿り着いた。

 そしたら大木の幹が割れて、その中から翼を生やした女が出てきたそうだ。多分、マナのことだろうな。そして俺が見た時と同じように、マナは同僚を殺して食ったそうだ。


 手帳の持ち主はそれからすぐに逃げようとしたみたいだけど、あの洞窟に手帳が捨てられてたってことは、失敗したんだろうな。


 とにかくこれでハッキリした。マナ、いや、ワクワクさまは人食いのバケモノで、島の連中とグルになって観光客を次々と食っていたんだ。そして、俺も島から逃げ出さないと、同じように餌食にされる。

 状況を理解した俺は洞窟から出た。隠れてる間に日が昇ってて明るくなってた。雲ひとつ無い青空だけど、なんだか俺をバカにしてるみたいで腹がたったのを覚えてる。

 逃げるには船が必要だ。そのためには村にいかなきゃならない。どうやって船を奪おうか作戦を考えていた時だった。


「ワクワク……ワクワク……」


 どこからともなく、あの独特のチェーンソー音が聞こえてきたんだ。辺りを見回すけど、人影は見当たらない。

 俺はとっさに上を向いた。空だ。雲ひとつ無かったはずの空に、黒いものがいた。マナだ。血に染まった口元を笑いの形に歪めて、ワクワク音のするチェーンソーを振りかぶってこっちに急降下してきていた。信じられないかもしれないけど、背中にコウモリみたいな翼が生えてて、それで飛んでたんだよ。


「うおおっ!?」


 気付くのがもう少し遅れたら斬られてたと思う。俺は飛び退って、間一髪で斬撃を避けた。

 砂浜を無様に転がって距離を取ると、背負った荷物の中から仕事道具を取り出した。何ってもちろんチェーンソーだよ。木こりだからな、スターターを引っ張るとエンジンが掛かって、刃が回転し始めた。

 地上に降りたマナは、俺に向かって斬りかかってきた。俺は自分のチェーンソーでマナの刃を受け止めた。回転刃同士が噛み合って、互いのチェーンソーを弾き返した。マナは一瞬、体勢を崩してた。


 知ってるか? チェーンソー同士で鍔迫り合いをするには、どっちも腕に力を込めないといけないんだよ。そうしないと、回転の勢いでチェーンソーが吹っ飛んでいくからな。

 だけどマナは斬撃を弾き飛ばされた。それで、俺は思ったんだよ。


 こいつは素人だ。れる。


 俺は腰を深く落とすと、チェーンソーを下段に構えた。マナは大きく振りかぶって、俺の頭にチェーンソーを振り下ろそうとした。その瞬間を狙って、俺は一気にチェーンソーを振り上げた。


「フンッ!」


 マナの両手首から先が斬り飛ばされた。もちろんチェーンソーもだ。

 驚いているマナの首を、横薙ぎのチェーンソーで払い飛ばした。バケモノだから首が無くても動くかと思ったけど、そんな事はなくて、そのまま倒れて動かなくなった。


 あんまりにもあっさり殺せちまったもんだから、しばらくその場で呆然としてた。だけど、だんだん心の底から怒りが湧き上がってきた。

 そもそも俺があの島に行ったのは、例の日本人を追いかけて始末するためだ。日本で麻薬密売の元締めをやってた奴で、チェーンソーで始末するように頼まれてたんだよ。

 それなのにこんな島に閉じ込められて、追いかけていた日本人は島の連中に殺されて、バケモノのエサにされかかってる。たかだかチェーンソーを持ってるだけのド素人が、チェーンソーのプロの俺を獲物扱いだぞ。


「バカにしてんのかクソザコ共がぁぁぁ!」


 腹の底から思いっきり叫んだら、自分のやるべきことがハッキリした。

 マナは殺した。残り50人、観光客を食い物にした島の連中と、あのデカい木。ひっくるめて言えばこのワクワク島、全部まとめてブチ殺す。俺はチェーンソーを高く掲げて、宣言した。


「ワクワクチェーンソーデスマッチだ!」

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