島に着いた次の日、俺は例の日本人を探して島を歩き回った。小さい島だから一日で全部回れたけど、奴はどこにもいなかった。隠れられる場所はないし、匿われてる訳でもなさそうだった。

 で、夜になったらまた祭りになった。料理食べて酒飲んでどんちゃん騒ぎだ。俺もマナに酒を勧められて、ついつい飲み過ぎちまった。


 それで、1日で探せるところは全部探したから、次の日は普通に観光した。って言ってもワクワク島に観光スポットなんて無くてなあ。バナナの収穫体験をやるくらいしかなかった。

 そこまでは普通だったんだけど、この後、2日目の夕方からおかしくなり始めた。


「オニイサン、今日は外に出ちゃいけない日なの」


 夕方頃、マナが泊まってる空き家にやってきて、そう言った。


「今まで外にいたんだけど、手遅れじゃねえの?」

「あー、違う違う。昼はOK、夜に外出ちゃいけない。OK?」


 またヤバい地元トラップなんだろうなって思った。今までマラリアとか寄生虫とかサメとか吸血コウモリとかいろいろ言われてたから。

 とにかくその日は祭りも無い。晩飯食べてしばらくダラダラしてたけど、やることがないからさっさと寝た。スマホの電波も入らないんだよ、あの島。


 だけど早く寝すぎたんだよな。目を覚ましたらまだ夜中だった。寝直そうにもどうにも目が冴えちまって眠れない。今までは酒が入ってたから気にならなかったけど、居心地が妙に悪かったんだよな、あの空き家。

 そうして眠れないでいると、微かに音が聞こえてきた。


「ワクワク、ワクワクワク」


 本当にそう聞こえたんだよ。ふざけてない、信じてくれ。ワクワクさまの声だったんだよ。


 マナは言っていた。ワクワクさまに出会ったら、首と腹を掻っ切られて内臓を貪り食われて死ぬ。だから声が聞こえてきたら逃げなきゃならない。

 だけどマナが言っていた。今日の夜は家の外に出ちゃいけない。詳しくはわからないけど、出たらとにかく大変なことになる。

 しばらく考えてから、俺は荷物を背負って外に飛び出した。死ぬのと、何が起きるかわからないのとどっちがいいか考えて、わからない方を選んだんだ。


「ワクワクワクワクワク」


 声は相変わらず聞こえていたけど、どこから聞こえてくるのか、方角がわからなかった。不思議な声だったよ。どっちに逃げればいいかわからないから、森に入って息を殺して慎重に進んでいった。

 だけど夜に森に入ったのは失敗だった。迷っちまった。小さい島だからって油断してた。

 相変わらずワクワクさまの声は聞こえるし、ヤバいな、って思ったところで不意に視界が開けた。森の出口がすぐそこにあった。

 ホッとして外に出ようとして、だけど妙に明るくて、俺は息を潜めて外の様子を伺った。


 そこはマングローブの林だった。寄生虫がいるから入っちゃいけないって言われてたところだよ。あちこちに篝火が焚かれてて、明るい理由はそれだったんだ。

 そして島の人たちが腰まで水に浸かって、一心不乱に歌って踊ってた。島に来た時の歓迎パーティーみたいだったな。だけど、あの時とは違ってどこにも料理がなかった。


 島の人たちはでかい木を囲んでた。他のマングローブが3,4mくらいなら、その木は10mくらいあった。いや、アレはマングローブじゃない。なんだろうな、見たこともない木だった。その木の根本だけは水に浸かってなくて、小島っていうか中洲みたいになってた。

 そこでマナが踊っていた。ただ、背中に大きなコウモリの翼が生えてた。作り物じゃないぞ。踊りに合わせて動いてたからな。

 それにチェーンソーを持っていた。そのエンジン音がな。


「ワクワクワクワク」


 ワクワクしてたんだよ。かなり独特だったけど、ワクワクさまの声はチェーンソーのエンジン音で間違いなかった。

 意味がわからなかったな。そんな変なエンジン音は聞いたことがなかったし、マナがそれを振り回してる理由もだ。そもそも島の人たちが全員ここに集まってるってことは、ワクワクさまの正体がチェーンソーだってみんな知ってたってことだ。それじゃあ俺に嘘ついてたのか?


 訳がわからないまま見守ってると、マナのちょっと上に人が吊るされてるのに気付いた。誰だと思ってよく見たら驚いたよ。


 そいつは、俺が探してた日本人だった。

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